老後をアジアで生きる
岡部一明(『地球号の危機』大竹財団、2015年9月号)
年金というのは、年老いて体力がなくなった人のための支援制度だと思う。だから、こんなピンピンしてたら年金もらったら悪いんじゃないか。
毎日、ベトナムの若者たちとバスケットボール、サッカー、卓球他にいそしむ日々。(はい、現在ハノイ在住です)。特にバスケはベトナムではあまり普及し
ておらず、高校で部活を経験した人くらいなら、結構いいカッコできてしまう。(私は55才からバスケをはじめた口ですが)。
「おまえ、本当に65歳か」と、19才の若者に聞かれながら、1対1勝負で彼を完璧にやつけてしまう。トシではない。訓練だ。毎日毎日、艱難辛苦に耐え
体を鍛えていけば、何歳になっても体は使える。40代でメジャーリーグ現役やる人もいる。草バスケくらい60代でもできなければおかしい。
で、私も65歳になったのでそろそろ年金をもらい、アジア放浪に出たい。すでに第2(第6?)の人生を始め、2年前からハノイで働いている。これも辞し、アジア奥の細道を俳句をつくりながら歩きまわる予定だ。
街路樹が見事なハノイの街
年金はこんな人のためにあるのではないだろう。申し訳ない。息子の世代には、年金があるかどうかわからないというのに、親の世代が、こんな風に年金基金を使ってしまっていいのだろうか。
しかし、息子たちを育てるのに随分苦労したんだよ。もうこの辺で許してもらってもいい。残るながーい人生、好きなことをさせてくれ。優しい息子たちは、むー、まあいいか、と言ってくれそうな気がする。
フリー(ター)が長かった私の場合、もらえる年金は多くない。日本ではとても生活できない額だ。しかし、物価が5分の1程度になるアジアなら暮らせる。旅行もできる。
しかし、すみません。これも今だけだろう。アジア諸国の物価はどんどん上がってきている。昔は日本の10分の1程度の感覚だった。今、アジアで最低レベ
ルに近いと言われるベトナムでも5分の1程度にはなってきた。この間、新しくできた近くのレストランに入ったら、あまりに高く、メニューを見ただけで出て
きてしまった。(といっても1食1000円程度。)
申し訳ない。これも団塊の世代で終わりか。ピンピンの身で年金もらうことだけでなく、アジアを拠点に低額年金で生き抜く芸当も、次の世代はできないかもしれない。
急速に発展するアジア。2、30年後に、この世界は大きく変貌しているに違いない。
ということで、もしお邪魔でなかったら、本誌に、このアジアからの便りを送らせて下さい。急速に変わるアジアを、私なりの斜め目線で、リポートしたいと思います。
アジアまで1万円
アジアは近い。東京からでも大阪からでも、上海まで、シーズンオフなら片道1万円程度。東京・大阪間の新幹線料金より安い。上海に着けば、あとはほとん
ど無視できるバス代、列車代で、アジア大陸のどこまでも行ける。ほぼ180度横になれる寝台バスがアジア各地を走っており、夜をはさんで数千円で1000
キロ近くを移動できる。安全性に問題はあるが、中国の高速鉄道、高速道路網はかなり整備されており、一挙に国境付近まで行き、東南アジア、モンゴル、中央
アジアにも足を伸ばせる。
交通拠点の香港、バンコク、あるいは格安航空会社(LCC)最大手エア・アジアの本拠地クアラルンプールなどにもシーズンオフなら片道1万円程度。何はなくとも時間と体力がある老人、若者には決してアジアは遠くないのだ。
常々思うのだが、旅客機が音速の3倍で飛ぶより、飛行機代が3分の1になることで、地球は確実に小さくなるのでは。
安便探しはもちろんネットで。お勧めはスカイスキャナー(http://www.skyscanner.jp)だ。複数の航空便予約サイトをまとめて探してくれるので
手っ取り早い。かつ、燃油チャージ、税金などを含め実際の価格で調べてくれるので良心的だ。サイトによっては付加料金抜きの安い値段で釣り、予約する段で
高額になってびっくりさせられるサイトもある。
またスカイスキャナーは「日本からベトナムまで」などという大雑把なくくりでも調べてくれる。例えば、東京からハノイに飛ぶより、大阪からダナンにすれ
ば格安便がある、などと細かい手が使える。東京から出発して帰りは大阪でにした方が安くなる(なら、大阪の友人に会ってこよう)など複数都市経由検索も可
能。1カ月程度の料金を全部表示していつが最も安いかもわかる、など定番の使い方もできる。
昨年、ニューヨークに住んでいる息子のところに急用ができて、安便を探したら最安は、中東・欧州経由便だった。ドイツのLCCエア・ベルリンとアラブ首
長国連邦のエミレーツ航空とのコードシェア便。ハノイ−バンコク−ドバイ−デュッセルフドルフ−ニューヨークと地球を反対側に大回りして行き、感慨深かっ
た。中継空港で少しずつ降りながら観光すれば内容豊富な旅行になったはずだが、仕事があってそれができなかったのが残念。
悠久のアジア
さて、きょうも暑い一日が始まった。20分の通勤にハノイの街を歩く。緑の巨木街路樹がつくりだす木陰。歩道に展開する屋台食堂。小さな椅子とちゃぶ台に座り、どんぶりに顔をつけフォー(米麺)を食べる人々。路上カフェで茶をたしなむおじさん。
道端の野菜売りの女性は、まだ客がいなくて、放心したように道路を見つめている。カフェでは若者がスマホに見入る。朝なので、皆むっつりとした顔なのが
いい。だれに対してかざるのでもない日常の顔。バイク通勤の波を見ても、夜のように楽しそうなカップルたちの姿は見えない。
ハノイ街路の屋台
日本のバラエティー番組のような笑わないと承知しない雰囲気はきつい。スーパーのレジでも「ハーイ、きょうはいかかが」と笑顔で言葉をかけられる米カリフォルニアくんだりも実は疲れる。
大使館などを警護する警官ももちろんむっつり顔、と思いきや意外とひょうきんそうなあんちゃんで、一番柔和な顔だったりする。バイク・タクシーの運転手
も座席に座り口をへの字に曲げて新聞を読んでいる。強力勧誘されないので助かる。路上理髪業のおじさんは、まだ客が付かず傍らに座って椅子で扇子をあおい
でいる。そう、きょうも暑いよね。靴を磨く女性は私たち歩行者の顔を見ず、歩く足元ばかりに視線を走らせる。痩せすぎだ。食べているのか。
家族連れが外に椅子を出して休んでいる。狭い長屋街より、大通りの歩道の方が風通しがいいのだろう。街路樹の木陰もある。ひさしの下に立つ老人がじっと遠くを見つめている。どこを見ているのか、悠久の世界に思いを馳せているようにもみえる。
騒音と交通地獄のハノイだが、「悠久のアジア」を感じさせる一瞬も確実にある。
この毎日見ている街を、私も、いずれは去るときが来るだろう。今眼前にある光景が、記憶の中の思い出、歴史になる日が来る。どんな風な感慨が沸くのか。そして、私自身が「歴史」となってしまう日もいずれは来るのだ。
などと考えながら職場に着くと、きょう・明日に追われる人間界のニュースがどっと入り、私は1日中それと格闘だ(メディア関係の仕事)。しかし、これも悠久のアジアの一部に違いないだろう、と思う。
詳しくは:
岡部一明『アジア奥の細道』(Amazon KDP、2017年)、2060ページ、写真1380枚、398円
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