船を出して汚染者を取り締まるNPO

(岡部一明『サンフランシスコ発:社会変革NPO』御茶ノ水書房、2000年、「はじめに」より)
 

サンフランシスコ湾(入り口の金門橋)  「ベイキーパーは巡視艇をもち、湾とデルタをパトロールして汚染を取り締まります。電話ホットラインも解説し、市民から汚染問題の連絡を受けて対応します。」

 最近までベイキーパー事務局長をつとめたマイケル・ロゾーさん(写真下)が言う。プレシディオを拠点にする多くのアドボカシーNPOの中の、ほんの一例だけをここで紹介しよう。ソーロー持続性センターに本部をおく環境団体「ベイキーパー」は、サンフランシスコ湾に実際に船を出し、汚染を取り締まっている。違反者を裁判に訴え、環境復元などのため多額の懲罰金をかちとってきた。(写真右がサンフランシスコ湾、入り口の金門橋付近)

 「汚染を見つけたら責任者と対峙します。あなたがたのやっていることはこれこれの環境法違反ですよ、とまずは説明します。」とオフィス・マネジャーのルース・マスターソンが説明する。「そうか、知らなかった、教えてくれてありがとう、と応じてくれることもあります。その場合はいろいろ参考情報を与え、汚染を改善する援助をします。」

 しかし、不幸にもベイキーパーの何たるかを知らず、無視する汚染者たちもいる。即
刻、訴訟に向け手続きがとられる。ベイキーパーには計三四人のプロボノ弁護士(市民のため訴訟を行なう公益弁護士)が協力している。これまで八七件の訴訟をたたかい、そのほとんどを勝訴もしくは実質勝訴の和解勧告に持ち込んだ。汚染除去・防止の多額投資を約束させるとともに、NPOによる環境復元活動などに過去三年間で七〇〇万ドルの資金拠出をかち取ってきた。

現代版ロビンフッド

 ベイキーパーの「艦隊」は、安く払い下げられた小型巡視船一隻、ゴムボート一隻、野外スポーツ用品企業が提供してくれるカヤック艇数隻。これに一九九八年二月に就航した天然ガスを燃料とする新型巡視船が加わった。全長八メートル。エンジンは米国ホンダ海洋サービス社が開発した。船員退職者などがボランティアで乗り込み、広い湾を定期的にまわる。工場からの廃液、タンカーなどからのオイル不法投棄、不法埋め立て、不法浚渫、野ざらし廃棄物施設からの汚染流出、その他あらゆる不法汚染を監視する。二四時間の汚染ホットラインを設置し市民からの通報も受ける。これまでに八〇〇件以上の汚染事変に対応してきた。

 例えばサンフランシスコ湾で問題になっていたセレニウム汚染で、一九九四年三月、ベイキーパーら環境六団体が石油会社ユノカルを連邦地裁に提訴した。セレニウム排出基準が一日約一ポンドだったにもかかわらず、ユノカルは五ポンドを排出していた。排水規制を行なうサンフランシスコ湾域水質管理区と各石油会社の間で九八年までに改善を行なう合意協定があったが、これを超えての提訴。ユノカル側の裁判取り下げ訴えは連邦最高裁が棄却。観念したユノカルは九八年八月、和解勧告に合意した。エクソン、ロデオ社など他の石油会社も含めて総額二〇〇〇万ドルの汚染除去装置取り付けが命じられ、四九〇万ドルを汚染防止・復元活動を行なう地域環境団体に拠出することが合意された。これまでのサンフランシスコ湾汚染訴訟での最高額の勝利だ。サンフランシスコ財団、ローズ財団などにこのお金が供託され、そこから湾を守る様々なNPO活動に助成が行なわれている。

 「非営利団体としての性格を維持するために」ベイキーパー自身はこの助成はもらわない。あくまでも他の環境運動団体向けの「ロビンフッド」(日本流に言えば「ねずみ小僧」)の役割に徹する。アメリカNPOの基金集め戦略にはいろいろ多様なものがあが、この「汚染者を罰して活動資金」方式はかなりユニークだ。アメリカでは、このように単なる罰金ではなく、汚染者のコスト負担で汚染除去・復元努力を行なわせる動きが強まっている。米環境保護庁も裁判和解などの中でこうした措置をとる「補助的環境プロジェクト」(SEP)に力を入れている。正式判決での罰金は一般的な国庫に入るだけで、必ずしも環境復元に使われるとは限らない。そこで環境団体も民事和解での懲罰的拠出金を有効活用する方向を重視する。

市民が環境法を執行


ロゾーさん  「米国の法律下では、政府に頼らず市民が法律を執行する権利があります。それに沿って私たちは違反者を裁判に訴え、法律を守らせます。」とロゾーさん(写真左)が言う。例えば水質汚染規制法(清浄水質法)の市民訴訟の条項には「いかなる市民も」「違反したいかなる者に対しても」「自らの名において民事訴訟を起こすことができる」との規定がある。ただし、最初は規制機関に通知し、六〇日たっても規制機関が充分な措置を取らない場合に、訴訟を起こすことができる仕組みにだ[U. S. Code, Title 33, Section 1365 Citizens Suits]。この場合の「違反したいかなる者」には政府機関も含まれ、例えば海軍の汚水処理施設の環境法違反なども告訴できる。規制機関のやり方がなまぬるければ規制機関自体を告訴することもできる。

 直接の被害を受けた人でなくても、例えば環境NPOでも汚染者を告訴することが重要だ。「原告不適格」で門前払いされることがない。ロゾーさんによれば他の約二〇の環境法その他にこうした市民による告発権の規定があるという。二〇〇〇年一月の連邦最高裁判決でもこの権利が再確認され、川を汚染した企業への四〇万ドルの民事罰金が支持されている。この場合、企業はすでに汚染状況を自主的に終息させていたのだが、「清浄水質法の民事罰は単に汚染を止めさせるだけでなく・・・将来の違反を抑止する」目的もあるとして罰金を支持した[Friends of the Earth vs. Laidlaw Environmental Services, 98-822]。

民間からの競争

 「政府機関は多くの場合、予算、スタッフなどリソースが不充分です。時には取り締まる政治的な意志ももってない場合もあります。彼らに代わり市民が環境法を執行するのです。」とロゾーさん。石油会社ユノカルの場合でも、地方の規制機関が一応の対応を進めている頭越しに、より厳しい環境規制を求めた訴訟だ。そうした市民側からの突き上げで政府規制機関にえりを正させていく効果がある。規制はこれまで政府のレーゾンデートルだった。しかしここにもNPOの役割が食い込み始めている。単に福祉分野を一部肩代りするだけではない。しかもこの規制分野で、行政が強い「民間からの競争」を受けつつある。ベイキーパーは有給職員六人、年間予算四〇万ドルの小規模団体だ。それが大規模官僚制を上まわる効率で環境法を執行している。

 アメリカには三八以上のこうした市民による取り締まり型環境運動がある。中米も含めて四〇の団体が「ウォーターキーパー連合」を形成し、海、川、湖沼の水を守る。元ベイキーパー事務局長のロゾーさんがこの副会長。会長はロバート・ケネディー・ジュニアだ。ウォーターキーパー運動は、昔、イギリスで領主地内河川の見張り活動があったことや、釣り団体などがマスやシャケの保護のため監視活動を行なっていたことがモデルになったと言われる。
 







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