社会変革ベンチャーキャピタリスト ータイズ財団

  岡部一明(『サンフランシスコ発:社会変革NPO』(御茶の水書房、2000年、1章1)

NPO四種の神器

 非営利団体(NPO)に対する関心が急速に高まり、「NPOのメッカ」と言われるサンフランシスコに多くの日本の人びとが視察に訪れている。サンフランシスコ地域(ベイエリア)に存在する数万と言われるNPOの中で、現在の日本に最も参考となるNPO事例は何か、と聞かれれば、私は迷わず「タイズ財団(タイズセンター)」と答える。タイズ財団-タイズセンターは、カネ、マネジメント、場所、情報の「四種の神器」を備えたNPOインフラづくりの先進事例だ。まず、民間から基金を集め「笹川平和財団、日本生命財団、三菱財団、トヨタ財団を合わせたよりも多い助成額」を革新運動に助成する「社会変革財団」(タイズ財団)。そして、起ち上がったばかりの小グループにNPO法人のひさしを貸して育成支援するインキュベーター(タイズ・センター)。実際の事務所スペースを提供するNPOセンターづくり(ソーロー持続性センター)。市民運動の全米的、世界的ネットワークを提供するグローバル通信研究所(IGC)。アメリカNPOのインフラ戦略をこれほど総合的に体現する機構は他にない。プレシディオの深い緑の中に隠れているためか、彼らの活動はこれまであまり知られることがなかった。ここでその全貌を紹介し、創成期にある日本のNPOセクターのインフラづくりに役立てたい。
 

一、年間二〇〇〇万ドル助成の社会変革財団

イノベーティブな社会起業家に助成

 タイズは何よりもまず財団である。財団といってもアメリカにはいろんな形の財団が四万以上あり、年間二二八億ドル(二兆五〇〇〇億円、一九九九年)の助成が行なわれている[ 1]。日本では、助成財団が法的な概念ではないため正確な統計はないが、助成財団センターが把握した限りでは八四九の助成財団があり、助成額は回答があった六一五財団で計四七九億円である[ 2])。

 分類としてはまず、カーネギーやゲイツなどお金持ちの個人・家族が設立した家族財団、企業がつくった企業財団、そして多数の出資者から基金を集めたコミュニティー財団などがある。タイズ財団はこの最後のコミュニティー財団に相当する。約参百のドナー(出資者)のお金を総合的に管理する基金集合型のコミュニティー財団だ。コミュニティー財団は全米に三〇〇以上あるが、その中でも環境運動、人権運動など活発な市民運動(アドボカシー活動)団体を「社会変革財団」と呼んでいる。タイズ財団の場合、通常のコミュニティー財団のように特定地域に集中せず、全米的に助成を行なう点もユニークだ。

 現在、タイズ財団の総資産は八〇〇〇万ドル(八八億円)、年間助成額は二〇〇〇万ドル(二二億円)に達する。過去二十数年間に一億ドル以上を革新的市民運動に助成してきた。社会変革財団としては全米最大規模。もちろん、アメリカには資産九七億ドル、年間助成四億四〇四〇万ドル(一九九八年度)のフォード財団はじめ大型財団が多数あるので、全体から見れば並の大きさである(九九年にはマイクロソフトのゲイツ夫妻が二四億ドルの個人寄付をしている[ 3])。しかし、日本の財団と比較すれば助成額で三位。日本生命財団(四億五八〇〇万円、一九九八年)、三菱財団(四億四三〇〇万円)、トヨタ財団(四億三八〇〇万円)、笹川平和財団(四億二〇〇〇万円)を合わせたよりも多い助成額になると言えば、その規模が理解できよう。

 ビジネスの分野でも、アメリカにはベンチャーキャピタリストやエンジェルと呼ばれる新興企業支援の投資家が存在する。一九九九年に四八三億ドルのベンチャー資金が三六四九の起業家に投資された[ 4]。規模はずっと小さいが、社会変革財団は市民運動のベンチャーキャピタリストである。まだ充分知られていない社会の問題を率先して提起し、その解決に向けて提言し、イノベーティブな活動を創り出す。そうした先駆的な「社会的アントレプレナー(起業家)」に資金を出して育てるのが市民運動ベンチャーキャピタリストだ。彼らの場合は、将来の見込み益を期待しての「投資」ではなく、一方的贈与の「助成」をする。またお金を出した後、ベンチャーキャピタリストのような激しい経営介入はしない。むしろそれを控える。しかし、時にリスクを犯して積極的な資金援助を行ない新しい革新事業を育てる点は同じだ。アメリカ市民運動の背景にはこうした社会変革ベンチャーキャピタリストが活動し、その活力を支えている。
 

金がなくても財団はつくれる

 「いやいや、お金はありませんでした。まるでなかったですよ。」

 年間二〇〇〇万ドル以上を助成するタイズ財団会長のドラモント・パイクさんが首を振る。サンフランシスコのゴールデンゲート橋が見渡せる湾岸公園プレシディオ内の事務所。自然光がふんだんに入る会長室の中で、パイクさんが財団の二〇年以上前(一九七六年)の設立当時を振り返る。

 「その頃、私は小さな財団(サンフランシスコの「シェイラン財団」)で働いていました。そこで、お金はもっているが助成の仕方が分らない出資者たちに助成支援コンサルティングをしていました。それと同じことをボランティア的に自分ではじめたのです。タイズ財団は最初は(ファイルの入る)私の机の引き出しでした。とても小さく、夜や暇のある時にやる仕事でした。」

 タイズ財団は、いわば彼の助成コンサルティングの内職からはじまった。自分がお金を出すのでなく、寄付者(ドナー)が助成するのを支援をする。助成コンサルティング機関と言ってもいい。普通、コミュニティー財団でも自分のところである程度は独自基金をもつものだが、タイズ財団にはそういうものもない。実態は「パイク・コンサルティング会社」が多数の料金をとってドナーたちにコンサルティングをしているという形だ。が、その全体をタイズ財団という一つのNPOにした。その方が、金を出す方にとっても個々の団体でなくタイズ財団ひとつに寄付すればよく、税務手続きその他が簡単になる。助成にドナーの意向が反映されるが、助成はあくまで「タイズ財団からの助成」になる。匿名で助成したい人にとっては好ましい特質だ。
 

理念もマネジメントも

 最初は二人のドナー(年間助成五万ドル)へのサービスだった。それが今ではドナー約三〇〇個人・家族、管理基金八〇〇〇万ドル以上に拡大し、年間二〇〇〇万ドルを約一〇〇〇の市民運動に助成する。過去一〇年間だけで一億ドルの資金をアメリカのアドボカシー市民運動に注ぎ込んでいる。

 「成長した理由は、第一に社会変革、イノベーション、新しいアイデアなど、価値観を重視した財団助成活動を行なったからです。また、ドナーの参加を重視し、ドナーがどのような団体に助成したらいいか積極的に関わる助成を行なってきました。第二に、マネジメントに力を入れたということです。言葉を代えると財政面では保守的な方針をとったということです。ドナーの望みを聞き、有効な基金運用が行なわれるよう保証しました。」

 助成対象を「社会正義」「地域問題」「経済公共政策と経済開発」「国際問題」「環境と自然資源」の五分野に分けている。平たく言えば人権、地域教育、街づくり、国際、環境の五つだ。考えられるあらゆる市民活動が助成の対象になる。エイズ患者支援活動、人権擁護の弁護士活動、先住民族の自主教育運動、家庭内暴力撲滅活動、地域の無料診療活動、スラム地域の青少年育成活動、低家賃住宅建設活動、熱帯雨林を守る活動、環境教育、河川の自然を守る活動……上げると切りがない。

 助成の基本は、ミッション・ステートメント(目標声明)の中に示されている。

 「タイズ財団は、社会的公正、広く共有された経済機会、強固な民主的プロセス、持続的な環境的活動などに基づく健全な社会を求め、そうした社会への変革を積極的に推し進める。タイズ財団は、健全な社会は個人の権利の尊重、コミュニティーの活力、多様性の祝福に本質的に依存していると信じる。」

 基本的方針は明確だが、具体的な助成に関しては一般的な「ジェネラル・サポート」が多いのもタイズ財団の特徴だ。特定のプロジェクトに対する助成とジェネラル・サポートが約半々になっている。財団は通常、前者を好む。特定プロジェクト助成は助成の意図が明確で、具体的な活動成果も測定しやすい。しかし、NPO側からは、財団の好むようなプロジェクトに徐々にひっぱられていってしまうという批判がある。使途を限定しないジェネラル・サポートは、被助成側の自律性を尊重した助成形態だ。
 

多様な助成ニーズに対応

 「寄付する個人、家族の状況はそれぞれまったく違っています」とパイクさん。ビジネスが成功して富を得た人、土地のある人、遺産が舞い込んできた人、その他様々。そうしたドナーの状況に柔軟に対応して助成支援を行なう。例えば、パジェット・サウンド基金は、女性、環境運動などへの助成を目的にタイズ財団内に設置された家族基金だ。最近、この家族の子どもたちが大きくなったので(小学生、高校生、大学生の三人)、親が、基金運営教育をタイズ財団に依頼してきた。将来、基金を受け継いだ際の準備教育をさせたいという。タイズ財団は子どもたちに小分割した基金を管理させ、助成申請を自分でチェックして決めることの手助けをした。いつも通り、各申請団体の資料をそろえ、独自評価書などを作成して提示するなど、ドナー支援策をとった[ 5]。

 料金はサービスの程度によって異なる。すでにドナーが助成対象を決めていてタイズに基金管理を依頼するだけの「コア基金サービス」は、助成額の一・五パーセントの料金。社会状況と助成ニーズの分析、各団体の活動概況などを中心に簡単にアドバイスを与える「プログラム支援」(インフォーマル助言サービス)は五パーセント、さらに本格的なコンサルティングを提供する「プログラム助言」(フォーマル助言サービス)は一二・五パーセントの料金だ。内部の基金だけでなく、外部の財団に対しても契約で助成支援サービスを行なう。この場合はタイズはまさにコンサルティング事業体になるわけだ。対象は、自分たちだけでは助成活動を行なえない小財団。法的には別法人だが、実質的にはタイズ内小基金と同じような存在だ。

 例えばネーザン・オーバック財団は、祖父の世代が設置した家族財団で、伝統的にコーネル大学の学長室に助成してきた。現在、孫の世代にあたる四人の姉妹が運営の中心となっている。最近、タイズ財団にコンタクトして、より現代の社会ニーズにあった助成プログラムをつくりたいと言ってきた。タイズは共同でいろいろ検討し、学長室でなく、低所得・マイノリティー学生への奨学金助成プログラムに切り替える方向にもっていった。「家族の(教育に対する助成という)伝統を尊重しながら、そこに私たちの世代の関心を反映させたものです。」と姉妹の一人、キャリル・オーバックさんが語っている[ 6]。

 あるいは、四〇〇人の個人ドナーが資金をプールしてつくったスレッショールド財団(本部サンフランシスコ)というユニークな財団がある。毎年一回、全ドナーが集まって助成先を決めるが、だれもが納得する助成先を決めるのは難しい。内部のだれかが事務局を担うと、その人の意向に引っ張られていろいろ問題が出る。そこで、第三者の事務局が必要になりタイズ財団にお呼びがかかった。
 

匿名寄付

 匿名で寄付をしたい人が多いというのがやはりアメリカ的だ。特に身近な団体などに助成する場合、助成者であることがわかるとそれまでの対等な関係が崩れてしまうのを嫌がる人が多い。あるいはお金持ちであることを知られたくない、という動機もある。「彼らは、(市民団体に助成者であることがばれてしまうより)むしろ、サンフランシスコの奇妙な財団が自分たちを探し出して援助してくれていると思ってもらいたがるのです」とパイクさん。財団助成の専門誌『クロニクル・オブ・フィランソロピー』は「タイズ財団の鉄の匿名」という表現を用いている。タイズ財団の基金のかなりが匿名ドナーによるもので、タイズ財団はこの匿名性を徹底的に守る。ドナーと手紙のやりとりをするにも、財団からの手紙だとはわからないような工夫を講じる[ 7]。
 

寄付者生協

 ユニークな財団である。表向きには(タイズ財団として)ひとつの財団である。しかし、中に分け入ると多数の助成者(基金)の集合体。タイズ財団はこれらの基金の管理サービスもしくはコンサルタントの役割を果たしている。あるいは「寄付者生協」と言ってもよい。寄付したい人が単独では助成事業をやれないので、タイズ財団という寄付者生協に加盟する。そこに一定の会費(料金)を払ってコンサルティングその他支援を受ける。農協など生産者生協と同じだ。農協に加盟しても農民はあくまで独立生産者にとどまり、農協からいろいろ支援を受ける。同様に、寄付者生協(タイズ財団)の場合も、独立した寄付者が集合し、その上で、「生協」の専門スタッフから援助を受ける。

 世の中にはお金があって困っている人がたくさんいる。自分では助成事業ができず、そのお金が社会に有効に使えない。そこにタイズが入ってくる。社会に眠ってしまっていたかも知れない富が有効に再利用される。

 「そんな規則があったら、タイズ財団は生まれませんでしたよ。」とパイクさんに笑れたことがある。日本で財団(財団法人)をつくるには何億円という資金がなければならない、と説明した時。自己基金なしではじめるタイズのような財団は日本では確かにつくるのが困難であろう。

 タイズのモデルは徐々に他にも広がりつつある。一九九五年にワシントン事務所が設置され拡張中だ。東海岸での事業ベースをここに移し、それが成功すればさらに他都市にも事務所をおき、助成・インキュベーター機能の分散化をはかる。カナダでも、タイズに習って「タイズ・カナダ」(本部バンクーバー)が設立されている。
 

革新的フィランソロピー

 「全米助成者ネットワーク」(NNG)のディレクトリーによれば、アメリカには、タイズ財団のような革新的フィランソロピー(Progressive Philanthropy)を行なう社会変革財団が一六〇ある。必ずしも「社会変革財団」を名乗らなくても、一般財団で、革新的市民運動へも積極的に助成するところがもある。フォード財団などはいい例だ。こうした「革新的フィランソロピー」にたずさわる人たちでつくる職業団体が前記NNGである。

 このNNGが一九九八年に本格的な社会変革助成の調査をした[ 8]。それによると、一九九七年の全米の財団助成一三八億ドルの内、社会変革助成は二・四パーセントにあたる三億三六〇〇万ドルだった。「二・四パーセントに過ぎない」とのことだが、それだけでも日本の財団助成総額の半分を超え、上位二〇財団の全助成額に相当する。別の形の比較をすれば、日本の企業・団体による政治献金総額(一七〇億円、全政党対象)の約二倍である。金の額がすべてではないが、それだけの資金が社会変革的市民団体に拠出されれば、その社会的影響力は無視できない。

 タイズ財団の年間助成二〇〇〇万ドルは、社会変革助成総額の六パーセントにあたる。タイズ財団は、社会変革ベンチャーキャピタリストの雄であり、かつその中で様々に新しい助成形態を模索するイノベーターであった。コミュニティー財団的でありながら、特定地域に限定せず全米的に展開する。後述するように、金を出すだけでなく、助成される側(NPO)も組織してインキュベーター機能ももつ。さらにNPOセンターの建物もつくる。それらすべてを緊密に連係してNPOの総合的支援モデルとして機能させる。何よりもタイズは、ドナー自身でなくパイクさんという助成コンサル専門家がつくった財団であることが異色であり、成功の秘密だったかも知れない。金からではなくノウハウから有効な市民運動支援制度が創られるということをタイズは実証した。
 

<注>

1 - Foundation Center, *Foundation Growth and Giving Estimates: 1999 Preview*, http://fdncenter.org/about/news/pr_0003b.html
 2 - 助成財団センター『助成財団要覧』一九九九版、http://www.jfc.or.jp/bunseki/genjo.html
 3 - Jack Shafer, "The 1999 Slate 60", http://slate.msn.com/Slate60/00-02-28/Slate60.asp?iEntry=2
 4 - National Venture Capital Association, "Venture Capital Investments for 1999 Reach Record $48.3 Billion, an Incerase of 150% over Prvious Year, According to NVCA and VE," (News Release, February 8, 2000), http://www.nvca.org/newsrelease1700.html
 5 - Tides Foundation, *1994-95 Annual Report*, p.13.
 6 - *Ibid.*, p.14.
 7 - Stephen G. Greene, "The Rise of the Tides Foundation," *The Chronicle of Philanthropy*, July 27, 1995, p.11.
 8 - National Network of Grantmakers, Social Change Grantmaking in the U. S.: The Mid 1990s.
 
タイズ・センターに続く

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