図書館で商業データベース提供

(岡部一明『サンフランシスコ発:社会変革NPO』御茶ノ水書房、2000年、第6章。初出:『現代の図書館』37巻2号、1999年)
 
 

研究難民

バークレーを上から  澄んだ青空のカリフォルニアにようこそ! カリフォルニア、特にサンフランシスコでのふんだんな情報検索・収集の仕方をご案内しましょう。組織に所属してデータベースを自由に使えるならともかく、そうでないあなた、在野の研究者、フリーのライターの方は、アメリカに来てまったく違う情報環境を得て、心底、感動するでしょう。

 「私のこれまでの人生は何だったのだ……」

 私もそう思いました。日本で雑誌・新聞記事データベースなど使いましたことはありませんでした。家から記事全文を引き出すなどという経験も。アメリカでは普通の市民が、公共図書館を通じてそれが自由に(無料で)できます。サンフランシスコ市立図書館では、図書館カードさえあれば市民が家から六〇以上の商業データベースにアクセスできる体制をとっています。全文記事が取り出せるものも相当あります。大学図書館も市民に開放され、館内のデータベースが自由に使えます。

 まとまった研究・調査の時には、少々旅費を出してもアメリカに来た方が全体的に安あがりです。航空券が往復五万円程度になっている時代。宿代も一泊五〇〇〇円くらいです。何の研究でも、英語文献に徹底的にあたった方が良心的研究ができます。まして何かアメリカについての研究なら絶対来るべきです。いや、日本のことを調べるにも、こちらに来てデータベースをばんばん使った方が情報を得やすいかも知れません。アメリカのデータベースにはある程度日本の雑誌の情報も入っています。アメリカ(特に西海岸)の新聞には日本のニュースもかなり出ます。どうしてもこちらで日本語の本にあたる必要があれば、カリフォルニア大学バークレー校(写真左上)の東アジア図書館があります。日本語の本が二〇万冊以上あり、東京の日比谷図書館以上です。この大学の近くに住んでいれば、なまじ日本に居るより豊富な日本語の本が読めます。特に電子情報時代の今、アメリカの図書館は情報弱者のアクセス基地として重要な役割を果たしはじめています。各地で全市民にデータベース提供を保証する図書館運動が高まっています。

 現代は、外国人労働者がよりよい仕事と生活を求めてどんどん国境を越える時代。「知」を求めるあなたも、よりよい情報環境を求めて動いていいのです。加えて、インターネットが国境の壁を崩しつつあります。日本に居ながらアメリカの情報環境の片鱗に触れられます。例えばウォールストリート・ジャーナルのサイトは米主要六〇〇〇雑誌・新聞の記事索引データベースを無料で提供しています。また、アメリカ主要新聞のほとんどが記事データベースを無料でインターネット上に出しています。

六〇以上のデータベースを提供するサンフランシスコ市立図書館

サンフランシスコ市立中央図書館のインターネット端末

 アメリカ西の玄関口・サンフランシスコに、一九九六年、新しい市立中央図書館ができました[San Francisco Public Library, Main Library]。全米最大の電子図書館と言われ、館内にインターネット公共端末が三〇〇台あります(左写真。全館でグラフィックのネットスケープ端末八〇台、残りは文字ベースのLynx端末)。市内二六分館にも計三〇〇台のインターネット端末があります。市民は自宅でインターネット接続がなくとも、コンピュータがなくても、図書館に行けばインターネットが無料で使えます。

 図書館の電子化には、三つの段階がありました。まず蔵書目録のデータベース。日本でもこの段階の図書館データベースはかなり普及しました。アメリカではこのレベルのデータベースはもはや常識と言ってよく、市立図書館にせよ、大学図書館にせよ、議会(国会)図書館にせよ、インターネット上でどこからでもその蔵書目録が検索できるようになっています。

 第二の段階がインターネット公共端末です。一九九八年九月のアメリカ図書館協会(ALA)の調査では、全米の公共図書館の七三・三パーセントが公共端末によるインターネット・アクセスを提供していました[American Library Association, "New survey shows 73 percent of public libraries offer Internet access; librarians offer helping hand" (ALA News Release, September 14, 1998)]。同協会は、二〇〇〇年四月段階で、これは九〇パーセント以上になっていると推定していますAmerican Library Association, "ALA supports President's effort to bridge the 'digital divide'" (ALA News Release, April 4, 2000)]。確かに経験として、どこの街の図書館に行っても、インターネット公共端末のない図書館というのは、まずなくなりました。サンフランシスコの場合は館内でインターネット接続を提供するだけでなく、外部からパソコン通信の要領で図書館ネットにつないで文字だけのインターネット(Lynx)が使えるようにしています。いわば無料のインターネット・プロバイダーの機能も果たす訳です。

 さらにアメリカの公共図書館は、現在、第三段階の電子化に進んでいます。本格的な雑誌記事、新聞記事データベースの提供です。例えばサンフランシスコ市立図書館ネットワークでは六〇以上の商業データベースを館内及び自宅から使えるようにしています。表一はその中でも主要なデータベースのリストです。


表1 サンフランシスコ市立図書館ネットが提供する主なデータベース
(アルファベット順) 
(参考:SFPL, "San Francisco Public Library Guide To Databases" <Telnet access>) 
○A&H Search (Arts & Humanities Search) −1300誌以上の芸術・人文関係雑誌の記事索引データベース。他分野5800誌からの関連記事も収録。1980年から140万件のデータ。 
○AppSciTechAb (Applied Science & Technology Index) −350誌以上の応用科学・技術雑誌の記事その他文献の索引データベース。83年からのデータ。 
○ArtAbstracts −250誌以上の世界の芸術関係雑誌の記事索引・概要データベース。84年から。概要は94年から。 
○Article1st (Article First) −あらゆる分野の1万3000誌以上の目次から作成した記事索引データベース。90年から。 
○Associations Unlimitted −全米44万の非営利団体(NPO)のデータベース。印刷出版物 Encyclopedia of Associations の拡大強化オンライン版。 
○BiolAgrIndex (Biological & Agricultural Index) −240誌以上の生物学・農学雑誌の記事・概要索引データベース。85年から。概要は86年から。 
○Books in Print −米国内で出ている書籍190万件のデータベース。4万5000の出版元情報も。83年から。 
○Bus Dateline −ビジネス関係450紙誌のデータベース。プレスリリース情報も含む。計50万件の情報。85年から。 
○Bus/Industry −詳しい概要付きのビジネス紙誌データベース。毎日更新。 
○CINAHL −900誌以上の看護学雑誌の記事索引データベース。82年から。概要は86年から。 
○Disclosure (Disclosure Corporate Snapshots) −1万1000社対象の企業データベース。証券取引委員会(SEC)に提出された財務報告書の情報。 
○Diss (Dissertation Abstracts) −全米の大学の1861年以降の博士論文のデータベース。米国の修士論文、イギリス、カナダ、ヨーロッパの博士論文も部分的に含む。 
○EBSCO Magazine Index −3000誌以上の定期刊行物の記事索引・概要データベースで、650誌については全文記事もとれる。 
○EconLit (Economic Literature) −400誌以上の経済学関係雑誌、書籍、博士論文などの索引データベース。69年から。 
○EducationAbs (Education Abstruct) −400誌以上の教育学関係雑誌の記事索引・概要データベース。83年から。概要は94年から。 
○GenSciAbstracts (General Science Abstracts) −150誌以上の科学雑誌の記事索引・概要データベース。84年から。概要は93年から。 
○GEOBASE −2000誌以上の地理学・地質学雑誌の記事索引・概要データベース。他の3000誌のデータも一部含む。80年から。 
○HumanitiesAbs −400誌以上の人文関係雑誌の記事索引・概要データベース。84年から。概要は94年から。 
○IndxLegalPer −米国、カナダ、英国、アイルランド、オーストラリア、ニュージーランドの620法律雑誌の記事索引データベース。81年から。 
○InfoTrac/General BusinessFile ASAP −ビジネス関係の総合データベース。記事索引の他、15万社の企業リストデータ、主要企業の投資アナリスト報告書などを含む。82年から。 
○InfoTrac/Health Reference Center −医学、薬学、公衆衛生関係の総合データベース。記事索引を中心とするが、かなりの全文テキストを含む。参照資料もデータベース化しており、医学百科事典としても使える。93年から。 
○LibraryLit (Library Literature) −世界の220誌以上の図書館学・情報科学雑誌の記事索引データベース。84年から。 
○Medline −世界3500誌以上の医学雑誌の記事索引・概要データベース。65年から。米国立医学図書館(NLM)が作成。インターネット上でも無料で公開されている。 
○MicrocompAbs (Microcomputer Abstracts) −コンピュータ雑誌の記事索引・概要データベース。89年から。 
○NYT −ニューヨーク・タイムズ紙の94年からの記事索引・概要データベース。過去3カ月の記事は全文テキストがとれる。 
○PAIS Decade 公共問題情報サービス −公共政策に関する記事、書籍、文献など過去10年間の40万件の索引データベース。 
○PsycFIRST −世界50ヶ国1300誌(28言語)以上の心理学関係雑誌の記事索引・概要データベース。過去3年のデータ。 
○SocioAbs (Sociological Abstracts, SOPODA) −250の社会学関係雑誌の記事索引・概要データベース。Sociological Abstractsの63年からのデータ、SOPODAの79年からのデータを含む。 
○SocSciAbs (Social Sciences Abstracts) −世界の400誌以上の社会科学関係雑誌の記事索引・概要データベース。83年から。概要は94年から。 
○UMI Newspaper Index (Proquest Direct) −全米主要30紙以上を網羅する新聞記事索引・概要データベース。古いもので89年から。ワシントン・ポスト(95年から)、ウォールストリート・ジャーナル(84年から)、ニューヨーク・タイムズ(90年から)など全文記事が読めるものも。 
○WilBusAbs (Wilson Business Abstracts) −345誌以上の主要ビジネス雑誌の記事索引・概要データベース。86年から。概要は90年から。 
○WorldAlmanac −著名な年鑑書 World Almanac のオンライン版。 
○WorldCat −世界中の本、定期刊行物、各種メディア資料の目録。3200万件。所蔵図書館も調べられる。 
○Worldscope −企業情報データベース。企業の年次報告書、米証券取引委員会(SEC)に提出する財務報告書(10Kレポート)、関連新聞記事などからとった情報。週ごとに更新される。

全文記事もとれる

 この中でも特に使いでのあるものは、EBSCO Magazine Index と UMI Newspaper Index (Proquest Direct) です。前者は三〇〇〇誌以上の主要雑誌記事が概要付きで検索でき、六五〇誌については全文記事もとれます。タイム、ニューズウィーク、エコノミスト、ビジネスウィーク、ネーション他主要誌も全文テキストが引き出せます。概要のみの雑誌も多いですが、何について調べるのでも六五〇誌の全文テキストが見れればすでに読み切れないほどの情報が集まります。通常の調べものであれば充分でしょう。

 また後者の UMI Newspaper Index (Proquest Direct) は、全米主要三〇紙以上の概要付きの新聞記事データベース。ワシントン・ポスト、ウォールストリート・ジャーナル、ニューヨーク・タイムズなど主要新聞の全文記事が取り出せるところが優れものです。

 これらのデータベースはいろいろな形で利用でき、例えば図書館で使って検索結果を電子メールで自分のアドレスに送るなどということができます。家に帰ってからゆっくりそれを読めます。あるいは前述の通り、これらのデータベースに自宅からアクセスできます。二つの方法があります。一つはパソコン通信の要領で市内電話番号に接続して利用するする方法。アメリカは市内電話無料(十数ドルの基本料金を払えばかけ放題)ですから、市内電話区域に住んでいれば完全に無料で豊富なデータベースが使えます。二つめの方法は、インターネットのウェブやTelnetを通じたアクセスです[http://sfpl.lib.ca.us/htbin/database_proxy]。世界中どこに旅行・出張しましょうと、インターネットにアクセスのある限り、この商業データベースが使えるということです。図書館カード番号をパスワードとして入力すます。

 そこでこの図書館利用カードが大切になってきますが、サンフランシスコ市立図書館はカリフォルニア州民すべて(外国人も含む)に図書館カードを発行します(無料、二年有効)。全州民三五〇〇万人が自由にこのデータベースを使える体制になったということです。運転免許証などの住所付き身分証明書を提示して登録します。パスポートと家賃領収書あるいは住所付き電気電話料金請求書などでもかまいません。住所も身分証明書もないホームレスの人たちに対しては、三カ月間有効の限定図書館カードが発行されます(貸し出し三冊数まで)。旅行者など一時滞在者にも、二五ドルを払えば三カ月有効の図書館カードが発行されます。国外、州外の住所がわかる身分証明書を提示し、一時滞在先(ホテルなど)を記入します[San Francisco Public Library, "How to Get A Library Card," http://sfpl4.sfpl.org/borrower_services/libcard.htm]。
全国民のデータベースアクセス保証
 公共図書館が商業データベース提供。そんなのはハイテク先進地サンフランシスコだけでしょう、と思うかも知れません。しかし、これが今、全米の一般的傾向となっています。アメリカ各州で、全州民にデータベース・アクセスを保証する動きが広がっています。どのような隔絶された地からも情報への平等なアクセスを保証するという「ユニバーサル図書館サービス」の考え方が拡大しています。

 一九九九年初め現在、全米二〇州以上で全州民への雑誌新聞記事データベースアクセス提供が実施されています(詳しくはアラスカ州による全米調査他を参照[State of Alaska Statewide Database Licensing Committee,"50-State Survey and References," *Final Report*, March 1999 が詳しい。また次も参照のこと。Wisconsin Department of Public Instruction, *A Review of Library Networks in Other States*, http://www.dpi.state.wi.us/dpi/dltcl/pld/statenet.html])。州全体としてのデータベース提供が実現していない場合でも、都市圏や郡レベルで提供されているところが多数あり、またほぼ全ての州で何等かの計画、運動が存在します。数年中にもアメリカでは、全国民が基本的な新聞・雑誌記事データベースに等しくアクセスできる体制が整うと見込まれます。

 例えばアラスカ州では、一九九八年九月から六社のデータベース・サービスの試験提供を行ない、一九九九年三月にEBSCO、IAC(InfoTrac)、Infonatutics(Electronic Library)三社のデータベースを選定、一般への無料提供を始めました[http://www.ccl.lib.ak.us/]。州内図書館連合体がつくった「全州データベース・ライセンシング委員会」(SDLC)が中心となり、初年度四〇万ドルの州予算を得てこれを実現しました。州居住者であればだれでもアクセスIDをもて、ウェブページを通じて(あるいは州内五〇地点以上のアクセス電話番号を通じて)これを利用することができます。雑誌・新聞記事の索引や要約の他、例えばEBSCO MASfullText Family (Ultra)では五〇〇誌の全文記事、IAC General Reference Centerでは三一五誌の全文記事がとれます。

 「これは全米的動き、巨大な変動だ」とアラスカ州立図書館技術コーディネーターのリッチ・グリーンフィールドが全米図書館協会(ALA)機関誌に語っています。「ライブラリアンにとっては無念なことだが、インターネットのサーチエンジン(の活況)はエンド・ユーザーが自分で検索したがっていることを示している。市民が自分で検索できるようにするプレッシャーが公共図書館にかかっている。……このプロジェクトの真の利点は、州全体にリソースを平等に分散できることだ」[Gordon Flagg, "States Offer At-Home Database Access", *American Libraries*, Feburary 1, 1999]。アラスカは首都から六〇〇〇キロ離れ(日本−インド間と同じ)、日本の四・五倍の土地に六〇万の人口という超過疎の州。しかも、移動が難しい厳しい気候条件の中に住む人びとにとって、自宅から巨大電子図書館が利用できることのメリットは計り知れません。
 同じく寒冷地ウィスコンシン州でも、一九九八年七月、連邦政府から初年度二一〇万ドルの補助を受け、商業データベースを含む図書館ネットBadgerLink[http://www.dpi.state.wi.us/dpi/dltcl/badgerlink/]を立ち上げました。EBSCO、UMIなど四一新聞、四五〇〇雑誌を含む記事データベースに全州民が無料でアクセスできます。州政府が資金援助に消極的な中、現在は連邦の農村通信補助の仕組みであるユニバーサルサービス基金から財政支援を受けて運営しています。全米図書館協会(ALA)が各地でデータベース提供運動を進めており、ウィスコンシン州でもALA傘下のウィスコンシン図書館協会がこれを政策目標のトップに掲げて活発に動いています[Wisconsin Library Association, "WLA 2000 Legislative Agenda," http://www.wla.lib.wi.us/legis/legisagenda2000.html]。

 図書館充実の背景にあるのは市民の運動です。サンフランシスコの電子図書館型の新中央図書館をつったのも市民でした。市民団体「サンフランシスコ公共図書館友の会」(FSFPL)が中心となり一九八八年に住民投票を組織し、新中央図書館の建設、その資金のための市債発行(一億〇四五〇万ドル)を決議しました。足りない分(三四〇〇万ドル)は市民が寄付活動で集めました。一九九四年にも別の住民投票(「提案E」)を組織し、図書館予算を約六割増額させ、以後一五年間一定額に確保するよう義務づけました[岡部一明「情報化時代に市民アクセスを保証する図書館」『情報の科学と技術』一九九七年三月]。議会にまかせておくと図書館予算などはどんどん削減されてしまうので、市民が直接民主主義で決めてしまったということです。公共図書館といっても完全に市民立図書館。ちなみに英語で「公共」the publicとは「市民」の意味です。
 商業データベース提供はまず都市や郡レベルの図書館からはじまり、次第に州レベルに拡大しました。データベース契約は対象人口が多いほど割安になるからです。ウィスコンシン州の場合、個々の図書館ごとに加入すると年間総額五〇〇〇万ドルのデータベース契約になるところ、州全体で加入することにより二一〇万ドルで済んだとのことです[State of Wisconsin Division for Libraries and Community Learning, "BadgerLink, Wisconsin's Connection to the World of Information"]。州全体でも小規模州は不利です。人口六〇万のアラスカ州の場合、例えばEBSCOデータベースの年間ライセンス料金は州民一人あたり三八セントです。しかし、インディアナ、オハイオなど人口五〇〇万−一〇〇〇万規模の州では一七セントに下がます。そこでアラスカ州は他州と連係してのデータベース加入その他の方策を検討しています[State of Alaska Statewide Database Licensing Committee, "Master Contracts"]。

全記事リスト(分野別)


岡部ホームページ

ブログ「岡部の海外情報」