トルカナ:飢餓地帯を行く

岡部一明、1981.4

暗闇からの人

 キャラバン隊の食事が終わって、ひたひたと忍び寄る人影に気づいた。最初は暗くてよくわからなかったが、それは人の群れだった。キャンプのように野外炊飯して食べた「食膳」のまわりに現地住民が音もなく近寄ってきた。そして、地面に落ちた残飯をついばみ始めた。
 「かまど」あたりでは、炊事でこぼれたウガリ(とうもろこし粉でつくったマッシュポテト料理)をやはり地面からついばんでいる。カラになった鍋の底をさらう者もいる。

 トラック乗組員たちが気づき追い払う。「この野郎!」というような大声を出し、棒で追う。現地住民はどどっと暗闇の中に引く。しかし、すぐ寄せ返してくる。私たちの目を盗み、忍び寄っては地面のものをついばむ。

 乗組員は、今度はかまどから火のついたまきを取り上げ、「立ち去れえ」とばかりに恫喝する。闇深くまで追いかけ、火を振り回す。現地住民は逃げ散るが、やがてまたひたひた寄ってくる。繰り返しだ。

 身震いした。いったいこれは何だ。ここの住民たちはこんなにも飢えていたのか。そういえば昼間見た彼らの中には骨と皮のように痩せ細った人々も居た。

 1981年4月、スーダンン南部の街ジュバからケニヤのナイロビまで、約1500キロを6日かけトラックで走破した時(地図参照)。国境を越え、ケニヤのトルカナ地方(タラク付近)を進んでいる時のできごとだった。

 鉄道もバス便もない。道さえあってないようなもの。サバンナの大地を貨物トラック2台に便乗して人も移動する。外国人バックパッカーもそこに入る。ホテルもレストランもない。きれいな飲料水もない。皆食料・水持参で商隊を組み、一日に1回か2回、野外炊飯で食事をとる。

  ショックだ、などというのも白々しい。モノを食っている私らと、食えないで地面の残飯をあさる彼ら。私などは、日1食や2食というだけで衰弱していたが、 彼らはおそらく何日も食べていないのだ。さっきまで「星空が美しい」「アフリカの空は大きい」などと旅仲間と語り合っていた感慨がひどくうつろなものにな る。同じ空間に存在しながら何と異なる世界に生きているのか。少なくとも、今、自分がどんなところを「旅」しているのかを痛切に悟らされた。

飢餓地帯を旅してよいのか

 前知識はあまりなかった。「世界旅行」をするからにはアフリカにも行かね ば、と来ただけだった。マラリアの薬は持ってきたが、飲料水が手に入りにくいことには考え至らず、水の浄化剤は持ってこなかった。後で調べると、確かに遊 牧民の住むトルカナ地方は、過剰遊牧や日照りにより頻繁に飢餓が発生するところだった。1980年から81年にかけても干ばつによる飢饉がおこり、死者が 出ていた。

 乗客の黒人たちと話した。娘を連れて旅しているナイロビの警察官、教会の仕事で途中まで行く若い男。二人とも南スーダン出身で背が高い。が、警察官はがっしりし、教会関係の男はひょろ長タイプだ。

 感情的に問い詰める。「なぜ彼らは飢えているのだ。なぜこんなに貧しいのだ。こんなに広い土地があるではないか。乾燥気味だと言ったってちゃんと木も草もたくさん生えているじゃないか。」

 陽気な「がっしりおじさん」が説明する。
 「この辺の部族は遊牧生活をしていて農業を知らない。土を耕すということを知らないのだ。」「土地はあるが、見たとおり岩石が多くて使い物にならない。」

 教会関係の青年は、普通一人ではしゃべらないが、人が話していると突然割り込んでしゃべりだす、というところがある。学者調に話す。
 「いろいろな要素がある。ひとつには不十分な栄養、もうひとつは充分であってもバランスの取れていない栄養。さらに、適切(プロパー)な農法を知らないこと。」
 だれかの言を暗唱しているような調子である。

 私は、このアフリカ旅行で感じた思いを次々にぶつけた。「なぜアフリカは貧しいのか」「北に比べて南スーダンの開発が遅れているのはなぜなのか。」
 ある程度頭の中では答えが出ている問いである。しかし、この問いをもう一度だれかにぶつけなければ気が済まない思いに駆られていた。それにしてもどうしてこんなにひどいのか、教えてほしい、と。

  「北のアラブ人が南を差別し、発展を抑えているからだ」とがっしりおじさん。「トランスポーテーション(交通)がネックになっている。一生懸命働いて農作 物をつくっても、街まで運んで売ることができず、腐らせてしまう。だから皆、働いてもしょうがない、となってしまう。」
 ひょろ長のおにいさんは「我々はプロパーな生活様式を知らない」を繰り返す。「プロパー」がこの人の口ぐせらしい。それを自分たちを卑下する否定文の中で使う。

 旅行者仲間では、こんな地域を「旅する」ことが許されるのか、という議論もした。答の出ない難しい問いだ。あるいはそうだったかも知れない。が、知らずに来てしまった、ということでそれ以上の思考を回避する。


 


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