比較カラオケ文化の経済学的基礎

               岡部一明


 ベトナムは人件費が安い。それに対してカラオケ機器などの機械が相対的に高い。そうするとどうなるかと言うと、少数の機械設備で比較的多数の労働力を投入して利益を上げる、というビジネスモデルができる。

 日本なら狭い部屋をたくさんつくり、ヒトカラ(一人カラオケ)用を含め「カラオケ・ボックス」型のビジネス・モデルができる。カラオケ機器は相対的に安いから大量に導入できる。人件費は高いので、受付と掃除くらいで数人、バイトに任せる。
 しかし、ベトナムでは経済的条件の違いにより、「機械は少なく人は多く」のビジネスになる。大ラウンジ中心で機械類は最小限。しかし従業員はたくさん居 て、人的サービスで稼ぐ。そういうビジネスモデルが生まれ、別のカラオケ文化が生まれる。この「経済学的基礎」によって私は今、カルチャーショックを味わ い、深い絶望の中に沈んでいる。

 な、な、何と、ベトナムのカラオケは「キャバクラ」なのだ。

 女性サービスが付いて男が楽しむ怪しげな場所。大ラウンジの部屋には、キンキラキンのライトがつき、入場すると女性が現れ、カクテルを出したり、曲選定を手伝ったり。
 料金は大ラウンジの部屋別料金らしく、目ん玉が飛び出るほど高い。(と言っても、1時間計2000円くらいだが)。
 ベトナムに来て、最初は街にカラオケ店が多いので喜んだ。そしたら中身はこんなとこばっか。カラオケで売春が摘発されたなどという記事も時たま見る。

 くやしい。わがニッポンが誇るカラオケ文化が、こっちでは怪しげな風俗産業になっている。昔「トルコ風呂」というのがあった。トルコの誇る民族文化が、日本で風俗産業の代名詞になっていた。トルコの人たちの屈辱がよくわかる。

 「趣味は、ははは、カラオケでして・・・」と日本でなら言える。面白い人だな、と思われるくらいだろう。それをこっちで言ったらアウトだ。「趣味は、ははは、キャバクラでして」・・・。え、何だと、一体こいつは何だ? ということになる。

 これからアジア各地での暮らしが長くなる予定。アジアでのサバイバル基礎力をいろんな分野で身につけていくことが今の私の課題だ。衣食住をはじめ、体を鍛えることや、ぼったくりに気をつけることまで、とにかく生きていくためのあらゆるノウハウ、能力をつける。

 こうしたアジア暮し適応の全般課題のひとつがカラオケだ。私のストレスの発散と精神の安定にこれまでも重要な役割を果たし、これからも不可欠になるであろうカラオケを、アジアでどうやって確保するか。大問題だ。
 ところがこれがうまく行かない。カラオケだけだ。他は何とか少しずつ前進している。例えばスポーツだって、広い公園のそばに住み、毎晩ジョッギングしてるし、社会人サッカークラブともコンタクトができた。しかし、カラオケはどうにもラチがあかない。

 ベトナムのカラオケはああいう所だ、ということは、実は来た直後から聞いていたので、行くのを控えていた。作戦を立て、かみさんが日本から来た時にいっしょに行くことにした。カップルで行けば「間違い」はないはず。
 確かに、2人で入ると店員たちはびっくりするようで、傍らに居た若い女性に「お前はいいから」みたいに下がらせ、男たちだけで私たちを上階の部屋に案内してくれる。男たちがドリンクを出したり、選曲を受け付けたり。

・ベトナムのカラオケは通常、自分で機械を操作できない。リモート機器などない。歌いたい曲は分厚い曲集リストで調べてメモ書きして係に提出。機械室のお 兄さんがディスクジョッキーみないにそれを流してくれる。自分で音量調節できない。キーの高低調節もできない。音は大音響で聞くに堪えないが、小さくでき ない。(日本人向けの特別カラオケ店だとJoysoundなどのリモート機器が置いてある。)

・通常はベトナムの歌と英語の歌だけ。頼むと日本語の歌の曲集を持ってきてくれるところもある。カラオケの中身は中国製のようだ。ロケ地は海外も含み、内 容的には優れている。日本で歌えなかった英語の歌も入っていた。例えば日本のカラオケになくて悔しい思いをしたジョーン・バエズ(ボブ・ディラン)の Forever Youngや、映画「ロミオとジュリエット」の主題歌などもあった。

・料金は部屋ごとのようで、カラオケ代が1時間1000円程度。フルーツの皿が出てきて、この「フルーツ代」がやはり1000円程度と高い。確認できない が、これが女性サービス代の隠語なのかも知れない。私らには女性は来なかったけれど、自動的にそういうチャージを付けるのかも知れない。

 確かに雰囲気が悪い。日本の「健全な」カラオケの雰囲気ではない。黒服の男が何人もたむろしているところもあった。料金清算の際、その男たちが脇を固める。かみさんと行った3軒目はそういう所で、ついにカミさん怒り出し「もう行かない!」とおかんむりに。
 また、2軒目は、1階のロビーからして男と女がふざけあっている光景で、2、3階のカラオケ部屋を確認するだけで出てきた。

 下記のサイトで、ハノイの健全そうなカラオケを紹介していた。最近ここに(一人で)探検に行ったが、やはり他と大きく異なるものではなかった。
http://voices.yahoo.com/a-local-guide-best-karaokes-hanoi-vietnam-9097321.html

 「ノーノー、シンギングだけ」と主張すれば、女性接待なしにしてくれるようだった(料金は取られているかも)。また、朝10時から開いている店に朝行くと、向うも女性を手配できないようで、健全に楽しめる。
 ある店では料金をごまかされた。夜7時までは1時間500円と確認して入ったのに、1000円取られた。さらに店員がつり銭をごまかそうとした。これは抗議して正しい額を払わせたが、1000円の方はあきらめた。暗い店の建物の中で彼らにけんかを売ったら危険だ。

 郊外の観光地(香寺)に行ったとき、がらがらの旅館に泊まった。正月(テト、旧正月)の時に大賑わいするが、他の時は客が来ない観光地。20部屋くらい ある旅館に客は私だけ。その旅館にカラオケ部屋があった。自由に使っていい、と最初言われた。こんなありがたいことはない、と私は感動して歌いまくった。 やはり大部屋で中国製コンテンツ。ベトナム語、英語、日本語もあった。3時間英語曲を歌い続け、いよいよ日本の歌に入ろうか、と思った頃、宿の主人が来て 「止めてくれ、ただで使えるのは1時間だけ。あとは料金を取る」と言う。

 おいおい、そりゃないよ、と思うが、向うも3時間も歌い続けるとは思ってなかったのだろう(本場・ニッポンのカラオケ派を甘く見ちゃいかん)。確かにカ ラオケは電気も食うし、正当な料金は払う必要がある。やはり1時間1000円程度だった。フルーツ代はなかったので他よりは安かった。
 がらがらホテルのカラオケ部屋・・ひとつの穴場だが、こういうところはなかなかない。カラオケするために泊まるわけにもいかない。

 結局、最近はもうカラオケには行っていない。がらの悪いところで大音響の中で歌っても心が晴れない。ずっとカラオケに行かないと、歌いたい衝動が高まる。道を歩いていて、「今は、もう秋、、、」なんて口ずさみはじめていてびっくりする。街頭で歌いだしそうだ。

 やむを得ず、アパートの中でカラオケをすることに。日本には、カラオケ好きの人のために「組み立て式防音装置付き簡易カラオケ室内ボックス」が販売され ているが(結構高くて数十万円)、そんなものはベトナムにないだろう。アパートをよく観察すると、バスルームがある程度音を遮断しそうなので、そこにパソ コンの一つを持ち込み、PCカラオケをすることに。4万曲以上が歌えるという下記サイト他、ネット上にはたくさんのカラオケ・サイトがあるが、ま簡単なの はユーチューブのカラオケ曲を歌うことだろう。

 日本のお風呂もそうだが、バスルームというのは音が響いて自分の声が実際よりよく聞こえる。が、ここじゃ思い切り歌えない。私のカラオケは「喉の格闘 技」型で、大声で歌わないとストレス発散にならない。「アジアでのカラオケ」がこんな、こもり型カラオケになるのは寂しい。
 ただ、アパート・カラオケで、歌手の歌う曲に合わせて歌う、という「新ジャンル」は獲得した。カラオケ店で歌っていると結構自己流で歌っていることが多 い。ユーチューブのプロの歌うオリジナルにあわせて歌うと、そうかここはこういう風に歌うのか、と発見することが多い。英語の歌などは、いろいろ発音矯正 の勉強にもなる。ころんでもただでは起きない。我がカラオケ人生の新境地だ。
 (岡部一明、2013.9)

*その後、アパート・カラオケは続けているが、土日の「デイタイム・カラオケ」路線も始めた。カラオケにデイタイムもナイトタイムもなかろう。1日中開い ているのがカラオケだ・・・・が、それは日本の話。ベトナムのカラオケは夜主体だから、昼間開けると特別ジャンルの「デイタイム・カラオケ」になる。電話 をかけてわざわざ店を開けてもらう。女性接待なしで1時間1000円程度。仕事してるから行けるのは週末だけになる。スピーカー音質のいい日本人向けの店 に行くことになった。ジョイサウンドなど日本製の機械が入っているから音量、音程など自由に設定できる。日本の曲も歌える。


詳しくは:

書籍「アジア奥の細道」

岡部一明『アジア奥の細道』(Amazon KDP、2017年、2060ページ、写真1380枚、398円



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