シリコンバレーの汚染とたたかう住民運動

有害物バレーの監視役(『Asahiパソコン』2001年2月日)

ヒ素バレー?

「シリコンバレーの方がイメージがよいかも知れませんが、本当はヒ素バレーとかガリウム砒素の谷とか呼んでもいいんです。」

米コンピュータ産業の集積地・シリコンバレーで環境汚染に取り組む「シリコンバレー有害物質連合」(SVTC)のテッド・スミス事務局長が言う。コンピュータ産業というと「クリーン・ルーム」の清潔な工場というイメージが強いが、実際はIC洗浄その他製造工程で多くの有害物資を使い、完成パソコンはカドミウム、鉛、水銀、ヒ素、ガリウム他有害物質を含め1000種以上の化学物質の塊だ。実際、シリコンバレーでは1982年に、トリクロロエタンなど有機溶剤による大規模な地下水汚染が発覚し、健康障害が問題になった。

「フェアチャイルドを始め、IBMその他ほとんどのコンピュータ企業が地下水汚染を起こしていました。この地域には、井戸水を飲料水にする住民も多かったのです」とスミスさん。住民の声を代表する地域団体としてSVTCが結成され、以後ずっと「有害物バレー」の汚染監視活動を続けている。

「シリコンバレーには29ものスーパーファンド地域が指定され、全米最高の集中です」とスミスさん。SVTCの事務所は、サンノゼ市(バレーの中心)内の普通の民家のような建物。居間や寝室であるはずの部屋にうず高く資料が積まれ、パソコンがあちこちにおいてある。窓からはカリフォルニアの明るい日差し。スーパーファンドはアメリカの公害対策の中心的な制度で、責任者や財源などを明かにしながら汚染除去を進める法的枠組。全米で12万ヶ所以上のスーパーファンド地域が指定され、その中でシリコンバレーのあるサンタクララ郡は全米最多の指定数だ。

 「シリコンバレー有害物質連合」(SVTC)事務局長のテッド・スミスさん(右)。シリコンバレー内の事務所で、パソコンを操作するスタッフと。

コンピュータでコンピュータ産業を監視

「ウェブページで見てみましょう」と言って、スミスさんがパソコンに向かう。コンピュータ産業を厳しく批判する住民運動がコンピュータを駆使して汚染をモニターしている。画面にGIS(地理情報システム)利用のシリコンバレーの汚染地図が出てくる。地下水汚染地域、スーパーファンド地区、汚染物質排出企業、学校、病院、公園などが色分け図示してある。汚染地域は工場近辺の他、貧しい地域などに多いという。

関連サイトにも飛びながら、「インテルを見てみましょう」「NECを、富士通を……」と企業内の汚染物質データを調べていく。アメリカでは、工場でどのような有害物質が使用、貯蔵されているか詳細なデータ提出が義務づけられているのだ。それを連邦環境保護庁がデータベース化し(TRI=有害物廃棄登録)市民に公開している。現在、644物質について全米の28,000工場のデータが公開されている。住民は、近くのあぶない工場の中身について知る権利がある、という観点から1986年の緊急計画地域知る権利法で設置された。

「私たちが地域レベルでつくらせた条例が全米で最も初期の「知る権利法」でした」とスミスさん。地下水汚染発覚を契機に、郡やサンノゼ市、サニーベール市、サンタクララ市などにはたらきかけ83年に「有害物質モデル条例」を可決させた。さらに84年にカリフォルニア州の法律を通し、86年の連邦法制定につなげた。

情報を知れば市民は行動する

80年代末には、サンノゼ市内のIBM工場が全米最大規模のフロンガス発生源になっていることが発覚。大きな抗議運動を起こして、このオゾン層破壊物質の使用を止めさせた。97年からからは「クリーン・コンピュータ・キャンペーン」を始め、環境への負荷の少ないコンピュータづくりやリサイクル推進を行う。毎年コンピュータ企業の環境努力を調査し成績表を出す。昨年末に出された二〇〇〇年の成績表では、トップのキャノン他日本企業が上位一〇社中八つを占めるなど、日本勢が健闘している。98年からはGIS専門家と協力してウェブ上の汚染情報提供を本格化した。環境保護庁が出す情報は膨大で、それを市民にわかりやすく示すことが不可欠と言う。

「知る権利によって公共情報を得、問題が何かよくわかるように示すのが私たちの役割です。知りさえすれば市民は必要な改善を求めて行動します」とスミスさん。シリコンバレーが大変な有害物バレーに転落するのを辛うじて防ぐのが彼らなのだ。