電話会社を監視する市民運動(アメリカ) -情報化社会を見すえて

岡部一明(『公明』1993年10月より)

電話会社に一五〇〇万ドルの罰金

今年五月、カリフォルニア公益事業委員会(PUC)は、州内最大の地域電話会社パシフィック・ベルに対して、総額五〇〇〇万ドルに上る罰金と料金返還を命じた。電話会社は期限までに料金を払わなかった消費者から割増し金をとっているが、この場合は電話会社側のミス(処理の遅れ)で、期限前支払いに対しても一部ペナルティ料金を課していたことが明かになったのである。不正請求分三五〇〇万ドルを消費者に返還するとともに、一五〇〇万ドルの罰金が科された。罰金の半分は一二カ月に分割しての電話料金値下げ、あとの半分は低所得者のための電話料金援助に使うというPUCの「判決」であった。

電話会社へのこうした多額の罰金はアメリカでは珍しいことではない。アメリカには連邦段階で通信委員会(FCC)、州段階で公益事業委員会(PUCなど)があり、強い権限をもって電話会社を規制している。職員一〇〇〇人をかかえるカリフォルニア州PUCの場合、最近の例だけでも、パシフィック・ベル社に対して、八六年に一六五〇万ドルの罰金と六三〇〇万ドルの料金返還、九一年に三五〇万ドルの料金返還、九二年に五七六〇万ドルの料金返還と一九〇〇万ドル分の料金値下げを命じている。

規制機関の強硬な姿勢の背景には、電話会社に対する活発な市民運動が存在する。今回のパシフィック・ベル社の不正を訴えたのはサンフラシスコに事務所をおく「公益事業料金正常化協会」(TURN)であった。州内に三万の会員を有し、四人の弁護士を含む一一人の専門スタッフをかかえるTURNは、PUC公聴会で豊富なデータを駆使し電話会社の不正を立証してきた。サンフランシスコにはその他、「コンシューマー・アクション」など消費者団体、「公共アドボケイト」などの公民権運動団体が電話会社監視の活動を行なっている。

各州PUCはれっきとした州政府機関であるが、内部に消費者代表の部局をつくったり、外部の市民団体を公式の消費者代弁機関に指定する場合がある。カリフォルニア州の場合は後者で、TURNとサンディエゴの公益事業消費者行動ネットワーク(UCAN)の二市民団体を消費者代弁機関に指定している。

チョイスのない人から絞りとる

「長距離電話での競争激化で赤字が増えたから市内料金を値上げしたい -これが電話会社がいつも使う理屈だ。世界中の電話会社が同じ事を言い始めている。カリフォルニア州でも電話会社がそう言って市内料金を値上げしようとしている。」

TURNの電話関係アナリスト、レジナ・コスタが強い口調で話す。「彼らがやろうとしていることは、チョイスのない市内電話消費者からできるだけのお金を取ろうということだ。かつての鉄道会社と同じだ。その鉄道に乗るしかチョイスのない旅客に法外な料金をとった。・・・産業構造や政府規制が変わるごとに電話会社の議論も変わる。しかし本質はいつも同じだ。競争のある所で料金を下げ、競争のない所で値上げして、利益を最大にしようとする。」

TURNの事務所は、サンフランシスコの政府関係ビルが建ち並ぶシビック・センター地区にある。古い由緒ありそうなビルの四階に数部屋を借りて、弁護士、アナリストたちがデスクで仕事をしている。日本で言えば、運動団体というより弁護士事務所やシンクタンク事務所の雰囲気に近い。

アメリカには日本にはない市民運動がいろいろあるが、その一つが公益事業を監視する消費者運動だ。TURNはその中の老舗で、一九七三年にサンフランシスコに設立されている。電話、電気、ガスなど主な公益事業が州ごとの規制であることから、TURNもカリフォルニア州を対象に、州PUC公聴会への参加などを通じて公益事業監視活動を行なう。TURNは発足以来約二〇年の間に、値上げ阻止、料金返還、懲罰金などで、すでに七〇億ドル分をカリフォルニア州民のために節約してきたと言う。

「無料」の市内電話

アメリカに来ておどろいたのは、市内電話料金が無料だったことだ。長距離電話は競争が激しくて安いと聞いていたが、実は市内電話でこそ、日米間の料金格差が劇的に現れている。厳密に言うと、アメリカの一般家庭用電話サービスには、通常、市内電話が無料になる「定額制」基本料金と逐一課金される「計測制」基本料金の二方式があり、消費者が選択できる。ほとんどの家庭(約八割)が定額制を選んでいる。パシフィック・ベル社の例で言うと、月八ドル三五セント(約九〇〇円)の基本料金を払えば、後は何回、何時間かけてもに市内電話料金は無料になる。日本の場合は、周知のように、通常これよりも高い基本料金を払った上に、三分一〇円の市内電話料金がとられる。(なお、こちらで逐一課金方式の方を選んだ場合には、基本料金が約半分の四ドル四五セントとなり、逐一の市内料金は、最初の一分四セント、その後一分一セントとなる。この上に夜間、深夜の割引がある。)

米国では、一九八四年に電話事業が分割民営化されたが、その直後、パシフィック・ベル社は市内料金の有料化を画策した。TURNその他消費者団体がこれを阻止し、以後も同様の動きを効果的に封じている。ただ、ビジネス用電話に関しては、新規加入者に対して定額制サービスはなくなってしまった。企業だからといってあまり消費者団体も反対しなかったが、これは間違いだったとコスタは言う。

ライフライン制度

さらにTURNは、全米に先駆けて低所得世帯のための割引電話サービス・「ライフライン」を実現させた。通常の基本料金の半分、月四ドル一八セントで市内電話が無料になる。

電話というのは、今の時代にあっては必需品だ。例えば、アメリカでの仕事探しは、いろんな企業に履歴書を送って電話連絡を待つというのが定石で、電話がなかったら求職もままならない。一人住まいのお年寄りなどは、電話の有無が生命にもかかわりかねない。「ライフライン」というのは「命の電話」という意味だ。

一定収入以下の世帯がライフラインの対象になる。例えば一九九三年度の場合、三人家族なら月収一、七九〇ドル以下の世帯が入れる。パシフィックベル管内で一八〇万世帯、電話加入世帯の一九パーセントがライフラインに加入している。基本的に自己申告制で、細かい書類の提出は求められない。財源は、一般加入者の州内中長距離通話に対する付加料金(六パーセント)である。

アメリカで電話に加入すると最初の電話会社からの手紙には、必ずライフラインの詳しい説明が入っている。英語以外に、中国語、スペイン語、ベトナム語など、いくつかのマイノリティ言語でも説明がなされている。各言語で質問に答えてくれる「ホットライン」電話番号も紹介されている。TURNは、電話会社がこの最低限の電話への権利を充分周知させているかどうか、監視の目を光らせている。

新しく電話を引く場合、日本では約八万円のデポジット(「施設設置負担金」)が必要だが、アメリカにはこうした制度もない。三四ドル七五セント(四〇〇〇円弱)の新規加入料を払うだけ(非返還)。これと月九〇〇円(ライフラインの場合は五〇〇円)の基本料金で最低の電話サービスは受けられるという訳だ。私などは、電話との自動切り替えファックス機の調子がよくないので、早々とファックス用に二本目の電話回線を引いてしまった。日本の友人には「高いだろうに」と驚かれたが、新しいファックス機を買うより電話を引く方が安いのである。

情報化時代のユニバーサル・アクセス

「(市内電話が)逐一課金方式になったら、コンピュータ・ネットワークへのアクセスはどうなるんだ」とレジナ・コスタが問い詰める。日本では市内電話でも三分一〇円の料金を取られるという話への彼女のコメントだ。「情報化社会」の進展で、いろいろな通信機器がこれから益々長時間「オンライン接続」されていく。その時、市内電話が逐一課金方式であれば、三分ごとにメーターの針が上っていく。「チックチックチック」と指でメーターの動く真似をしながら、彼女は、「これは電話だけの問題ではない。ネットワークへの市民のアクセスが保証されるかどうかの問題だ」と釘をさした。

電話会社を規制するアメリカの市民運動の理念の中心には「普遍的電話アクセス」(Universal Telephone Access)という考え方がある。Universal Suffrageが「普通選挙権」なら、「普通電話権」と訳してもいいかも知れない。昔の人びとは命をかけて万人平等の選挙権のためにたたかった。それと同じように「電話への権利」が万人に保証されなければならないという訳だ。そして、この思想が情報化社会の中で益々重要な概念として浮上してきている。

例えば、ワシントンDCで、コンピュータ・ネットワークやISDNの市民的発展方向を提言し、ロビー活動を行なっている電子フロンティア財団(EFF)は、新しい時代のユニバーサル・アクセスを次のように語る。

「一九三四年通信法によるユニバーサル・サービスの保証は、今日まで、電話サービスへのアクセスを意味すると解釈されてきた。しかし、情報化社会の中で、私たちはこの保証対象にデジタル・サービスも含めるよう意味を拡大しなければならない。この拡大の意味するところは、基本的なデジタル・サービスを安価に提供し、市民のアクセスを保証するということである。平等と民主主義の原則からして、こうしたサービスは、身障者、高齢者、その他特別のニーズをもった人びとの必要を満たすものでなければならない。そうでなければ、社会は“情報における持てる者と持たざる者”に分裂することになる。」(Electronic Frontier Foundation, “Open Platform”)

彼らは、ハッカー弾圧で不当な捜査を受けた人びとの裁判闘争を支援する一方、一般市民が自由にアクセスできる公共ネットワークの構築を主張する。例えば世界最大のコンピュータ・ネットのInternetを広く開放する方向をめざす。新しいデジタルネットワークであるISDN(日本ではINSと呼ばれる)についても、いたずらに巨大ネットを構築せず、今ある狭帯域ISDNを最大限活用し、多様なアプリケーション開発を保証する開かれたインフラストラクチャーづくりを提唱する。彼らの主張は専門的な知識にも裏付けられ、議会に対するロビーイング活動でも一定の影響力をもちはじめている。一九九一年には、公共ネットの核となるべき研究教育用ネットワーク(NREN)を整備する法案の実現に寄与し、現在、これをさらにアクセス拡大の方向で強化する「全米情報インフラストラクチャー法」のため、ロビーイング活動を行なっている。

ハイテク社会だからといって、突然真新しい思想が出てきているわけではない。電話をはじめ、かつてのオールド・メディアに対する地道な取り組みから生まれた思想が「情報化社会」の中にも受け継がれ、市民からの鋭い論点となって機能している。

電話会社への罰金で市民団体助成

「すばらしい団体ばかり訪問しますね」

リストを見て公益事業委員会(PUC)市民参加局長のロバート・フェラルが感心した。サンフランシスコで、日本からのコンピュータ関係市民活動家たちの交流ツアーを組織した時のこと。訪問リストには、TURNを始め、市民運動のコンピュータ・ネットワーク、市民派FM局、ハッカーのボランティア技術支援団体など約二〇の情報・メディア関係市民団体があげられていた。PUCのお役人であるはずのフェラルがこれらすべてをよく知っていたのである。

実は、彼には、通信関係市民団体に助成する財団「テレコミュニケーション教育トラスト」(TET)の事務局長という肩書もあり、これが彼が市民団体に詳しい理由であった。TETは電話会社への罰金でつくった助成基金で、PUCの管轄の下、州内の情報、メディア関係市民団体に活発な助成を行なっている。

フェラルによれば、TETの歴史はアメリカの電話事業が民営・分割化された一九八四年にさかのぼる。「この直後だった」と彼は強調するが、パシフィック・ベル社が、事情のよくわからない新規加入者に不正な勧誘活動を行なった。例えば、日本でいう短縮ダイヤル、キャッチホン、転送電話、トリオホンなどの付加サービスをあたかも強制加入サービスかのように言って加入させていたのである。担当者にノルマが達成できない場合の解雇をちらつかせるなど会社側の内情も明るみに出た。PUCは断固たる措置をとり、不正勧誘売り上げ分六三〇〇万ドルを加入者に返還させ、さらに懲罰金一六五〇万ドルを課した。市民団体は、この罰金で助成財団をつくることを提案し、八六年、TETが設立された。

TETは、発端となったような通信事業者の不正を抑止するため消費者教育を援助するという趣旨で、八七年度から六年にわたって年間三〇〇万ドルを市民団体に助成することになった。すでに州内八〇の団体に助成を行なった。今年九月からの九三年度が助成最終年にあたる。

TET助成の特徴は市民団体助成としては額が大きいことだ。年一〇万ドル、二〇万ドルという助成が普通で、消費者団体「コンシューマー・アクション」などは一九八九年に八三万八〇〇〇ドルの助成を得ている。約一億円だ。日本の市民団体が一億円の助成をもらったらどうなるだろう。コンシューマー・アクションへの助成は、TET助成としては典型的なもので、電話に関する消費者教育資料の作成、配布活動などを対象にしたものだ。分厚い電話サービス分析書を作成してソーシャル・サービス団体に提供し、八つの言語による一〇〇万冊の各種電話解説パンフを消費者に配布するなどの活動を行なった。

TETは、助成最終年にあたる今年度は、通常の助成以外に、後に残る制度づくりに重点をおく予定だと言う。電話会社監視の情報交換を行なうコンピュータ・ネットワーク(TETnet)づくり、企業告発への報償基金(ウィッスルブローアー基金)の設立なども計画されている。

ネットワーク社会を見すえて

通信事業の多様化に伴い、TURNの活動も最近では多岐に渡ってきた。例えば、電話がかかってきた際に相手の番号が表示される「コーラーID」サービスがプライバシーの侵害にあたるとして認可反対のキャンペーンを組織している。電話会社部門が移動体通信部門を独立させるためPUCに認可申請しているが、これを消費者の立場としてどう見るべきか調査・研究する。既存回線を利用したISDNサービスを主張し、大規模な光ファイバー付設の費用を消費者に転化しないよう訴える。TURNはまた、前述TETの助成を得て月刊ニュースレター『インサイドライン』を発行し、複雑化する電話通信産業について消費者への情報提供・教育活動を行なっている。

「情報化社会」の中で、市民はともすれば産業界のフィーバーに踊らされるだけになりがちだ。そうではなく、市民自身がどのような情報やメディアのシステムをのぞむか積極的に提起し、つくりだしていく必要がある。情報化社会の発展方向をきちんと監視していく役割が市民運動にはある。アメリカの市民運動は、最も身近な電話という媒体に取り組む中から、そうした戦略と能力を身に付け、情報化社会になくてはならない一つの勢力として台頭してきている。


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