ツムクェの風景

象が出る

「その道、象が横切って行ったから気をつけろよ。」
すれ違った地元の人に言われた。象が出るって、この砂利道は村近くの生活路だよ。こんなところまで象が来るのか。
「別の道を行った方がいいかな。」
「いや、気をつければ、その道でも大丈夫。」

そんな感じで、きょうもツムクェの村を歩き回る。以下、ツムクェの風景を紹介。

朝、宿近くを散歩すると、村の生活道に明らかな象の足跡が。夕べ通ったばかりのようだ。大きな脱糞も。

 

前述の通り、カントリー・ロッジの近くまでは象が来ている。ここまで来るのなら、村も遠くはない。

村のたたずまい。
村の生活。
一般的な庶民住宅。トタン製で、貧しく見えるが、伝統的な藁ぶき小屋から見ると一段上の家と見られるようだ。厳しい直射日光をはね返すのでよいかも知れない。地震はほとんどなく、台風も来ないので貧弱でも大丈夫のようだ。
伝統的な家屋にも衛星放送のアンテナ。
味のある家屋なので、一枚撮る。
学校が引ける時間は、珍しく道路に人が多くなる時間だ。
同上。
日曜日のボランティア。村人がゴミ拾いをする。
村の交通機関。
村中心部の十字路付近から東を望む。50キロ行けばボツワナ国境だ。
その先、東方向の村のはずれ、木陰で休む人々。乗せてくれる車を待っている。「有料ヒッチハイク」待機場所だ。ここに居たおじさんに聞いたら、すでに25時間待っているという。昨日からの泊りがけだ。泊まる場所は親戚など村の中にあるらしい。互いに数十キロ離れ必ずしも道路沿いにはないので気づきにくいが、ツムクェ周辺には伝統的なサン族の村が数十カ所ある。そこから出て来て帰る人にとって交通手段は難題だ。
風が吹くと砂が舞う。さほど風が強いわけではないので、写真のような風景は珍しい。だから撮った。この辺の植生はサバンナと言えるが、カラハリ砂漠の近くでもある。地面はどこも砂で覆われており、風が出ると大変なことになる。

 

 

村の中は、人間よりも、牛やヤギが歩いている方が多いのではないか。
同上。
怒涛の進撃。

象との遭遇(6月20日)

ツムクェはだいたい歩きつくしたのだが、そういえば北西方向は行ってないな、と気づいた。北西2キロ程度歩いたところに、ツムクェ・クラフト&ツアーズという施設が地図上には載っている。何だろう、行ってみよう、と6月20日夕方にでかけた。

小学校の裏を抜けていくと小道があった。思った通りの細い道で、路面はやはり砂に覆われている。

村を抜けたところで何と、周囲に畑らしいものを見た。初めてだ。ツムクェ周辺はどこも砂に覆われたサバンナで、牧場のようなものを見ただけだった。農地はないと思っていた。今乾季なので作物は植えてないが、雨季には何か植える場所、と思われた。
砂地と若干の窪地が拡がる。パン(pan、窪地)と言われるところだろう。この辺は平らなサバンナで、川はない。雨季に降った水は少し窪地になっているところに溜まる。そういう場所をパンという。ツムクェの南方数十キロにはニャエニャエ・パンという多数の大規模湖沼ができる場所がある。この写真のパンはずっと小規模なものだ。雨季には、あちこちでこんなパンに水が溜まる光景が広がるのだろう。
砂道がずっと続く。歩きにくい。異なる風土に最初は違和感ばかりだったが、だんだん慣れてきた。田舎に出れば、必ずこういう道になる。日本で言えば、田んぼの中の農道だ。そんな道は全然珍しくも何ともないが、サバンナの人たちにとっても、こんな田舎道が当然の、普通の光景なのだろう。
もうすぐ、例の施設だぞ、と思ったそのとき、何と前に象の姿が。2頭居る。冗談ではない、ここは安全な見学場所ではない。同じ空間に存在してしまった。
こっちに近づいてくるではないか(拡大写真)。慌てて逃げてはいけない。素知らぬ顔で方向を変え、少しだけ急ぎ足で遠ざかる。ちゃんと写真を撮ったのは上出来だった。写真には1頭しか映っていないが、彼の後にもう1頭居た。

追ってはこないか、びくびく振り返りながら、元の道を戻る。最初、道まで出てきたようで、その時2枚目の写真を撮ったのだが、映っていない。慌てていたのだろう。象が人間を食物と考えない動物で本当によかった。あんな大きなのが肉食獣だったら我々はどうなるのか。まさに恐竜に襲われるような恐怖だろう。

日の入り前に、村に帰ってこれた。夕闇が迫る。そうか、夕方だったから象も活動時間だったのだな。東の空に月も出ている。満月が近づいたな。ということは、もうツムクェも1ヶ月近くになるのか。
夕日が沈む。
沈んだ。街灯がつく。