チュニジアでスリにあった

大きなリュックを前後にかけて別のホテルに移動している時。

チュニジアの首都チュニスの混雑した旧市街東側あたり。

細い歩道で前から来た男とぶつかり、「ごめん、シガレットが・・・(こぼれてしまった)」と言って、私の手さげ袋を吹き払うしぐさをした。火が入ったか。一瞬ぎょっとして中を見たが、そんなことはない。男はすぐ後へ立ち去った。瞬時にズボンの左ポケットを確認した。ない。私の財布がない。

「私のウォーレットが。マイ・ウォーレット、wallet、wallet!」

と立ち去る男の背を指さして、大声で叫んだ。

事情でこの時、私のアドレナリンが非常に高まっていたことが幸いした。それはそれは、ものすごい大声が出た。10メーター四方すべての人が「何ごとか」と振り返るくらいだ。やられてたまるか。あらん限りの声で叫び続けた。

効いた。男はひるんだ。そして、見ず知らずの若者が男の前に立ちふさがり、「そんなことやっちゃだめじゃないか」というように取りなし始めた。チュニジアはアラビア語とフランス語で、英語はあまり通じない。しかし、この若者はWalletという英語を理解したらしい。

男は、二人組だった。「俺じゃないよ、あっちのやつだよ」という風に別の方向に行った男を指さす素振りををした。そしてその男だろう。「あんたの財布、ここに落ちているじゃないか」というようなことを言って、くだんの歩道の路面を指さす。引き返すと確かにそこに私の財布が落ちていた。もちろん、ぶつかったくらいで落ちるような財布でもポケットでもない。

後で振り返るにこうだ。二人組で一人がぶつかって、たばこの灰を払うようなしぐさをして私の関心をそこに向け、そのすきに、ふくらみあるポケットから私の財布を抜き取る。すぐそれを別の男に渡し、自分はその男と別方向に歩いていく。走ったりするとバレるので、何食わぬ顔で歩いていく。調べられても持ってない、ということになるだろう。万一うまく行かなかった時には、別の男がその財布を路上に落とし、私が落としたかのように取り繕う。

ふん、取り返した。それで十分だ。深追いはしない。

そのまま大きなリュックを背負って歩き続ける。周りの人が「やれやれ」といったような表情でまた普段の生活に戻る。

そうだ、財布のカネは抜き取られていないか。数分後に気付いて、財布をチェックする。クレジットカードは無事だった。札が7~8枚入っていたはずだが、それ相応の厚さはある。1~2枚抜き取られていた可能性もあるが、ほぼ元通りだと思う。ばかめ、やつらも大声であわてたな。札の半分ぐらい抜き取る余裕はあったろうに。

勝因はこうだ。

1)ぶつかられてすぐにポケットを確認したこと。

2)大きな荷物を持っての移動は、昼間、人の多いところを通ってやっていたこと。

3)とにかく大声を出したこと。

まわりの皆が何事かとびっくりするくらいのただならぬ声で叫ぶことが大切だ。彼らをひるませるぐらいの大声を。これが何よりの勝因だろう。

財布を取り返してすぐに何事もなかったように歩き続けたのも勝因。下手にもめても面倒なだけだ。

しかし、大声を聞いて、男の行く手を阻んでくれたあの若者は偉い。深々とお礼を言いたい、と後で思ったが、その時は夢中でとにかく財布を取り返したので、すたこらさっさとその場を立ち去ってしまった。

「いいだろう、やってみろ」とつぶやきながらまわりをにらみつけ、道の真ん中を大手を振って歩き、約1キロ離れた別のホテルにたどり着いた。

チュニスのメイン通りはハビブ・ブルギバ通り。並木もある大通りで、パリのシャンゼリゼ通りの雰囲気を醸し出す。これをまっすぐ西に行くと旧市街メディナに突き当たる。
メイン通りがその名もフランセ通りと名前が変わって突きあたるのがこの凱旋門のある「勝利広場」。ここから旧市街メディナが始まる。
旧市街の中はこんな感じ。狭い路地に小さなお店が軒を並べる。路地は入り組んですぐ迷子になる。
旧市街に入らず、勝利広場から右に旧市街外周路をちょっと歩いて行ったあたり、この辺でスリにあった。大きなバックパックをかつぎ、左側の細い歩道を歩いているとき、2人組が前からぶつかってきた。人込み注意。