サンフランシスコがまたやらかしてくれたようだ。投資市場調査企業PitchBook Dataとベンチャーキャピタル全米業界団体NVCA(National Venture Capital Association)の2021年ベンチャー投資集計がこのほど出され、それによるとサンフランシスコ市(人口87万人)での2021年ベンチャー投資額が前年比何と3倍強の613億ドルに達した。これはニューヨーク市を含む同大都市圏(CSA、人口2360万人)538億ドルを100億ドル以上上回り、全米ベンチャー投資総額3296億ドルの19%に相当する。シリコンバレー地域などを含めたサンフランシスコ大都市圏(CSA、人口971万人)全体では1203億ドルで、全米の36%となる。
全米投資も前年比2倍に、10年前の7倍に
いや、その前に、このコロナ禍の2021年に、米国全体のベンチャー投資額が、前年比これも驚異の倍増で3296億ドルになったことにも触れなければならない。もちろん過去最高だ。10年前の2011年にはこの7分の1以下、454億ドルに過ぎなかった。コロナであえぐ経済の中、何なのだ。投資家たちは何を見ているのか。
むろん、米国の政策金利が低く抑えられていることも関係するだろう。だが、コロナ禍収束に伴い未曽有の経済活況が来るとの予測があったのではないか。オミクロン株の登場で収束は遅れ、一般には注意が呼びかけられ続けているが、投資者たちの醒めた目はその先を読んだように思える。今がチャンス、とんでもない好況が来る、と年初からなだれを打った。しかし、なかなかコロナ禍は収まらなかった。が、だからと言って投資額が減ることもなかった。第1四半期から第4四半期まで、「激増」はなくとも高水準が維持された。そんなところだったのではないか。
2021年集計は1月13日に出たPitchBook、NVCAらのVenture Monitor, Q4 2021にまとめられている。その中で、彼らはこう述べている。
「ワクチンが広範に出回り国家的接種キャンペーンが行われたにもかかわらず、コロナ禍が継続したことから言っても、2021年のベンチャー投資活動は驚くべきものだった。2021年初には、多くの投資家が、世界は年末までにパンデミック前の状態に戻っていると予測した。しかし、ウィルスは進化し続け新しい変異株が現れ、こうした予測は実現しなかった。一部の投資家は出張して起業家と会うのを再開したが、2年前までは奇妙なやり方と見られていたバーチャル会議が投資活動を継続させ、今後もコロナ禍展望とかかわりなく定着するように見える。」(p.3)
この活発なベンチャー投資は2022年も続くのか。あるいはすでにコロナ禍終了後の「未曽有の活況」はすでに市場に織り込み済みで、今後の政策金利の上昇とともに減速していくのか。こんなに投資するカネがいったいどこにあるのだ、と驚いているだけの私には予測する力がない。
コロナ禍の中でベイエリアの優位変わらず
このVenture Monitor, Q4 2021には、大都市圏(CSA)別の投資額はあるが(p.15)、市別の投資額の数字はない。それは有料会員サービスでしか得られないもののようだ。しかし、Silicon Valley Business Journal誌の1月19日の記事がその一端を紹介してくれている。
それによると、コロナ禍でITワーカーや企業がサンフランシスコから逃げ出している、大都市やサンフランシスコの時代は終わった、との報道が続く中で、この街の活力はまったく衰えていないどころか、益々沸騰していることが明らかになっている。
得られる情報をまとめると、大都市圏(CSA)別でサンフランシスコCSA(シリコンバレーを含む)が1203億ドルでトップ。次いでニューヨークCSA538億ドル、ボストンCSA349憶ドル、ロサンゼルスCSA343億ドル、フィラデルフィアCSA81億ドル、シアトルCSA80億ドルの順。より限定された都市圏(MSA)別の投資額では、サンフランシスコMSA(シリコンバレー主要部を含まない)931億ドル、ニューヨークMSA519億ドル、次いでボストンMSAが来て4位がサンノゼMSA(シリコンバレー主要部を含む)の265億ドルだ。一般に言われる9郡のベイエリア(サンフランシスコ湾岸都市域)は、サンフランシスコMSAとサンノゼMSAを足して1196億ドルということになる。(詳しい都市圏の説明は別項参照。)
ベイエリア内ではサンフランシスコが突出
依然としてサンフランシスコ圏が圧倒的な強みを発揮しているが、その中でも市別を見るとサンフランシスコの沸騰が際立つ。2008年には、サンフランシスコ21億ドル、サンノゼ16億ドル、サンタクララ(市)14億ドルだったが、2014年にサンフランシスコは100億ドルの大台を突破し141億ドル。シリコンバレー諸都市も善戦したが、2位サンタクララ26億ドル、3位パロアルト21億ドルと差をつけられた。そして、2021年にはサンフランシスコ613億ドルとなったわけで、2位(マウンテンビュー)との差は7.4倍にまで拡大した。
私が注目しているのは、大都市型のサンフランシスコと郊外型のシリコンバレーの対比だ。CSA、MSAなどではこの区別があいまいになるので、シリコンバレーの地域経済団体JVSV(Joint Venture Silicon Valley)が厳密な独自境界定義で毎年集計するSilicon Valley Indicators: Venture Capital Investmentのデータ待ちたいところだ。しかし、暫定的に言えば、ベイエリア1196億ドルからサンフランシスコ・プロパー613億ドルを引いた583億ドルがすべてシリコンバレーだとしても、この広大な大人口地域をサンフランシスコが上回ったことになる。前年は200億ドル対264億ドルでシリコンバレーの方が多かったから大きな変化だ。
むろん、ベイエリアのその他地域がすべてシリコンバレーになることはありえず、例えばサンフランシスコ対岸の第2の都市域オークランド(シリコンバレー外)なども相当伸びてきているようだ。オークランドは港湾を中心としたブルーカラーの街で、ベンチャー投資などではこれまで話題にも上って来なかった。それが何と2021年には、有望視されているソルトレイク・シティやヒューストンよりも多くのベンチャー投資額を獲得したという。ベイエリアの力恐るべし、だ。
大都市の時代は終わったか
コロナ禍や住居費高騰の中で、サンフランシスコやシリコンバレーからITワーカーや企業が逃げ出している、という報道が盛んになされている。確かにそういう面も現象としてはある。しかし、大局を見逃してはならないだろう。ベンチャー投資や起業活動が東部、テキサス、西海岸他地域に拡散していくことは健全だし、サンフランシスコの沸騰状況を抑えるためにも望ましい。しかし、ITを中心とした新産業の興隆は益々この地域に集積していることを見極めないといけない。
また、リモートワークの普及で大都市の時代は終わったという議論も、眉に唾をつけて見る必要がある。サンフランシスコ以外で今最もベンチャー投資を増やしているのはニューヨークなど東部大都市だ。サンフランシスコ圏でもオークランドの健闘などがその傾向を体現している。「郊外型シリコンバレー」から「都市型シリコンバレー」への流れが確実に出ている。
郊外の自然豊かな地に広大で健康なキャンパスをつくっても学生が来るわけでない。若い人は、ごちゃごちゃしているが活気ある都市部生活に引き寄せられる。新しいアイデアや事業はこうした混沌と切磋琢磨の中から生まれるのだろう。大都市というのは、関東大震災やサンフランシスコ大震災(1906年)、本土空襲や原爆投下で灰燼に帰しても復活した。古代律令都市以来の排泄物問題による感染症拡大やヨーロッパ人口を半減させた中世ペスト禍でも、都市は滅びるどころか一貫して拡大した。電話やテレビやメールの出現でも趨勢は変わらない。遠隔との協働が可能になる一方、それにも増して中心部への集中が強まる。Zoomが登場してそれが変わると考えるのは甘い。