前回記事で、米電子出版市場が依然拡大基調にあると書いたが、奇異に感じた人も多いだう。米国ではe-book販売が頭打ちになったのではなかったか。印刷書籍の盛り返しが始まっているのではないか。
確かに報道の主流はそのようになっている。しかしそれは誤りだ。これをそのまま信じて、「やっぱり人間は紙の本が良かったんですよ」で終わりにしては大変なことになる。
AAP統計で誤解
「e-bookブーム終焉」説が出てきた発端は、2015年、アメリカ出版社協会(AAP)集計で、電子書籍売上の下降が発表されたことだ。前回記事で紹介したように、2011年まで急拡大したe-book販売が、その後横ばいとなり、2015年に下降に転じている。これで報道の論調が変わった。流れを率いたのは、影響力あるニューヨーク・タイムズの2015年9月の記事(Alexandra Alter, “The Plot Twist: E-Book Sales Slip, and Print Is Far From Dead,” New York Times, September 22, 2015)だったようだ(例えばAlex Newton, “eBook Sales 2015 – Up Or Down?“ K-lytics, December 2015など参照)。
ニューヨーク・タイムズ同記事は、格調高く出版界の歴史から入り、e-bookの出現で印刷書籍が消えてなくなるのか、と懸念が広がり、実際、2011年に大手書店チェーンのボーダーズがつぶれて暗澹たる気分が業界をおおった、などと回顧。ところが、その予測が見事に外れ、2015年1~5月のe-book売上が10%減ったことを示した。「e-bookの人気下降」「印刷書籍の驚くべき堅調さ」を指摘し、出版各社が印刷書籍部門への投資を拡大していることを報じた。
「スクリーン疲れ」説も
英国でも2016年の統計でe-book売上が16%下落し、印刷書籍の売上増が発表されると、報道はさらに過熱した。
「読者はe-bookをドブに捨て、古めかしい印刷物の世界に復帰しつつある」と2017年4月のCNNワイアサービスが断じた(Ivana Kottasová, “Real books are back. E-book sales plunge nearly 20%,” CNN Media, April 27)。英国でのe-book売上下落とともに、アメリカでもAAP統計で2016年1~9月のe-book売上が前年同期比18.7%減ったことを報じた。対して、印刷本のペーパーバックは7.5%増、ハードカバーは4.1%増だった。ニューヨーク・デイリーニューズもこれを「紙の本の販売が上昇し、e-bookは転落」と報道。英紙ガーディアンはe-book退潮を「スクリーン疲れ」が原因と報じた。経済紙Forbsは2017年6月に、最終的な米国の2016年e-book販売が13.9%減だったことを確認。ウォールストリート・ジャーナルは同10月に「e-book減少で、出版社は速いペースで伝統的フォーマット強化へ」と報道。追い打ちをかけるように同月、AAPから、2017年上半期のe-book売上も前年同期比4.6%減の5億5570万ドルだったとの発表がなされた。
「やはり人は印刷本が好きだったんだ」
日本での報道も同じようなものだったと思われる。2018年1月時点でも、Sankei Bizサイトに「電子書籍販売、米国で頭打ち 背景にデジタル疲れ、日本は規模拡大」という記事(共同通信配信)が出ている。2017年1~6月の電子書籍販売が前年同期比4.6%減の5億5570万ドルだったことなどを紹介している。正月向けの配信だ。出版界の長期的展望を意図する記事だったのだろう。
迫る電子出版の脅威におののいていた活字文化派の人々にとり、これは暗雲を晴らす「朗報」だった。恨みつらみの反動が一挙に出た。「ブームは終わったんだ」「やはり、人は印刷本の方が好きなんだよね」ということになった。
大手出版社のe-bookが退潮しただけ
しかし、確かに初期の過熱期は過ぎたが、e-book市場の堅調な拡大は続いていた。前回記事で示唆したように、報道は、米国出版社協会(AAP)加盟約1200大手出版社の数字を全体の傾向と誤解した。大手出版社はe-book市場で後退しつつあるが、中小出版社、自己出版インディー著者のe-book売上は伸びている。e-book市場の7割を占めるアマゾンなどオンライン販売サイトが詳細データを出さないのが悪いのだが、アマゾンからe-book販売増加のコメントは出ている( Jeffrey A.Trachtenberg, “E-Book Sales Fall After New Amazon Contracts; Prices rise, but revenue takes a hit,” Wall Street Journal, Sept. 3, 2015)。2016年のアマゾンe-book販売も4%増だったと推計された。確かに印刷書籍の売上は伸びたが、それも、これまたアマゾンなどオンライン書店の印刷書籍売上が伸びたのであって、後述の通り、大手書店チェーンは売上を落としている。
e-book値上げで自滅
大手出版社は、アマゾン内で自社e-bookが9ドル99セント以下にディスカウント販売されることにずっと抗議してきた。2015年になって自社で小売価格を決められる契約取得に成功。以後e-book価格を一斉に値上げした。特に同年9月、最大手のペンギン・ランダムハウス(AAP加盟出版社全体の売上の3分の1を占める)が新契約を得て価格を上げたのが大きく響いた。アマゾン内で販売されるビッグ・ファイブ(大手5社)のe-bookは平均10ドル81セントと、他の平均4ドル95セントと大差がつくようになった(上記Wall Street Journal記事)。価格が上がれば販売数が減るのは理の当然。大手出版社は自分で自分の首を絞めたのかも知れない。あるいは、電子書籍部門を拡大させる意識的な戦略が欠けていた。
アマゾン内e-book販売数、インディーが大手出版社を越える、46%―32%
オーサーアーニングズによると(Author Earnings, “September 2015 Author Earnings Report“)、AAP加盟大手1200出版社のアマゾン内e-book販売数(冊数)シェアは2014年2月に45%程度だったものが2015年になって下降。特に同年9月、最大手のペンギン・ランダムハウス(AAP加盟出版社全体の売上の3分の1を占める)が新契約を得て価格を上げたのが大きく響き、同月のAAP加盟出版社シェアが32%まで落ちた。販売額は2014年2月の64%から2015年9月の50%に落ちた。逆に、それまでずっと下降していたAAP非加盟中小出版社のe-book販売数シェアは同9月に増加に転じ、約8%となった。2014年2月に販売数36%だったインディー(独立・自己)出版者も2015年9月に46%と増え、販売額も15%から24%になった。アマゾンの独自出版部門も販売数を倍増させて13%、販売額は15%となった。
(オーサーアーニングズがこれらの数字を冊数や金額でなくシェア(パーセント)で示しているのは、彼らの手法でも、2015年段階ではアマゾン内e-book販売の45~60%しか捕捉できなかったため。)
アマゾン内e-book著者収入、インディーが大手を越える、5割―3割
確かに販売額では、単価の高い大手出版社e-bookはシェアが高くなる。しかし、逆に、著者の受け取る収入という面から見ると、インディー出版者(自己出版する個人ライター)は有利になる。本の価格は低くとも、出版社の取り分がないのでポケットに入る収入は増える。伝統的出版社を通じた出版では著者印税は15%程度だが、アマゾンKDPの場合、最高で価格の70%を著者が取れる。アマゾンでのe-book著者収入のシェアは、大手出版社が2014年2月に5割弱だったものが2015年9月に3割強に落ちた。変わって35%前後だったインディー著者のシェアが5割近くを占めるようになった。
要するに、アマゾン内では、e-bookの販売数と著者収入について、インディー著者が大手出版社をすでに越えているということだ。
アマゾン以外のオンライン店舗も同傾向
e-book市場に占めるアマゾンのシェアは非常に大きいので、これの調査だけで、米国e-book市場全体の動向は把握できるとも言える。しかし、オーサーアーニングズは、Barnes & Nobleなど他のオンライン販売サイトも徐々に調べ始め、2015年10月に、e-book市場全体の規模について報告を行った(Author Earnings, “October 2015 – Apple, B&N, Kobo, and Google: a look at the rest of the ebook market”)。
それによると、アマゾンは米国のe-book販売数の74%、売上額の71%を占めていた。残る市場の内訳は、Apple iBookstore(販売数11%、売上額12%)、Barnes & Noble Nook store(8%、9%)、Kobo(3%、4%), GooglePlay Books(2%、2%)、その他(2%、2%)だった。
e-bookのインディー出版はアマゾンで最も大きな割合を占めるが、その他のオンライン店舗でもそれなりのシェアを占めた。Apple iBookstore(販売数の20%、売上額の9%)、Barnes & Noble Nook store(24%、13%)、Kobo(22%、12%)、GooglePlay Booksのフィクション部門(21%、11%)など。
英国でもインディー著者の販売は統計漏れ
「e-book退潮説」は、英国の2016年e-book販売が16%減少したことも引き金になったことを先に触れたが、やはり英国でもインディー著者のe-bookは統計から外れていた。オーサーアーニングズ調査によると、英国の全e-book販売数の4分の1、全販売額の6分の1が調査の対象になっていなかった。多くの国で、伝統的出版社の売上だけで出版界全体を把握しようとする統計収集が行われている。これまではそれでよく、それが出版界のほぼ全体だった。しかし、e-book時代には、それ以外の分野で大きな変動が起こっている。オンライン店舗でのインディー出版が、静かな革命を起こしつつあり、それを既存の統計がとらえられていない。既存産業の視点からなかなか見えないような革命こそ真の革命だろう。
アマゾンががんがん売り、印刷書籍、書店の売上が伸びた
印刷書籍や書店が堅調であることは、POSデータに基づくNielsen (現NPD) BookScanの統計で示されることが多い。例えば2016年10月、BookScanの分類で大型店を中心にした”Retail & Club”分野の印刷書籍売上が過去1年で5%伸びた。これが印刷書籍を中心とした書店復活を示すものと歓迎された。しかし、実際は、同分野には、同分野売上の半分を占めるアマゾンも入っている。この巨大オンライン書店はもちろん、e-bookだけでなく印刷書籍も大量に販売している(アマゾンの印刷書籍売上は業界全体の45.5%)。2016年にアマゾンが印刷書籍売上を一挙に18%増大させたため、「煉瓦とモルタル」(実店舗)の書店が凋落したにもかかわらず、同分類全体で5%増が達成された。
例えば最大手バーンズ&ノーブルは2015年度に1億9000万ドル、2016年度に8000万ドルの売上減を計上。現在は倒産の危機に直面している。数字から逆算すると、2015年の実店舗書店の売上はむしろ全体で8%は減少していることになるという(Author Earnings, “October 2016 Author Earnings Report: A Turning of the Tide…?”)。アマゾンががんがん売ってくれたから印刷書籍販売が増え、「書店」の売上も伸びたということなのだ。