米国の出版統計は不完全だ。特に電子書籍(e-book)の時代になって、アマゾンなどオンライン店舗がほとんど情報を出さないため、益々全貌はつかみにくくなっている。最近、この暗闇に光を当てつつあるオーサーアーニングズのデータ・ガイ氏は次にように言っている。
「出版業界の統計は把握するのが困難だ。書店、出版社、エージェント、著者からの広範なデータ共有がないため、私たちは皆、目が見えないまま、同じ象だがばらばらになっているような巨体の異なる部分を、個々バラバラに言い表している感じだ。」(Author Earnings, “February 2016 Author Earnings Report: Amazon’s Ebook, Print, and Audio Sales“)
米出版業界の統計として下記のようなものがある。いずれも、出版界全体を網羅せず、不完全さを免れない。しかし、これを細かく分析していくことで、米電子出版の現状に少しでも迫る以外ない。
1、書籍売上に占める電子書籍の割合 アメリカ出版社協会(AAP)集計
単位:100万ドル
資料:
林智彦「日本は電子書籍の「後進国」なのか?–米国との差を「刊行点数」から推定」 CNET Japan、2015年05月18日、
Association of American Publishers and the Book Industry Study Group, BookStats Volume 4: The Annual Statistical Survey of Publishing’s Size and Scope, 2013
“Trade Publishing Increases Nearly 7%, Ebooks Grow Nearly 45%, According to BookStats Industry Survey for 2012,” BookBusiness, May 15, 2013
Jim Milliot, “The Verdict on 2014: Sales up 4.6%,” Publishers Weekly, Jun 12, 2015
Association of American Publishers, “U.S. Publishing Industry’s Annual Survey Reveals Nearly $28 Billion in Revenue in 2015,” July 11, 2016
Drew D. Johnson, et al. “NAICS 511130: Book Publishers,” Encyclopedia of American Industries, 7th ed., vol. 2: Agriculture, Mining, Construction, Wholesale, & Retail Industries, Gale, 2018, pp. 2013-2017
AAPは、「ビッグ・ファイブ」と呼ばれる大手出版5社(HarperCollins, Penguin Random House, Simon & Schuster, Hachette, Macmillan)を初め米国の伝統的大手出版約1200社で構成する業界団体。そのメンバー企業からの報告を元にした集計で、少なくとも印刷書籍市場のデータとしては最も包括的。2011年からAAPと書籍産業研究グループ(BISG)が共同プロジェクトBookStatsとして集計を行っていたが、2014年にBISGが離脱。以後はAAP単独で月ごとの統計Statshotを出している。
ただし、電子書籍の統計としては不完全で、アマゾンKDP(Kindle Direct Publishing)などオンラインサイトで独自出版されるe-bookの売上は含まれない。Statshotはアマゾンe-book販売の29%を把握しているだけとの調査(2016年1月)もある。
また、2011年までは25社程度の集計をベースにしており、整合的な経年比較ができるのは2012年以降のみとされる(Michael Caderによる指摘。Ellen Harvey, “Book Industry Data Remains Mysterious at Digital Book World,” BookBusiness, March 9, 2016)
不完全さを免れないが、米国の出版統計としては最もよく参照される。これによると、e-book販売は2011年までは急拡大したが、その後、横ばいとなり、2015年に下降に転じた。これで「電子出版ブームは終わった」の合唱がメディアで盛んになったが、実際は伝統的大手出版社の同分野での退潮を示す数字だった。実際、2015年に、電子書籍市場の7割を占めるアマゾンから、e-book販売が伸びているとのコメントが出ていたし、2016年にもアマゾンのe-book販売が4%伸びたとの推計がなされている。
(なお、以下の統計も含めてこれらの統計の元データは有料メンバー会員にのみ配布されるもので、本稿では当該機関のプレスリリースやメディア報道などで確認できた数字のみを紹介している。他に、調査会社が独自の集計・推計で出した会員向け有料情報もあり、それを公共図書館などで確認できる場合もあるが、「一般に公開されたウェブサイト」への転載を禁じるなどの制限があるので紹介しない。)
2、一般書(Trade Book)売上に占める電子書籍の割合 AAP集計
単位:100万ドル
資料:Association of American Publishers, “AAP StatShot: Book Publisher Trade Sales Flat for 2016,” June 15,2017
同じく、アメリカ出版社協会(AAP)加盟約1200社の報告を基礎にした集計。こちらは、書籍のうち一般書(Trade Book)に限った数字。書籍の種類については、いろいろ分類の仕方があるが、Trade Bookは、我々が普通に考える一般消費者向けの書籍のこと。小説からハウツー書、硬派の社会科学書までほとんどの本が含まれる。これをさらにハードカバー、ペーパーバック、音声ブック、電子書籍などに分類できる。全体の書籍売上の半分程度は一般書と考えられる。一般書でないものとしては、大学・学校の教科書、専門分野資料書籍(例えばエンジニアが使う技術仕様書や弁護士事務所にある法令資料)などがあり、販売冊数は多くないものの、単価が高いので売上的に無視できない。
一般書は他に比べてe-book化される割合が高い。その中でも文学小説、推理・スリラー小説、恋愛小説、SF小説などのジャンルのe-bookの売上が上位を占める。この統計でも(つまり伝統的大手出版社に限った場合ということだが)、e-book売上は2015年から下降している。対照的に印刷書籍のハードカバー、ペーパーバックが復権している。また、アメリカではドライブ中に本を「聴く」需要があるため、オーディオブックの売上も伸びている。
3、印刷書籍とe-bookの出版冊数 BookScan、PubTrack Digital
単位:100万冊
資料:Jim Milliot, “With E-books Down, E-tailers Are Still Far From Out,” Publishers Weekly, April 28, 2017
前二者のAAPデータが出版社の卸しの売上だったのに対し、BookScanは小売書店での販売時点情報管理(POS)の売上データの集計。印刷書籍のみのデータ(左)となる。ここでは販売数(書籍冊数)を示している。週ごとに集計し、翌週には発表しており、即時性がある。
全米の書籍売上の85%をカバーするとされる。国際標準図書番号(ISBN)にして週平均70万件の印刷書籍が追跡され、約1400万点の売上が記録される(Nielsen, “Nielsen Bookscan Analysis Tools Give You Market Insight That Informs Your Business Decisions”)。市場調査の多国籍企業ニールセン(本社:英国)が2011年に事業を開始。2013年にボウカー社の電子書籍売上データ事業PubTrack Digital他を買収し、出版業界データを総合的に提供する体制を整えたが、2017年1月にこれらすべてを米市場調査大手NPDグループに売却している。現在の正式名称はNPD BookScan、NPD PubTrack Digital。
表右の電子書籍の統計はPubTrack Digitalによる。大手出版約30社の電子書籍売上をベースにしている。アマゾンなどオンラインサイト独自のe-book販売は含まれていない。実際のe-book市場の半分以下を把握するのみとの指摘がある(2015年)。PubTrack Digitalにしても前記AAPデータにしても電子書籍については、販売数の3分の1、売上額の半分をカバーするのみとも(2018年)。BookScanとPubTrack Digitalは同じ会社からのデータだが、母数も集計方法も異なるので、単純にe-bookシェアのパーセント化などはできない。また、BookScanもPubTrack DigitalもISBNによるデータ収集を基本にしているため、ISBNを使わない大量のインディーe-bookの分野をそもそもカバーできないとの批判もある。
4、e-bookを読む人の割合 Pew Research Center調査
【e-bookを読む人の割合 階層別】
資料:Andrew Perrin, “Nearly one-in-five Americans now listen to audiobooks,” FactTank, March 8, 2018
これは、出版業界の統計ではなく、読書をしている一般の人々(18才以上)の傾向についてのアンケート調査だ。上表によると、依然として印刷書籍を読む人が多く(全体の3分の2)、e-bookを読む人はここ4年、26~28%で横ばい。オーディオブックを読む人が2年前から14%から18%へと「統計的に有意な増加」を示した。
e-bookとオーディオブックを合わせて「デジタルブック」とし、これを読む(聴く)だけの人が全体の7%だった。印刷書籍だけを読む人が39%、両方を読む人が29%、何も読まない人が24%だった。
下表は、電子書籍を読む人の割合を階層別で見た集計。若年層で多く(34%)、高齢層で少ない。学歴は高い方が多い(大卒以上で42%)。年収が高い方が多く、農村部より都市部住民の方が多い。
5、オンライン書籍販売統計 2017年4~12月 オーサーアーニングズ集計
資料:Author Earnings, “January 2018 Report: US online book sales, Q2-Q4 2017“
オンライン書籍販売市場の調査機関として最近評価を高めているオーサーアーニングズ(Author Earnings)が今年1月に発表した最新調査。売上情報が出ないアマゾンなどオンライン書籍販売サイトにスパイダー(クローラー)を這わせてデータ収集する手法で切り込んだ。「ベストセラーリスト」「この本を買った人はこんな本も買っています」情報などから販売数、販売額、著者収入額などを集計する(手法の詳細はここ)。
2014年から、アマゾンを中心に4半期ごとの単日調査を蓄積してきたが、2017年4月からはシステム増強で「米国内オンライン販売の90%以上」を24時間継続的に把握する体制に移行した。データ部門を率いるのはゲーム業界出身のデータ・ガイ氏。その必要はないと思うのだが、なぜかペンネーム。素顔はすでに電子出版の国際会議Digital Book World 2016でお披露目済みだ。出版社売上報告やPOSデータ利用の市場調査しかない出版業界に、ゲーム業界の斬新な調査手法と文化で殴り込みをかけ、既存統計をことごとく論駁してきた。e-book時代には、統計収集についても、e-bookに相応しい手法と、それを駆使する人材プールが必要になったことを示した。
この集計によると、e-bookは、2017年4~12月のオンライン書籍販売の中で、販売数にして55%、販売額にして27%を占めた。電子書籍は単価が安いので販売額は少なめとなる。それに対し、より高価格の印刷書籍は、オンライン販売数39%に対して、販売額は63%だった。
e-book販売の半数がインディー出版者、大手出版社は4割
オーサーアーニングズはさらに細かくデータを出しているので、中身を見ていこう。彼らの関心の中心は、この電子書籍はだれが出しているのか、インディー出版者(個人の自己出版著者)がどれくらいいるのかということ。何十万もの著者・出版者を個別に調べる気の遠くなる作業を行い、出版者を20グループに分類した。インディー著者を逐一確認するのはもちろん、販売額にして全体の10%以下の約20万中小出版社についても売上3万ドル以上のものは個別に調べ分類したという(上記January 2018 Report)。
20分類の詳細は彼らの報告を直接参照してもらうとして、私なりに概略まとめると、ビッグ・ファイブを中心に学術出版社を含めた伝統的大手出版社が販売数で40%、販売額で60%。中小出版社が販売数・販売額ともに11%。個人のインディー出版者が販売数で49%、販売額で29%だった。インディー出版者には、大当たりした人気作家もいれば、ほとんど売れない自己出版ライター、法人の形態をとった個人ライター、協同組合に組織化したライター集団などいろいろな形がある。
小説の8割はe-book
分野によってもe-book販売状況は異なる。大人向け小説の分野でe-book販売が多く、販売数で8割、販売額で6割を占めた。その中でも特に恋愛小説は販売数の9割がe-bookだった。逆に詩集は85%の人が印刷書籍を購入している。販売額を月ごとに追っていくと、e-bookの購入は毎月1億5000万冊程度で一定だが、印刷書籍の購入は8~9月(新学年用の教科書購入)、12月(プレゼント用)にピークが現れる。
全米の印刷書籍販売の45.5%はアマゾン経由
米国では、印刷書籍の半分がオンラインでの販売になっている。オーサーアーニングズでは書籍販売調査会社BookScanのデータも参照して、アマゾンのオンライン販売だけで全米の印刷書籍販売の45.5%を占めることを明らかにした。2015年37.7%、2016年41.7%から一貫して増え続けている。
インディー出版は増えているか
彼らの主要関心であるインディー出版者は増えているか。本格的調査体制が稼働してまだ3四半期なので経時的な動向分析は今後の課題としているが、この9か月だけでもある程度の傾向はつかめる。中小を含めた伝統的出版社全体がこの9か月で販売額を1.1%伸ばしたのに対し、インディー出版者は2.1%伸ばした。依然としてインディー出版者の成長は続いているという。
実は、2016年10月のe-book販売調査で、インディー出版の販売額シェアが初めて前四半期比で下降に転じ、約5%下がったことがあった。その代わり、伝統的中小出版社の販売額が同程度上がった。インディー出版の興隆は終わりか、2017年はさらに下落するのか、との不安が出た。しかし、当時、オーサーアーニングズでは、ビッグ・ファイブ以外の出版社をすべて「中小出版社」とする大雑把なくくりをしていた。今回それをさらに細分化し全20グループに分類したわけだが、それで真相が判明した。学術出版社が大きな伸びをしていたのである。教科書の古本がオンラインサイトに広く出回り収益減に陥っていた学術出版社は、2016年後半に教科書の電子出版(eTextbook)を拡大した。価格は印刷本より安めにしたが、教科書はもともと高価格だ。これが彼らのe-book販売額シェアを大きく高めた。2017年4~12月でも、「大手学術出版社」の販売数シェアは1%なのに、販売額シェアは5.5%に達している。これとアマゾン独自出版部門の販売額増大とも相まって、インディー出版者の販売額シェアは見かけ上、下落していたのだ。しかし、それも、2017年4~12月の詳細な数字を見ることで、継続して増加していることが確認された、ということだ。
e-bookが全書籍出版の4割、売上の17%
オーサーアーニングズが収集しているのは、あくまでオンライン書籍販売サイトでの印刷書籍、電子書籍の売上データだ。したがって、米国の全出版の何割が電子出版かなどにはあまり言及がない。しかし、印刷書籍の販売は、オンラインサイトが全体の半分を占めるということはわかっているのだから、単純計算で、一応の電子出版割合は出せる。アマゾンの数字を2倍にすれば全体の印刷書籍販売額になる。電子書籍のデータはすでに出ている(e-bookは実店舗書店での販売は基本的にないはず)。この算術問題を解くと、アメリカで出版される全書籍数の40%、全売上の17%がe-bookということになる。いずれもこれまで出されてきたパーセンテージを上回る。2010年当時の初期急拡大期は終わったものの、現在でも堅調な拡大が続いていることが推定される。今後、オーサーアーニングズのデータがより正確な統計を出してくれることに期待しよう。
日本の電子書籍は出版市場の14%、8割近くがコミック
最後に、参考までに日本の電子書籍統計を掲げておく。日本では、インプレス総合研究所が毎年度ごとの電子出版市場推計値(小売販売額)を出している。印刷出版市場については、全国出版協会の出版科学研究所が毎暦年ごと(月ごと)の推計値を出している。2014年度からはこちらも電子出版の市場規模推計値を出し始めた。全体の中の電子出版の割合が出せるという意味から、出版科学研究所の数字を紹介する。なお、両者の電子出版市場推計値に大きな差異はない。
【日本の電子出版市場 小売販売額 出版科学研究所推計】
(単位:億円)
資料:公益社団法人 全国出版協会(出版科学研究所)「INFORMATION 2017年の出版市場発表」2018年1月25日
電子出版市場は順調に拡大し、2017年には出版市場全体の14%近くを占めるようになった。しかし、内訳の77.2%がコミックであり、残る約2割も写真集などが多く、「字の」電子書籍は少ないようだ。何よりも、紙の出版市場自体が1996年以降、20年以上に渡り一貫して縮小しているという事実に恐怖を感じる。
E-Book2.0 Magazineというウェブサイトで鎌田博樹が2017年のインプレス調査報告書発売に際し「マンガ+写真集を除いた『電子書籍』の実力」という感想を述べている。活字が売れない原因に迫りたいが、手掛かりとなる電子市場分析レポートからは、(「安定拡大している」というのはわかるが)どうも「波や揺れが」読み取れないと注文をつけている。「日本の『電子書籍ビジネス』は、いまだによく足並みを揃えた出版社たちによって『管理』され、粛々と拡大しているということなのだろう。」との警句も発している。