大学図書館の開放 ―UCバークレー

今から25年前に出した拙著『インターネット市民革命』(1996年、御茶の水書房)から大学図書館の開放について書いた部分を紹介する。4半世紀を過ぎても、ここにある米国と日本の大学の状況は基本的に変わってないと思う。

同書は、こうした分野を含め、日本でインターネットがまだ一般化していない時期、急速に変わっていくシリコンバレー、サンフランシスコ都市圏の市民社会を報告した記録。もちろん情報は古くなっているが(WWW以前のインターネット世界ゴーファーをご存じか)、逆に当時を知る「歴史書」として意味が出てきたかも知れない。

カリフォルニア大学バークレー校のキャンパス。時計台の右手にあるのが大学図書館本館。撮影者の背後に学部学生用のモフィット図書館がある。2019年撮影。

君の大学にスケートボード少年はいるか

大学図書館の横で、少年がまたスケートボードをはじめた。前と同じだ。カリフォルニア大学バークレー校(以下、UCバークレー)の学部学生用図書館は、横がちょっとした坂になっていて、よく近所の子どもたちが、ガーガーとスケートボードをすべらせに来る。昔ここに勉強に来ていた頃、うるさいなあと思いながら、中で勉強する学生たちが文句を言わないのが不思議だった。しかし、日本の大学にスケートボードをする少年はいただろうか。

少年がここでスケートボードをするためには条件が二つそろわなければならならない。キャンパス内の道に階段がなく、スケートボードができるような、なだらかな坂になっていること。そして、キャンパスにだれでも入れ、近所の少年でも自由にやってこれること。

バークレーは身障者運動の盛んな街だ。なだらかな丘に沿って立地するキャンパスの中も、車いすの人が通れるように階段のない道になっている。これでまず、スケートボードに適した物理的環境が整う。

二番目の条件。これがここでのテーマだが、大学のまわりに塀がない。キャンパス全体があけっぴろげの公園のようなもので、だれでも自由に入れる。日本の大学にはたいてい高い塀がはりめぐらされ学外者はそう易々とは入れない。「世界一安全な国」の大学は意外に守りが固いのだ。UCバークレーは都市部にあり、最近は付近で強盗や殺人事件も頻発している。しかし、キャンパスは360度あけっぴろげだ。

自由に入れる大学図書館

「学生、大学職員に優先権あり。学外者は順番をゆずって下さい。」
大学図書館のコピー機にこんな貼紙がはられるようになった。私のような「学外者」にはいやーな感じがさせられる。州予算カットの影響がこの州立大学にも現れてきた。UCバークレー図書館は学科別など20以上の分館にわかれているが、特に工学系と経営学系の図書館にこの種の貼紙が多いようだ。

何という閉鎖的な大学図書館! 日本の大学図書館にはこんな注意書きはないぞ、と思うのはもちろん早くて、これは大学図書館が開放されている証拠だ。日本の大学図書館は、もともと「学外者」が入ることなど予定していないから、こんな貼紙もない。アメリカの大学はキャンパスに入るのも自由なら、図書館に入るのも自由。だれでもノーチェックでキャンパス内に、図書館内に入って行き、書庫に並ぶ本を手にとって読める。閉架になっている場合でも、運転免許証やパスポートを提示して館内閲覧ができる。館内のデータベースも自由に使える。UCバークレーの場合、年100ドルで学外者にも館外貸し出しカードが発行される。

バークレー・キャンパスの蔵書数は書籍700万冊、定期刊行物10万件と日本の国会図書館以上の規模。日本語の本だけでも20万冊と、都立日比谷図書館を上まわる。その多くが開架なので、え、こんな雑誌あったの、と日本では見たこともなかったような日本の学術誌などを発見したりする。この膨大な情報がすべて一般市民に開放される。

利用者の三分の一が学外者

「カリフォルニア大学の図書館は、世界的に有名だ。この図書館が近くにあるということで、バークレーに引っ越して来る人も多い。フリーのライター、ジャーナリスト、作家、詩人などあらゆる人が来る。」

UCバークレー図書館の入館ポリシー担当者、デービット・ファレル副館長が言う。1991年、この大学図書館が「学内者優先」の原則を発足させた時、地域住民から多くの反対があった。住民との話し合いが持たれ、地域のジャーナリスト、ライター、教師など広い層の人びとがこの大学の方針を批判した。折衝の矢面に立ったファレルさんは、大学図書館がいかに地域の人びとに広く利用されているかを理解させられた。

日本で、例えば、東大図書館が近いから本郷に住むという人が居るだろうか。学内者を優先するかどうかの議論以前に、そもそも日本の大学図書館は一般人が自由に入れるのか。文部省の統計によれば日本の国立大学図書館の98パーセントが一般公開しているというが、この「公開」とは研究機関や教授からの紹介があれば入れるということのようで、だれもがフリーパスのここで言う公開とは異なっている。

なぜ、こんなに開放しているのか。それを聞きに行ったのに、ファレル副館長は、一生懸命、閉鎖的にならざるを得ない事情を説明する。カリフォルニア大学は公立(州立)だが、実際には州の金は予算の40パーセントしか入っていない。しかも予算削減で、過去4年間に図書館スタッフの20パーセント(約100人)を削減しなければならなかった。図書館分館も統廃合しなければならなくなっている。バークレー校は都市化の進んだ地域にあるので完全公開は難しい。などなど。

1991年に採用された「学内者優先」原則というのは、20以上ある学内分館の内、初心者用の学部学生用図書館を学外者不可にしたのと、本館内の書庫への立ち入りを学外者には制限したことだ。UCバークレー図書館に来る人は別に初心者用図書館を利用しにくるのではないから、学部学生用図書館の学外者不可がさほどの影響をもたらすとは思われない。本館書庫も、身分証明書を見せて「1日パス」をつくれば学外者でも中に入れるので実害はない。また、コピー機やマイクロフィルム読み取り機などの所に「学内者優先」の貼紙が出るようになったが、これもあくまで「優先」であって決して「使わせない」ということではない。むしろ大学図書館内で、このように学内者と学外者が激しく競合するという事態の方に、カルチャーショックを感じる。

どれくらいの学外者がUC図書館を利用しているのだろうか。入館がノーチェックなので統計の取りようがない。しかし、学外者不可にした学部学生用図書館で、入館者数が三分の一減少したという(入館者総数は入口の「自動改札」(?)ゲートでカウントされている)。したがって、「大学図書館利用者の三分の一が学外者と推定される」とファラル副館長は言う。

学内データベースの開放

印刷物レベルの大学図書館開放は、そのまま電子メディア・レベルの開放につながる。大学図書館には大量のデータベース端末、CD―ROM端末機が置かれており、図書館が開放されていれば当然これも自由に使える。

UC9キャンパスをつなぐ図書館ネット、メルビル(Melvyl)には100近いメニューがある。私は家から最も近いサンフランシスコ校(UCSF、医学部)図書館によく行くが、ここで例えば医学雑誌の記事データベース・メドライン(Medline)をのぞいてみよう。全世界4000の医学雑誌の過去10年程度の記事情報が要約付きで入っている。日本の雑誌もローマ字情報で入っている。

「心房」「中隔欠損」とキーワードを入れると、心臓障害の関連記事リストがぞろぞろ出る。友人の息子が心臓に穴が空いており、医者にかかっているのだ。おお、手術せずに血管カテーテルで直す方法がうまくいってると……、うむ、ヨーロッパでも成功例が……。その場で要約をプリントアウトして、さっそく図書館内で記事を探す。蔵書のほとんどは開架で、本や雑誌が自由に手にとって見られる。すぐ見つけ、自分で記事をコピーしてまずは一件落着。

これは一つの例だ。メルビルにはその他、米主要7紙の新聞記事検索用のNEWS、1500の一般雑誌記事のMAGS、4000の自然科学雑誌記事のINSPEC、200のコンピュータ雑誌記事のCOMP、6500学術誌のCurrent Contents、1500の心理学雑誌のPsycINFO、1000のビジネス雑誌、ニュースレターのABI、議会情報関係のCongressional Quarterlyなど多くのデータベースが入っている。一部、記事の全文情報がとれる場合がある。インターネットを通じて、米航空宇宙局(NASA)や米議会図書館のデータベースなど、外部のコンピュータにもつなげる。

プリントアウトもできれば、持って行ったディスクに情報を保存できる端末もある。私がよく使うのは、検索した情報を、自分のインターネット・アドレスに送るという機能だ。例えばあなたがニフティーサーブに入っているとすれば、そのアドレス宛に検索結果を送るよう指定する。家に返ってから自分の電子メール箱をみるとそこに、メールの形で検索結果情報が届いている。

自宅からのアクセス

大学ネットには一般市民が自宅からもアクセスできる。メルビルの中で、さすがに雑誌記事情報などデータベース会社が提供する商業ベースは使えないが、それ以外の情報、9キャンパス数千万冊の蔵書データベースを初めインターネット上のネットワークはすべて利用できる。言葉を代えると、商業プロバイダーに入っていなくとも、この辺の市民はだれでも自宅からインターネット(ゴーファー)に無料でアクセスできるということだ。大学ネットが市民へのインターネット接続の窓口になっている。

断っておくが私は大学のネットワークを「ハック」しているのではない。例えばカリフォルニア大サンフランシスコ校の図書館に行けば、入口に近いところに「リモート・アクセス情報」というパンフレットがおいてあり、その中には、学生、教職員用とともに「一般公衆」用の大学ネット・アクセス法が紹介されている。私もこれに従ってアクセスしているだけだ。

おもしろい経験があった。メルビルにアクセスするようになってすぐの頃、試しに前に書いた私の本がデータベースに入っているかどうかローマ字で書名を入力してみた。20万冊も日本語の本があれば、私の本があってもいい……。ドキドキしながら検索したら、ちゃんと出てきた(『多民族社会の到来』と『日系アメリカ人:強制収容から戦後補償へ』の二冊)。たわいない話で申し訳ないが、感動した。日本でこんな経験はなかった。確かに国会図書館に行けば蔵書データベースはあるが、自宅からオンラインで、しかも一般市民が無料で検索できる書籍データベースなどなかった。自分の本とのデータベースでの初対面が、なぜアメリカくんだりに来て、しかもローマ字での対面でなければならなかったのか。

強硬突破

UCバークレー図書館の新聞閲覧室で、あれはまだ、学外者にはマイクロフィルム読み機の利用30分以内という制限がついていた頃のことだ。学生は何時間でも使えるが、学外者は30分たったら引き揚げなければならない。必要な部分はコピーすればいいのでそんなに長時間使うことはなかったが、ある時、初老の男が強硬に居座ってこの規則を無視したのを目撃した。室内は満員。係の図書館員(学生アルバイト)が「30分たったので、代わって頂けませんか」とその男に言いに行った。しかし、男はがんとして動かない。いろいろ押し問答で「私は、毎年タックス(税金)を……」というようなこと言っているのが聞こえた。抵抗したというのではない。がんとして係員を無視し、読み機の画面を見続けた。その毅然とした態度に、とうとう係員もあきらめて引き下がった。

毎年、税金収めの季節になると、この男のことを思い出す。アメリカではサラリーマンも含めてみんな自己申告で納税手続きをする。貧しい者からこんなに取りおって、とその時くやしい思いをして、次第にあの決起した男の心情がわかってくる。

大学図書館を使っていても、私などはどうしても「使わせていただいている」という意識が残る。が、本当は、税金でもつくられているこの施設を、使わせないというなら、強硬突破してでも使うべきなのだ。そのことをあの初老の男が教えてくれた。

市民セクターと在野の研究者

大学図書館の開放は、非営利団体の調査能力を高め、市民レベルのシンクタンクの成立を可能にする。バークレーにはこのようなシンクタンク型市民団体が多いが、ひとつにはこの大学図書館の存在が背景にある。また、大学図書館は政府情報を提供し、市民の知る権利を保証する。例えばバークレー校の分館では、政府ドキュメント図書館と法学部図書館が「デポジトリー図書館」(DL)に指定されている。日本ではあまり知られないが、DLは情報公開法と並ぶ重要な政府情報提供の制度だ。全米1400の各種図書館がDLに指定され、政府の資金援助で政府刊行物が系統的に所蔵されている。DLは法律で一般公開が義務づけられている。大学図書館などで一般公開していないところでも、DLに指定されれば必ず一般公開しなければならない。バークレーのDL図書館は、本館の中心部分、宮殿のような装飾が施されている立派な部屋に設置されている。

さらに大学図書館の開放は、フリーのライター、ジャーナリスト、在野の研究者の活動を保証する。ある時、日本で企業の研究機関に勤める友人にこの大学のデータベース・システムを見せたことがあったが、全然感動されなかった。彼によれば、企業は本格的なデータベースに加入しており、彼自身が検索する必要もなく、係の人に頼んでおけば何でも必要な記事が取り出してもらえるのだそうだ。大学図書館の開放は、組織の後ろだてがない研究、ジャーナリズム活動にとってこそ意味があるということをこの時知った。

フリーライターなど、ろくでもないことを書いて……との批判もあろう。すみませんと頭を垂れる他ないが、こうした主流からはずれた議論や視点を生む土壌を支援する制度をつくっておくことは、今後の多様で活力ある社会のためにも必要なことだ(と思うが、いかがなものだろう)。

(拙著『インターネット市民革命』9章の1「大学図書館の開放 ―UCバークレー」より)