緑への感動

深く鮮やかな緑を見たとき、私たちの身体の中に起こるこの衝撃は何なのか。感動…というにはあまりに強い、体の中にじーんと走る化学反応にも似た衝動。

太陽系3番惑星の、新生代沖積世の植物、生命が織りなす光景が、私たちの心に刻み込まれる。この感動をだれに報告すればいいのか。宇宙のわずかな瞬きの間に生を受け滅びていく者たち。「帰ったら」、言葉に表すことさえ難しいこの体験をだれに報告するのか。地球が、遥かな地質時代の一時期に展開させたこの情景は、あまりに美しかった。

ビートルズのBecauseという曲を知っているか。世界が丸いから、風が吹き渡るから、空が青いから、と「ビコーズ」を繰り返しながら、だから何だって言うんだよ、と思う間もなく、アー、アーを繰り返すだけで終わってしまう。そんな感じだ。

マンハッタンの高層ビル街に住むのもいいが、身近な公園で毎日この緑を堪能できるのはなお素晴らしい。カネで買えない至上の豊かさ。

老年になるにつれ、少年・青年の時にも増して周囲の自然に感動するようになったと思う。若い頃は、自分自身がこの勢いある自然の一部だからだろう、これを外からじっくり鑑賞、感動することがさほどなかった。世界を離れる日が近づくにつれ、いとおしい周囲のすべてが感動に満ち溢れてくる。

これを写真に撮って表そうなどという考えが浅はかかも知れない。しかもこの安いデジカメで。かつて画家たちは時間をかけ、感動を丹念にキャンバスに描いていたのだ。

街路樹も力強い緑。

アパート街に面する公園。

サッカーコート。
バスケ・コート。

壁打ちテニスのコートの緑。工事の車が入るようになった。
芝生も緑。
緑の合間にマンハッタン。   

樹木のかなたに自由の女神像も。
花々も。
リスも。
鳥も。 

 

摘んじゃダメ、の表示。アジア系のユリなどと違ってチューリップの球根は食べられない、毒性がある、などと注意書き。

 

公園のそばにヒスパニック街が続く。