鉄道で行くアルマトイからビシュケク

だれが10倍高い鉄道で行くのか

再びアルマトイからビシュケク(キルギス首都)に行くことになった。鉄道とバス、両方の行き方があるが、前述の通り、鉄道は15時間かかって5000円。バスは6時間で800円。鉄道は8~9日に1便しかないが、バスなら1日5便ある。さらに鉄道は夜の10時半という遅い時間に着く。これだけの差があって、だれが鉄道に乗るか、と思うでしょ。そう、実際ほとんど乗らない。がらがらだ。

ところがこの鉄道に私たちは乗ることになってしまった。くやしいことありゃしないが、かくなる上は、このあり得ない旅行方法がどんなものだったかブログのネタにする他ない、と覚悟を決めた。

帰国便か第三国出国便の予約が求められる

何も好き好んでこんな鉄道に乗ったわけではない。本当は乗るはずでなかった。始まりは、カミさんが私と合流するためアルマトイにやってくる手続き上の問題。今日の航空界では、国際便に乗客を乗せるせる際、帰りの航空券をもっているかどうか確認することが多い。必ずしも相手国入管がそれを条件にするわけではない。普通はまず聞きもしない。しかし万が一入国拒否になった場合、航空会社が自社負担でその乗客を帰国させなければならなくなることを未然に防ぐいわば自己防衛のためそれを確認していると思われる。

実に困ったことだ。これで「フラッと出てから考える」という自由な旅ができなくなる。帰りの日と飛行便が決まっているような旅などだれがしたいと思うか。そんな旅ばかりになってしまうつまらない世界をこの航空業界慣行は作りだしている。加えればそれともう一つ、キャンセル保証料で儲ける航空会社・予約サイト商売を育成している。帰りの便を決めたくないから、見せ切符として一応切符を買って、後でキャンセルする、という作戦を多くの旅行者が取ることになる。そのキャンセルが確実にできるための追加保証料金で航空会社や予約サイトは儲ける。(さらに最近では、見せ金ならぬ「見せ便」航空券を売るビジネスもある。例えばdummyflightsサイト。別にニセの航空券を売るのでなく、予約だけで全額支払いにまでは至らなくていい予約情報販売という形で違法ではないらしい、各国大使館の多くも予約段階の券が確認できれば事足れりとしているという)。

必ずしも帰国航空券でなくてもよい。第三国に出国する何らかの切符があれば、当該航空会社としても認める。そこで私たちは鉄道でカザフスタン(アルマトイ)からキルギス(ビシュケク)に出国するという体裁を整えた。バスは予約ができない。航空券は高い。鉄道は予約できる最も安い交通手段だった。それでもバスより大幅に高いアルマトイ・ビシュケク鉄道料金に、さらにキャンセル保証料その他を払って一人8000円を投じた。

その予約書を見せて、カミさんは無事飛行機に乗れ、アルマトイに来た。さて、さっそくこの(バスの)10倍高い鉄道切符をキャンセルしようとしたらできない。tickets.kzというカザフスタンの予約サイトで買ったのだが、インストラクション通り操作してもキャンセルのボタンが反応しない。いやそのボタンそのものが出てこない。サポートと英語でオンラインチャットできるようになっているので、試したが、これも反応がない。「問い合わせが多く時間がかかっています。しばらくお待ちください」が1時間ほど続き、やがて切れる。これが何度も続く。怒り心頭。わざわざキャンセル保証料まで上乗せした鉄道切符がキャンセルできないとは。

アルマトイに本社があるらしいこの予約サイトに怒鳴り込むか。それとも鉄道会社(カザフ国鉄)の駅窓口でたたかうか。徹底的にやれば何とかできるだろう(ならないようでは困る)。しかし貴重な旅の時間をそんなことで無駄にするのは実に惜しい。1日奮闘するだけで宿代・食費いくらかかるか。やむを得ない。8000円をあきらめ、そのまま鉄道便に乗ることにした。せめてブログのネタにでもしよう。

*実際そうなんですよ、途上国の旅と言うのは。いろんな不具合、いいかげんさがたくさんある。それにいちいち怒って徹底抗戦していては切りがない。ときには諦念の気構えをもってやりぬけることも必要だ、と後で落ち着いてから考えることができた。

旧車両の国際列車

8月4日、午前6時42分 アルマトイ第1駅発のビシュケク行き列車に乗り込んだ。8~9日に一本の高額(バスの7倍)の国際列車だ。もしかしたら豪華列車か、と期待……しないかったが、やはり旧式車両だった。エアコンなしトイレ線路垂れ流し方式。電源もとれなないのでネット/スマホはほとんど使えない。

ビシュケクには22時31分に着く予定の15時間の旅(1時間時差があるので)。幸い列車はまず西に向かう中、右側(北向き)に車室があったので日が差し込まず、暑さが軽減された。シューを過ぎたルゴヴォイのルゴヴァヤ駅で、機関車をすげ替え、今度は逆走して東方向のキルギスに向かう。つまりここでも車室は北向きになるので、さほど暑くはならない。さらにこの日は午後曇りとなり、エアコンなし車両でも酷暑は免れることができた。

列車の中に乗客はほとんど居なかった。途中で乗ってくる人もほとんどなかった。我々の車両の中に数人の客は居たが、それももしかしたら普段着の乗務員だったかも知れない。車内掃除などをしていた。もちろん私たちの4人用車室は初めから終わりまで私たち2人だけで、一等車両同様、空間を独占できた。ゆったり寝転んで車窓を眺める。つまり、なかなか快適な旅だった。時間のかかる旅だが、それなりのスピードは出していた。

なぜこんな列車が運行されるのか不思議だった。車両や乗員を配置移動させるためだけの便か。あるいは採算度外視の国際列車試行運転なのか。乗っている方としても不思議だが、乗せている方も不思議らしい。こんな列車によく乗って来るな、しかもあれは外国人だぜ、と乗務員たちも不思議がる。出入国管理担当の乗務員が興味津々になるのはいただけない。一応の乗客名簿を当局に提出するためだろう、私らの素性を根ほり葉ほり聞く。日本人なのに私がアメリカのパスポートを持っているのが不思議らしく、細かく聞いてきた。

列車に係官が入ってくる形の出入国審査

夕方にカザフ・キルギス国境を越えた。どんな旅行者にも慣れている出入国審査官にとっては不思議がることはなく、簡単に審査はパスした。しかし、ほぼ私たち2人しかいない車両に何人かの迷彩服係官が入ってきて、カメラ付き携帯審査機械で手続きされるのはプレッシャーがある。バス便での国境通過のように大勢が次々にオートメ的にスタンプを押されていく方が気楽だ。ある時には、突如大型犬が車室に入ってきてびっくりした。麻薬探査犬らしい。

カザフスタン側の出国手続き、キルギス側の入国手続き、乗客数が少ないので、それぞれ簡単に終わった。しかし、列車はそれぞれ30分以上停まっていた。

ビシュケクに夜着いて

予定より早く午後9時半頃、ビシュケク第2駅に着いた。と思ったが、実は時差が1時間あるので、ほぼ予定通り9時半頃だった。ビシュケク第2はいわば中央駅だ。ビシュケクの中心部に位置し、夜着いても宿など探すのに苦労はしない。駅やバスターミナルが郊外に追いやられていることが多い諸国事情の中で、この点は非常に優れている。

ところが、このビシュケク第2駅を、天下のグーグルマップ様が間違って表示していた。そこから離れた工場地帯の Alamedin駅をBishkek 2と表示している。グーグルマップの口コミ欄は「これはBishkek 2ではない」「間違いを指摘してもグーグルは訂正しようとしない」といった非難の書き込みがたくさん載っている。

なんだい、途上国のいいかげんさだけでなく、かのグーグル様もこんなにいいかげんなのか。オープンライセンスの理念の下で世界中のボランティアがつくるOpenStreetMapだって、中央駅(Bishkek 2)を正しく表示しているのに。

私も最初、グーグルマップに惑わされ間違った位置のBishkek 2駅周辺の宿を検索していた(工場地帯なので宿などほとんどない)。夜着くのにそんな間違った場所の宿を予約していたら大変なことになる。グーグルさん、それはかなりまずいぜ。

(グーグルマップの弱点)かなりお世話になっているグーグルマップだが、残念ながら中央アジア方面は弱い。交通機関の検索なども含めてYandex Mapの方がずっと優れている(東欧でもそうだった)。それにこの際もう1点言っておくと、アメリカで生まれたグーグルマップは、アメリカ特有の文化・社会に偏向した面がある。その代表は鉄道表示だ。日本の地図などでは、交通は鉄道が中心で、あの白と黒の太い線が全国に張り巡らされているのをすぐ見ることができる。しかし、グーグルマップの鉄道ルートは貧弱で、大縮尺では何も見えない。ずっと拡大していってはじめて、路地くらいの細線で出てくる。アメリカは自動車社会で、鉄道は脇に追いやられている。車が進む上で邪魔になるので、一応鉄道路線も表示していおくか、くらいの意識?で鉄道路線が(日本の私鉄路線型の線で)何とか出ている。鉄道を中心に企画したい人はこれにイライラさせられる。グーグルマップの支配に対抗する勢力は、この鉄道表示の面からオンラインマップ市場に切り込むとよいだろう。現状では、ボランティアが運営するOpenStreetMapなら「レイヤー」の「交通マップ」を表示させれば、鉄道が幹線道路並みにわかりやすく表示される。

宿の予約が入ってないトラブル

途中で駅の場所の誤りに気づいた私たちは、正しい場所の安宿を予約した。が、何と、そこに夜たどり着くと予約が入っていない、という驚くべき事態に遭遇した。そもそも宿が改修中らしく閉鎖している。どうしてこんなことになったかよくわからないが、諸状況から判断するに、私たちはAgodaで予約したが、宿側ではBooking.comからは物件を降ろしたものの、Agodaでは降ろすのを忘れていた、あたりが真相らしい。しかもマネジャーが休みに入ってAgodaの宿泊予約に気づかなかった。

そこからどういう混乱と悪戦苦闘がはじまったか、すでに書く気力はない。とにかく周辺住民を通じてオーナーを問いただし、何とか入れそうな部屋をあてがってもらった。シーツやタオルもオーナーの家から持ってきてもらった。寝るのが真夜中を過ぎたが、閉鎖中の広い宿を独り占めで泊まれた。

アルマトイ・ビシュケク間の国際列車は旧型車両だった。(シュー駅で)
廊下側。
2等は二段ベッドの4人部屋。列車はがらがらだったのでむろん私たちの車両も2人で占領できた。
車窓にはカザフの大草原がひろがっていた(進行方向右=北側)。反対側には最初はイリ・アラタウ山脈が見えていたが、やがて遠のき、同じような平原か丘陵に。
寝台に寝転んで移り変わる車窓の「絵」を見る。これまたいとおかし。
どこかの駅で停まった。
同上。
向きを変えキルギス領に入る頃、南側に徐々に西キリギス・アラタウ山脈が見えてきた。あの向こうにはキルギス領タラスやスーサミール盆地があるはずだ。しだいに夕暮れが迫ってきた。
午後10時半、ビシュケク2駅(中央駅)に着いた。