前稿で、一時的なカンナビス誘発精神症の後カンナビスを断てば、統合失調症など本格的な精神症にはなる人はゼロ、という研究結果に触れた。それに関して次のように書いた。
「これは、一度カンナビスで重篤な一時的精神障害を起こした人でも、その薬物を止めれば本格的な精神症には移行しないということであり、恒久的な精神障害の恐怖におののく患者本人、周辺の人々への朗報だ。が、そればかりでなく、カンナビスが精神病を起こす因果関係の証明になっているようにも思われる。」
カンナビスを止めた6人全員、再発なし
この研究結果を出したのは、インド精神衛生研究の最高峰と目される国立精神衛生神経科学研究所(NIMHANS、バンガロール)の研究者らの論文Shah, Dharav, et al. “Cannabis induced psychosis and subsequent psychiatric disorders.” Asian Journal of Psychiatry 30 (2017): 180-184だ。過去10年間(2002年1月~2011年10月)に同研究所精神科に入院したカンナビス誘発精神症(CIP)患者35人について最短1年(4人)、最長10年以上(6人)フォローアップ調査を行い(対面27人、電話8人)、カンナビスを止めた6人に精神症発症は見られず、続けた他の29人すべてに精神症発症があったことを示した。
当初、病院の診察データから200名のカンナビス誘発精神症患者を抽出し、その精神障害が初発であること、市内在住であること(フォローアップが容易)、過去に精神症関連既往症がないことなどいくつか条件を満たす57名を選び、住所不定(19人)、調査参加拒否(3人)を除く35名を最終的な調査対象者とした。米精神医学会のDSM-5の基準でいうと、22人がカンナビス誘発精神障害(CIPD)、13人がカンナビス誘発気分障害(CIMD)だった。全員男性で5人が妻帯者、48.6%が月間世帯収入1万ルピー以下の低所得層、65.7%は初等教育以下の教育歴しかなかった。最初のカンナビス誘発精神症発症は平均24歳(18歳~68歳)、カンナビス使用開始年齢は平均18歳(8歳~68歳)。家族に精神症症歴がある者が7人居た。
調査では、退院後にカンナビスを止めたのは6人のみで、他は何らかの形で使用継続した(例えば当初止めたが後に復活17人、乱用を続けたが最近改善させた者9人など)。使用継続した人すべてで症状再発があり、34%が後に(平均5.7年後に)本格的な精神症を発症した(家族に精神症があった7人を含む)。これは先行2研究(Niemi-Pynttari et al., 2013; Arendt et al.,2005)の45%程度という数字よりは低い。全体の54%が自殺や他に危害を及ぼす危険性が指摘されていた。ただし、全体の60%は改善方向にあり、22.9%は定職につくまでになっていた。
カンナビスを止めた6人(17.2%)はいずれもその後の再発はない。3人がCIPD、3人がCIMDの患者だった。6人のうち4人は完全な回復で、2人は再発はないものの人格変化は残った。論文は、これら6人について下記の通り「定性的な観察」も行っている。
「そのうち5名は、職業的機能においても顕著な改善を示した。1名は、カンナビスを使用していた頃は廃品をあさる生活だったが、現在は4年にわたり安定して仕事についている。別の1名は、入院前に8回職を代え、深刻な家庭内暴力(DV)問題も抱えていた。しかし現在では、1つの企業で8年間安定して勤務しており、妻からは「人が変わったように穏やかになり、一緒に生活しやすくなった」と評されている。また1名は、1年間の精神症を患い、そのほとんどの期間家出を繰り返していた。しかし、入院後カンナビス使用を中止したところ症状が完全に寛解し、以後後3年半、状態を維持している。4人目の患者も、かつて社会生活や職業生活で著しい機能不全を呈していたが、現在では4年間にわたり安定した職に就いている。これら4名は、退院直後または数ヶ月以内に服薬を中止し、症状の寛解状態を維持している。5人目の患者は、当初精神症の発症後、効率的に業務を遂行できる認知機能がなくなったと判断し、自ら退職したが、完全ではないものの、徐々に改善していると感じている。18ヶ月後に、高い責任が求められる長時間勤務の職に就き、以後6ヶ月、順調に仕事を行なっている。」(p.183)
もう一人については言及がないようだが、とにかく6人/35人の母数では少なすぎ、カンナビス・精神症の因果関係を論じるには不充分と思われる。しかし、カンナビスを止めることで、完全回復への道のりが開け得るという事例を示し、患者たちにとって大きな励ましになることは確かだろう。
服薬停止後37週で精神症発症リスクが平常化
一時的なカンナビス誘発精神症以後の回復経過については、その後いくつか重要な研究が続いている。例えば英キングス大学(ロンドン)などの研究者が行ったBond, Benjamin W., et al. “Cannabis Use Cessation and the Risk of Psychotic Disorders: A Case–Control Analysis from the First Episode Case–Control EU-GEI WP2 Study.” The Canadian Journal of Psychiatry 70.3 (2025): 182-193もその一つだ。(その一般向け解説がBond, 2025)
この2025年1月発表の研究は、「統合失調症の遺伝子的環境的要因究明に関する国際研究プロジェクト」(EU-GEI, European Network of National Networks studying Gene–Environment Interactions in Schizophrenia 、2010年5月~2015年4月の5年間実施、英蘭仏西独土などの研究機関が参加)のデータに基づき、最初の精神症発症の後カンナビスを止めれば、37週後には、一般人の精神症発症リスクと同レベルになることを突き止めた。
EU-GEI調査自体は、英蘭仏西独伯の17地域で行われたが、その中でカンナビス関連データがそろっている11地域875人のデータを分析した。精神症にかかわりない同地域1230人をコントロール集団とした。その結果、発症後1~4週止めていれば非使用者に対する精神症発症リスクのオッズ比は6.89、5~12週で2.70、13~36週で1.53、37~96週で1.01、97~180週で0.73となり、カンナビスを止めて37週以上たてば、非使用者の発症リスクと大差なくなることがわかった。結論部分で、「この研究は、カンナビス使用による精神症リスクはその使用停止に伴い、とりわけ37週以後において減少することを示した最初の研究である」と書いている(Bond et al., 2025, p.191)。
37週かかるというのは長いように見えるが、タバコやアルコールの悪影響が相当長期間消えないことに比べると、まだ救いだと指摘する。つまり、「喫煙に伴う肺がんリスクは、禁煙後、年々減っていくが、決して完全に消えることはない。アルコールに伴う咽頭がんリスクが好転するには約39年かかるとの研究がある。ただし、タバコに関し、血管不全とその病気に関するバイオマーカーとリスクの正常化は、禁煙後すぐはじまる。」(Bond et al., 2025, p.189)
見逃されている研究課題
ボンドらは、タバコなど他の薬物との比較で、カンナビスに関するこの種の研究が少ないことに疑問を呈している。
「カンナビス使用と健康障害の関連は過去15年間、学界やメディアで大きな注目を浴び、多くの研究結果が、統合失調症など深刻な疾患を含む精神障害のリスク増大を示した。にもかかわらず、カンナビス使用に伴うリスクが、使用停止後変わるかのかどうかの研究がこれまでなかった。これは他の一般的な薬物、特にタバコなどと異なっている。禁煙でリスクがどう減じるかについて多くの研究がなされ、2020年公衆衛生長官禁煙報告書の一章がまるまる「禁煙の健康利益」に当てられるまでになっていたのだ。」(Bond, 2025)
魔女と別れる苦しみ(離脱症状の激しさ)
ただし、ここでわかるのはカンナビスを止める時の離脱症状も厳しいということだ。先行研究でも、使用期間中の急性中毒症状よりも激しい、あるいは使用期間中は急性症状がなかったにもかかわらず、止める時に激しい離脱症状があるとの報告も出ていた(Cohen, 2024)。本論文の主要著者Ben Bondも次のように書いている。
「カンナビス使用停止後の精神症リスク低下は、直線的に進むものではないようだ。1~4週間止めている元使用者は、カンナビスを使用したことのない人に比べて7倍の精神症発症リスクをもつ。実に、5~12週間止めている人にもこの傾向は続く。これは、現行カンナビス使用者のリスク上昇1.6倍よりも高い。これは、カンナビス離脱症状時(4週間以上続くこともある)に最初の精神症が引き起こされるという最近出ている多くの研究を支持するものである。」(Bond, 2025)
不謹慎な言い方だが、魔女と親しくした人が、別れる際に激烈な報復を受けるような話で、恐ろしいことだ。こうした激しい離脱症状は「典型的にはカンナビスのヘビーユーザーが突然使用停止した際に起こり、その半数で症状は深刻なものになる」という(Bond et al., p.190)。
ヘビーなカンナビス使用者は精神症リスクが高止まり
使用停止後の精神症リスク低下が直線的に進むものではないことを示すもう一つの観点は、カンナビス利用のフリーカンシー(期間・頻度)とポテンシー(カンナビス効力の強さ)の問題だ。精神症リスクは、使用停止後1~4週から97週~180週まで徐々に低下するが、181週以降に、コントロールに比してわずかな上昇(オッズ比1.18)が見られる。これは使用期間中のフリーカンシーとポテンシーで数値を調整した際に大きく出るので、「カンナビス使用の高フリーカンシーと強ポテンシーにより、精神症リスクが未使用者に比し長期に渡って高く維持されることがうかがわれる」とする。「そしてこれは、いくつかの先行研究が示す通り、カンナビス使用のフリーカンシーとポテンシーを考慮することが臨床的にも非常に重要になることを明らかにしている。」と指摘する(p.189)。
また、ヘビーユーザーは使用停止とCB1受容体発現の時間差により、精神症が遅れて出ることも知られている(Kesner, 2021)とも指摘。「これは、使用停止後1~12週で精神症リスクのオッズ比が高くでることと部分的には関連するだろう。睡眠を乱し、不安を増大させる離脱症状が、精神症発症を促す可能性がある。離脱症状とそれが精神症を起こす可能性についてさらなる研究が必要だ。」としている(p.190)。
使用停止で精神症を防げることの認識
そして結論は次のようになる。
「本研究の知見は、精神障害発症前にカンナビス使用を中止することの重要性を理解する重要な一歩だ。特に近年世界的にカンナビス規制緩和が進み、その使用と使用障害(CUD)の割合が増加していると見られる現状の中で、この分野の研究は、公衆衛生政策、臨床ケア、個人の意思決定への重要な情報となる。諸個人は、カンナビス使用が精神症リスクを高めることだけでなく、使用停止でそのリスクを低減できる点についても知る必要があり、その使用停止に際してカンナビス離脱症状が精神症を誘発しないよう慎重な対応も求められる。」(p.191)
