イタリア南部東岸バーリに到着

恐縮だが、宿探し話

また宿探しの話で恐縮だが、旅で最もストレスが高まるのは、新しい街に着いて宿にたどリ着くまでの時間だ。すぐ見つかればいいが、場所がわからず、荷物を抱えて右往左往する。

予約はしている。ネットで個室の一番安いところを躊躇なく選択する。すると、だいたい個人が提供する民泊のような所になる。おそらくAirbnbでも出しているのだろう。個人所有のアパートなので、ホテル名も表示されていない。受付などもないことが多い。

この日着いたイタリア南部東岸バーリのホテル(20ユーロ40セント)もそういう所だった。サイトの地図表示からだいたいの場所はわかった。しかし、住所222 primo pianoの通り名らしきものは見当たらない。どこでも、住所の仕組みが複雑な上、道路の住所表示も徹底していない。幸い前日にオーナーから「正確な場所は160 PiccinniのCafe Noirだ」というメールが来ていた。Piccinni通りの156番に確かに Cafe noirという茶店があった。

その隣の隣の160 Piccinniに何やらアパートらしきものもある。しかし玄関呼び鈴リストにホテル名B&B M&C Via Piccinniはない。そのブロックをぐるっと回っても、それらしきものは見当たらない。そのうち160 Piccinniのアパートの表ドアが半開きになったのに気づいて入ったが、やはり、人気なく不気味なだけ。やはり電話をかけなければだめか。いよいよ携帯に入らなければならないか、などと考えながら、一応茶店の人に聞こうとCafe Noirに入ったところ、「カズアキか?」と声がかかった。オーナーのおじさんがそこで朝食を食べながら私を待っていた。

そういう形で今回の難関を辛くも通過した。やはり160 Piccinniのアパートの2階が当該宿だった。では、222 primo pianoという住所は何なのか。予約の際、到着時刻が午前9時ごろだと記していたのが幸いした。オーナーは気を利かせて茶店での待ち合わせを指示してくれた訳だ。時間を知らせてなかったらどうなっていたろう、と青ざめる。10時を過ぎていたが、オーナーさんもよく茶店で待っていてくれたものだ。

船がキャンセル

なに、カターニアからマルタ行きの船がキャンセルされただと? お客が少ないからといって船を勝手にキャンセルしていいものか。

このイタリア半島東部海岸のバーリから一挙にシチリア島のカターニアまでバスで行き、そこから安い船便で目的地・マルタに向かうはずだった。安船便はほぼ1週間に1本で、それに乗ることを前提にこれまでの日程を組んでいた。メール一本でキャンセルの知らせが届いた。全部やり直しになる。もうキャンセルできない予約バス便、宿もあるのに。

案内所が閉まる

なに、観光案内所(Tourist Information)は午後1時~3時半まで閉めます、だと? 港に案内所がなく、市街地図もらえないで街をうろつき、やっと中央駅近くで案内所を見つけたというのに。

シエスタの習慣は知っているが、今は冬だろ。暑くない。今の季節の午後1時~3時半は暖かくてちょうどいい観光時間だ。働くのにも快適だろう。鉄道案内所はちゃんと開いていた。そこのお姉さんが、市街地図は観光案内所の方に行ってもらえと言うので来たというのに。

やる気が失せた。めぼしい所を歩いて写真撮って終わりだ。一銭たりとも観光収入を落としてやるものか。(いや、いつもどこでもほとんど落としていないでしょう…。)

失礼しました。モンテネグロ、アルバニアといい旅をしてきたのだが、イタリアに来てちょっとがっかり。元鎖国の共産圏で遅れた国と言われるアルバニアより、イタリア南部は貧しいんじゃないか。街もきれいじゃない。車の運転も荒い。観光名所も、整備意欲が感じられない。

部屋には感動

だが、そうした中でこの安宿は立派だ。2500円にもかかわらず、とても清潔で広い。入るまでは苦労したが、入ったら快適だ。ローマ時代の石づくりの建物を改装した雰囲気。1LDKという感じで二部屋ある。イスも机もテーブルも、ベッド、シャワー、トイレ、洗面台も全て新しく、テレビもあり、Wifiもルーターが部屋内にあり、速い。何よりも、エアコンに暖房も付いているのに感動した。地中海側に来て初めてだ。

南の方が寒い

マーク・トウェインが「これまで経験した最も寒い冬はサンフランシスコの夏だった」と言ったそうだが(*後注)、温暖なところは多少寒くても暖房をつけないので、返って寒くなる。札幌の冬は家の中に居る限りTシャツ暮らしができるほど暖かいと言う。私もハノイやラオスに居る時、冬の室内で震えていた。日本の秋程度の冬だったが、徹底的に「家の造りは夏をむねとすべし」なので、暖房なしでは寒いのだ。

地中海地域も同じだ。冬の寒さは厳しくないが、多くの場合、暖房が不完全なので室内で震える。だが、だが、このバーリの安宿には暖房もあったのだ!

(*後注)この「マーク・トウェインの言葉」はあまりに有名になってしまったが、どうやら都市伝説であるらしい。彼がそう言ったということは、少なくとも引用出典によって論証されていない。この問題に徹底的に迫った奇特な人がいて、都市伝説であることを明らかにしてくれた。いろんな街について当時はやった言い草を、だれからともなくトウェインの言葉として広めてしまったらしい。

しかし、この言葉は確かにサンフランシスコの気候をよく言い当てている。年中同じような気温で、夏でも結構涼しい。特に我々が住んでいた太平洋岸のリッチモンド地区はそうだ。沿岸の寒流からの霧に覆われるからだ。暖房はある。しかし、いくらサンフランシスコでも夏に暖房を付けたくない。このため、サンフランシスコの夏は、ことによると冬よりも寒く感じてしまうことになる。(寒がりの私は、実際、夏にも暖房を付けたことがあった。)

 

安宿にもかかわらず、ホテルは古代ローマの石造り部屋の趣があった。天井は低いが、2部屋あり、設備は最新。壁にはやはりニューヨークの写真が飾ってあった。世界的大都会ニューヨークよ。
バーリ駅と駅前広場。
駅前広場の一角にTourist Informationがある。しかし、昼の1時~3時半の間、閉まってしまう。
バーリの街並み。カフェが多い。
バーリ市役所。宿から近かった。
港近くに立つノルマン-シュヴァーベン城。東ローマ帝国、ノルマン人、シチリア・ナポリ王国など、この地を支配した多くの勢力により築造・再建されてきた。
城の東側一帯に旧市街が広がる。庶民の街で、このような狭い路地が、複雑に入り込む。
旧市街の中心に立つ大聖堂。12~13世紀に、破壊された東ローマ帝国の教会の跡に建てられた。