クズロルダから首都アスタナまで 鉄道の旅

目の前で列車が出る! ルオルダ駅での一件

クズルオルダ駅(左が駅舎)に停まる長距離列車。カザフの列車は非常に長い。最前部が見えないくらいだ。これでも列車の中ほど。さらに後ろに同じくらい車列が続く。

アルマトイ行きの列車が、目の前で動き出していた。非常にゆっくりと、まだ十分飛び乗れるくらいのスピードで。飛び乗ろうとしたが鉄の乗降口が閉まっている。

「開けてくれ!」

ドアをたたいたが、反応がない。しばらく列車と並走し、やがてそれはスピードをあげ、憐れむようにこちらを見る車掌の乗る最後列車両が過ぎると、私はあきらめるよりなかった。クズルオルダからアルマトイまで23時間、15000テンゲ(約4000円)の切符がフイになった。

シルダリア川を見に行っていて、駅に戻るのが発車まぎわになった。線路には長大なカザフ鉄道の列車が停まっている。よかった、間に合った。切符を見せて乗ろうとしたら違うという。これは逆方向の列車なのか。アルマトイ行きはまだ来てないのか。少しうろうろしてからまた、乗降口ごとに居る別の乗降口職員に聞く。アルトマイ行きではないと言う。アルマトイ行きはいつ来るのか。駅舎近くで銃を構える兵士たちにも聞くが首をかしげる。英語が通じないのかも知れない。さらにもう一人、乗降口のスタッフに聞く。やはりアルマトイ行きじゃない、という反応だが、「向こう側の列車じゃないか」と言うように2番線?の方を指差す。

何だって。この長大な列車の向こう側にアルトマイ行きが停まっているのか。この列車の最前部、最後部をまわって向こう側に行くのは容易ではないぞ。どうすればいいのか。

「この列車のドアから入って向こう側に出ればいい。」
なるほど、ドアの向こう側が開いていているのが見える。そんな手があるなら早く教えてくれよ。すぐ入口ステップを駆け上がり、向こう側のステップを飛び降りる。すると目の前の列車は非常にゆっくりと動き出していた、と最初のシーンに返るわけだ。

乗り遅れた老人が重い荷物を抱えて、列車と並走する姿を、地上見送り係の女性駅員が見ていた。

「これ、アルマトイ行きだろ?」
「そうよ。何で遅れたのよ。」
「だって、この1番線に停車中の列車が邪魔で」と指さす。

この駅員は一部始終を見ていた。いや、私がこの停車列車から飛び出てくるところから見たので、間違った列車に乗ったのに気付いた外国人が当該列車が出発してから慌てて飛び出てきた、と理解しただろう。

このあわれな老人に対し、かの女性駅員はなかなか親切だった。「来なさい」と、私を駅舎に連れて行き、切符売り場の駅員と交渉を始めた。

そうだ、確かこの女性駅員は、私が最初にアスタナ行き列車はないか聞きに行った時、その駅員控室に居た一人だった。アスタナ行き切符は売り切れて、なかった。それでしかたなくアルマトイ行きの切符を買ったのを知っていた。

何しろこちらはカザフ語もロシア語もちんぷんかんぷん。何が起こっているのか皆目わからない。そのうち、この女性駅員は切符売り場の係(こちらも女性だったが)と激しい口論を始めた。何だ何だ。同じ駅のスタッフ同士が意見の相違でケンカするのか。

いったい何が起こっていたのか

言語での状況把握ができない「ぽっと出」は、だいたいのところ、何が起こっているのかわからず、右往左往してその場その場を切り抜けている。ずっと後になって、いろんな状況証拠(とウェブで得た背景情報)を突き合わせ、こういうことだったのではないかと「理解」することが多い。以下の事情説明もそういう後知恵からの判断だ。

かの女性駅員は、切符代を全額返してやれ、と迫っていた。切符売り係は抵抗したようだが、折れたようだ。しかしあいにく私はこの時現金で切符を買っていた。返金は3カ月後くらいになるという。クレジットカードなら後からの返金でもよかったが。返金手続きの書類をくれた。

さらに女性駅員は、今晩のアスタナ行き列車に乗せてやれ、とも迫っていたようだ。この老人は本当はアスタナに行きたがっていたことを知っていた。しかし売り切れだった。ところが、激論の後、今晩のアスタナ行きに乗れることになった。しかもただで。この辺が最も謎だったが、切符売り場に並んでいた英語を少し話す乗客が「フリーで」(ただで)アスタナに行けるってさ、と言ったので確かだ。

キツネにつままれまま2時間後の出発を待つアスタナ行き始発列車のところに連れて行かれ、女性駅員がそこの乗務員と交渉した。何やら了解されたようで、冷房もなく日中の太陽に焦がされた熱暑の寝台シートに案内された。ここで乗務員が運賃2500テンゲを払えと言ってきた。え、「フリー」じゃなかたのか。が、ただでアスタナに行けるというのも途方もない話で、払うのが当然だろう、と払った。

後で分かってきたことは、その寝台シートは、一般席だが、乗務員が非番時に寝るシートだった。乗務員制服や帽子がかけてあるので徐々にそれと理解した。つまり、こういうことだ。あの女性駅員は「切符が売り切れたって、乗務員用のシートはあるだろう。外国のお客さんが列車を間違え、乗り遅れてしまった。だったらこれから出るアスタナ行き列車の乗務員シートにただで乗せてやってもいいじゃないか」と要求してくれたのだ。無茶な要求だが受け入れられ、アスタナ行き列車の乗務員にも了解された。しかし、その女性乗務員が去った後、列車乗務員たちはやはり私に25000テンゲを要求したのだ。ホームでとぐろを巻いていた列車乗務員は5人。一人5000テンゲの分け前をこの外国人客から得ることに成功、ということだろう。別のシートはすぐ探せるのかも知れないが、彼らも人肌ぬいでくれたのだから、払ってもいい。汚職に関与の恥辱は免れないが、当初のアスタナ行きが可能になったのはありがたい。

翌朝目覚めると、山が見えた。感動した。平原ばかりが続き、山を見るのは久しぶりだ。

旧式車両の南回りアスタナ行き

7月15日、夜10時にクズロルダを出た列車は旧式だった。トイレは線路に垂れ流し、冷房はあるが弱くて、風を入れようと窓を開ける人もいる。何しろ外は昼40度の世界だ。特に昼の間に熱せられた車両に発車前に入ると殺人的に暑いことがわかった。

が、走り出すと耐えられる状態にはなる。何とか寝て、夜が明けると、窓から山が見えた。平原ばかり続いてひさしぶりに見る山に感動した。

クズロルダからのアスタナ行きは北回りと南回りがあるが、これは南回りであることがわかった。シムケントからタラズなどカザフ南端の同国中枢部を通る。

タシケントからアルマトイへと続くこのルートは、中央アジアを旅するには何度も通ることになる幹線路だ。私もこれまで2回通ったし、今回もまた何度か通るだろう。天山山脈の最外縁部にあたり、その急峻な山々が終わる麓のところを鉄道(トルキスタン・シベリア鉄道の一部)やバスが通る。シルクロード西域の山岳地帯はここで終わる。中央アジアの広大な平原がはじまるところだ。

写真でもわかる通り、雲が出ていることも感動だった。これまでの乾燥地帯では雲さえなく、快晴の空に灼熱の太陽が輝いていた。山があると上昇気流が発生し雲、したがって降雨も発生するようだ。山からの雪解け水で山麓平野に緑も多くなる。

同じく天山山脈外縁部の峰々と雲。厳密には天山山脈の支脈である西キルギス・アラタウ山脈、西タラス山脈、ブスケム山脈などがつらなる。
その反対側(西側)には大平原。これが中央アジアからヨーロッパまで続いているはずだ。
列車は旧式車両だった。長く停車したシュー駅で。アルマトイに行く路線とアスタナに行く路線がここで分岐する。
列車は北に向きを変え、再び大平原の中に入っていく。夕暮れになる頃、右手にバルハシ湖が見えてきた。面積16,996km2で、バイカル湖に次ぐアジア第2の湖。琵琶湖の25倍。1年のほぼ半分は氷結。ここから流れ出る川はない「内陸湖」だ。西部にイリ川、東部にアクス川、レプサ川などが流入。大都市アルマトイもイリ川ーバルハシ湖流域に含まれる。特に湖水の7~8割を提供するイリ川の影響は大きいが、これは主に天山山脈など中国側の雪解け水を水源としている。中国側での取水量が増大しており、2050年までにイリ川水量が4割減となるとする予測も。新疆ウィグル自治区でのウィグル族、カザフ族への抑圧も含めてカザフスタン内で中国に対する反発が高まっているとされる
同上バルハシ湖。日が暮れてきた。2泊目の夜となる。翌朝着のアスタナまで33時間の列車旅だ。
翌16日朝、アスタナが近づく。北に来るにつれて乾燥地帯は終わり、草原地帯になっていく。緑が増える。

アスタナ駅前の安宿に入った

アスタナ駅着。
近くの横断橋から駅の線路を望む。
駅前に「ホステル」のサインがあった。手ごろなので入る。もちろんドーミトリーだが、800円。中央アジアでは、予約サイトで探すより、自分で見つけて入る方が安いということがだんだん分かってきた。
中の様子。キッチン、冷蔵庫が使える。エアコンがないのは不安だったが、アスタナまで北上してくると、外は厳しいが、こうした「日陰」なら何とか耐えられるレベルだった。