イシク・クル湖を一周

イシク・クル湖の白眉、北岸のチョルポン・アタに滞在した後、この湖を一周してみることにした。8月11日、まず湖東端のカラコルの街(人口8万、キルギス第4の街)を目指す。

さらば、チョルポン・アタのイシク・クル湖よ。

カラコルへは乗り合いタクシーが出ている。チョルポン・アタ東部の道路脇が停車場になっており、タクシーが停まっている。料金は600ソム(約1000円)。ビシュケクからチョルポン・アタまでは立派な高速道路だったが、それ以遠は片側一車線の一般道になる。なぜか至るところで工事をやっており、そのたびに車はのろのろ運転を強いられた。一カ所を工事して次に進むというのでなく、広範囲を一度に工事区間にして、全体的に完成が先伸びになる感じだ。
左手には山。
右手やや遠くにイシク・クル湖。
数時間乗ると、右手に見えていた湖が切れて、広大な平原地帯になる。
平野を山際に進むとカラコルの街に入る。人口8万、キルギス4番目の都市。中国国境に近く、かつては軍事都市だったが、現在はテルスケイ・アラタウ山脈や天山山脈本体など山岳地帯へのアクセス拠点としてにぎわう観光都市。天山山脈最高峰ポベーダ山(標高7,439m)まで約150キロ。

バスターミナル近くの宿

乗り合いタクシーは、カラコル北部の新バスターミナルに着いた。周囲で宿を探すと、すぐ近くにホテルがあり、2000円程度と安いのでそこに入った。一般に中央アジアでは、予約サイトで探すより、駅やバスターミナルに着いてから近くで探した方が安くていい宿が見つかる、という感触を得た。特にカラコルなど地方都市ではそのようだ。

カラコルは標高1700mで、ある程度涼しい。しかし、湖からやや離れるためか昼はやや暑く、西日の差し込む部屋では冷房がないときつい。東向きの部屋に代えてもらって楽になった。冷房なしで十分暮らせる。

私たちはここで5日間、病床に臥せった。私は下痢、カミさんは風邪。同時期に仲良く病気になった。急ぐ旅ではない。旅に出ると環境の違いからだいたい1回は病気になるものだ。それを織り込んで旅している。のんびりした地方の安宿でゆっくり休んだ。

カミさんは咳が残ったようだが、5日でほぼ回復。私はアイラン(現地のしょっぱいヨーグルト)を飲み始めるとあっという間に下痢が収まった。私の体に合っうようだ。腸内細菌が私の健康を維持して下さる。

バスターミナルと街中心部や市場の間を109、110、111番などの市バス(小型バス)が走っている。循環しているので気楽に乗れる。料金は10スム(17円)。写真は市場付近のバス停。
市場付近の街の賑わい。
カラコルまで来ると、よくも悪くも中国の影響が強くなる。例えば、中国の仏教建築に似たモスク「ドンガン・モスク」(写真)がある。20世紀初め、中国の建築家・職人を呼び寄せてつくられた木造建築で、ミナレット(写真右手)もすべて木造。当初は釘を全く使わない建築様式だったという。19世紀に、中国での抑圧を逃れてきた回族(イスラム教徒の漢族)をドンガン人といい、キルギスやカザフスタンに彼らのコミュニティが存在する。カラコルやイシク・クル湖はシルクロードの天山北路にあたり、東に進めば中国・新疆ウイグル自治区のウルムチなどに通じる。
ドンガン・モスクの内部。仏教寺院の雰囲気もある。
カラコルの街自体は19世紀後半にロシア人によってつくられた。街の構造はロシア・ソ連風で、写真のようなソ連式団地も多い。
イシク・クル湖の南岸をまわるミニバス、乗り合いタクシーは、市北部のメイン・バスターミナルでなく、市場やや南の「南バスターミナル」から出る。ターミナルと言っても、写真の通りガソリンスタンド横の単なる空き地だが。スタジアムにも近い。ここからイシク・クル湖南岸で一番大きな村ボコンバエヴォ(人口1万4000人)行きのミニバスに乗る。
道の左手(南方向)にはテルスケイ・アラタウ山脈が見えるはずだが、視界がよくない。そこから多くの川がイシク・クル湖に流れ込んでいる。
約1時間ほど乗ると、右手にイシク・クル湖が見えてくる。湖岸を走る道路になる。
しかし、相変わらず、至る所工事中で、のろのろ運転になる。
湖畔の道路。
湖南岸はそれほど観光地化してないが、湖畔に宿泊施設などがつくられはじめている。テルスケイ・アラタウ山脈地域へのトレッキング基地になっているようだ。このあたりで、バスの中で知り合った若い日本人カップルが降りて行った。事前に観光地をよく調べているようだった。こちらは、ただ漫然と湖一周をもくろんだだけだが。
こちらはユルト式の宿泊施設。ボコンバエヴォの街が近づいている。
ボコンバエヴォの街。ミニバスは街のバスターミナル域に着いたが、そこに、一挙にビシュケクまで行くミニバスが待機していた。
ボコンバエヴォからの道は、再びやや内陸のルートを通る。
同上。
湖西端バルクイチが近づくにつれて道は湖岸に近づく。
バルクイチの街を遠くに見ながら、バスは高速道路をビシュケクに向かって走る。このあたりから、来たとき通った道。つまりこれで湖を一周した。
チュー川の渓谷に沿って、ビシュケク方面に向かう。南部のナルイン平原から東進してくるチュー川はイシク・クル湖をかすめ(しかし流入せず)、西進してトクマク、ビシュケクなどチュー平原を形成し、さらにカザフスタン領に入り砂漠の中に消える。全長 1,067キロで、日本最長の信濃川(367キロ)よりはるかに長い。
8月15日、再び首都ビシュケクに帰ってきた。写真は北バスターミナル。