日本の安い宿

1泊3200円

このホテルでは、夜ベッドから起きると、足元に明かりが点く。私が入ったこれまでの安宿でこんなことは初めてだ。1室4人の大部屋だが、カーテンに仕切られてプライバーは充分保たれる。ワン・フロアーに個室トイレが5つあり、夜はもちろん、朝方でもふさがって入れないということはない。しかも清潔で、むろん温水洗浄便座だ。それどころか、便座を立つと自動で水が流れる。蛇口から温水が出るのは当然で、手拭きも日本では珍しいペーパータオルだ。

各ベッドにテレビがあり、BSも入る。むろん無料Wif付きだ。ベッドは清潔で、しかも背もたれを調節してリクライニングできる。そして何と3食付きだ。栄養士がきちんと食事を管理し、日中は理学療法士による整体?サービスが2回ある。毎日、体温、血圧測定があり、きめ細かく体調管理もしてくれる。便秘他トラブルがあれば薬も出してくれる。これだけの環境があって、宿代は計22泊で12万8000円程度。1日5800円だ。手術代等医療費が5万7000円だから宿代は1泊3200円程度になる。最初に手術を受けなければならなかったのがこのホテルの変わったところだが、宿としては非常に快適、かつ安価だった。

そう、肩の手術で23日間、病院に入院していた。1割自己負担の後期高齢者医療制度で一般所得の高額療養費自己負担限度額を適用するとこれくらいの医療費・入院費になる(その他県民共済などの民間保険に入っている人などはさらに出費が減る)。何と日本の医療制度はすぐれているのか、と感動した。アメリカでなくて本当によかった、と胸をなでおろした。

肩腱板断裂で入院

ある日、若いのとバスケ1対1をやっているとき、何か肩が外れたような感覚があり、痛くなった。一時的な脱臼か、と思い、しばらく休んでいた。1週間で直るだろうと思ったが、どうも1ヶ月しても痛みが引かない。観念して医者に行ったら、MRIを撮り右肩腱板断裂とわかった。肩に向かう3本の筋肉が骨にくっついている部分が破れたということだ。ドジャーズの山本由伸が2024年にこの部位の損傷で戦列をはなれている。彼の場合は「断裂」までは行かなかったようで3カ月の保存療法で復帰したようだ。翌25年にはご存じの通り12勝、防御率2.49、ワールドシリーズMVPなど大活躍した。私の場合は完全に腱板が断裂したらしい。手術をしなければ治らない。高齢者の場合、手術しない場合もあるが、私はスポーツに復帰したいので手術をお願いした。

ひいやりした無機質の手術室に運び込まれるのはやな気分だったが、麻酔をかけられると後は何も感じない。目が覚めたら病室のベッドに戻されていた。いろんな管が体のあちこち通され自由が効かないが、痛みはなかった。最初、局部点滴の神経ブロックと、おそらく鎮痛剤の全身点滴、さらに1日4回の痛み止めの投薬などで、痛みは徹底的に抑えられた。そのうち点滴を1本ずつ外していき、薬だけになり、それも少しずつ減らしていく。足はまったく問題なく歩けるので、比較的自由な入院生活がはじまった。

異世界生活

窓から毎日、空と名古屋のビル街を眺めていた。近くに尾張藩時代の交通動脈だった運河、堀川が流れている。外に出られないのは残念だが、病院内は厳寒の季節にもかかわらずずっと暖かく、快適だった。

突然、異世界に迷い込んだ感覚があった。窓際のベッドと廊下とトイレとを往復するだけの毎日。右手は頑丈に固定され、パソコンは打てない(書けない)のがつらい。しかし、テレビは見放題。初めの頃は衆議院議員選挙の様子を存分に見られて有益だった。そして何をしなくても、時間が来ると目の前に食事が現れる。不自由だが楽で、しかしまったく異なる生活が突然始まり、異世界を探訪しているようだった。

映画、歩き回り、介助者たちへの感謝

選挙が終わったら今度はNHK+やアマゾンプライムでドキュメンタリーや映画を見たり。映画は邦画・洋画10本以上は見ただろう。ふだんはこんなに動画にはまることはない。他にやることがあるだろうと、貧乏性でいろいろ仕事してしまう。しかし、それができないので、ボーとパソコン画面を見続ける以外ない。安心してそれにはまり込んでいられる。

病室には膝の手術をした人が多く、そういう人は歩くのも困難で大変そうだった。肩の故障は、歩くのは自由でまだ恵まれている。体がなまらないように廊下をたくさん歩いた。できる範囲でストレッチやスクワットも。少しは病人らしくしていないといけないか、とも思い、若干控えめに、人通りが少ない時間に。

働いている人が皆若いのに感動した。夜勤までしてくれる看護婦、リハビリをやってくれる理学療法士、時々回ってくれる栄養士や薬剤師、皆若い。普段私のまわりは老人ばかりなのに、ここにはこんなに若い人が居る。そして年寄りの面倒を見て下さる。まだまだ高齢化社会・日本も見捨てたものではない、と思った。(腕利きの担当医師もよく回ってきてくれて、ありがたかった)。3週間も居れば、顔なじみにもなる。お茶を配って回る方とは「きょうは焼酎をお願いします」などと言う仲になった。退院する頃は周囲に「またすぐ来ますからね」と軽口をたたいた。

山本由伸を例に出したが

肩腱板断裂について、山本由伸を例に出して説明してしまった。私の強がりだ。こうした損傷は、屈強なスポーツ選手にのみ起こるのでなく、単純に老化とともに起こりやすくなるという。危険信号が一つついたということだろう。今後の「若者との対決」路線を再考しなければならない。(が、肩がだめならフットサルで、の「煩悩」も。)