開発の進むシムケント

カザフスタンに入る

7月7日、ナボイ・カプランベク国境検問を通過。カザフスタン側の村で両替などをしてから、乗り合いバンのような車に乗ってシムケントに向かった。ここに待機するバンやタクシーは皆シムケントに向かうのだろう。

車はしばらくすると、立派な高速道路A-2に入る。片側3車線。ウズベク国境からシムケント、タラス、アルマトイなどカザフスタン南部主要部をつなぐ。アジアハイウェイ(AH-5)や欧州自動車道路(E-40)の一部ともなっている。ウズベキスタン側の国境(ギシュト・クプリク検問)に向かう道路(M-39)がのんびりした地方道だったのと対照的だ。また景観も、ウズベク側は両側がほぼ民家でその先があまり見えなかったのに対し、こちらは広大な砂漠・草原地帯が広がる。

シムケント27番の市内循環バスが便利

約1時間でシムケントに着いた。宿を言えば、そこまで乗せてくれると思っていたが、皆、市の南西部コロス地区で降ろされた。さてどうしたものか。とりあえず予約した宿の方向(北方)に行くバスに乗ってみようと、やってきた27aのバスに乗った。正解だった。こっちに曲がって欲しいと思う角をことごとくその通りに曲がり、結局、宿のすぐ前の停留所で降りることができた。こんなにうまく行くことはめったにない。

シムケントは、タシケントの北と言っても、100キロしか離れていないので、暑さは変わらない。40度前後だろう。しかも、驚いたことに、ここでも午後の猛暑時に停電でエアコンが使えない。が、入った宿はビル内の薄暗い部屋で、西日も(東日も)差さない部屋なので何とか生き延びることはできそうだ。

たまたま乗った27aの市バスだったが、これは使い出のある面白いバスだった。持ってきた13年前のガイドブックには言及されていないので新しい路線かも知れない。市内を一巡する循環バスであることがいい。市中心部を始め、シムケント駅、中央バザール、オルダバス広場など主要部を通る。27aが時計回りで27が反対廻り。料金支払いはカードやスマホやいろいろあるようだが、旅行者は現金が手っ取り早い。乗るときドライバーに100テンゲ硬貨(28円)を渡せばいい。(見ていると、何もせず乗る人もいる。ドライバーに硬貨を渡しても切符をくれるわけでもなく、彼のポケットに入るのではないか、という気もする。)

どこまで行くか試しに乗り続けると、北のニュータウン地域に行った。驚くほど近代的な団地域だった。私の宿のある地域が昼停電になったというのに、この地域では電気が煌々と付いて団地の輪郭まで美しく際立つ。極め付きは新設されたモスクだ。ライトに照らされて神々しいまでに輝いている。27番の循環バスは、ここの新住民のために新設されたのではないか、と思った。

ウズベキスタンから国境を越えカザフスタンに入ると、野山がよく見えるようになった。乾燥した草原。こういう風景を見るとシルクロードへの感情が高ぶらされるのだろうが、私にとってはカリフォルニア内陸でよく見てきた風景で、「似てるなあ」という感想。道路はA-2の高速道路。
シムケントの市バス停は説明が詳しい。カザフ語(ロシア語?)はわからないが、何番のバスが停まるかわかるだけでもありがたい。宿近くのバス停に停まるバスの番号を控えておけば、街中に出てもそのどれかを見つければ確実に帰れる。
シムケントの街並み。独立公園からオルダバス広場方向の眺望。
オルダバス広場。その中心に立つ「大地の母」モニュメント(高さ34m)は独立記念碑とも称される。その背景に独立公園の丘。2011年に、カザフスタン独立20周年を記念し、ナザルバエフ大統領の肝いりでつくられたという。
オルダバス広場近くにある中央バザール。「悠久のシルクロード」を感じるにはいい場所かも。シムケントはかつてシルクロードの主要交易拠点だった。中国からかつてはシルクが、現代は安い中国製日用品が大量に運ばれてくる。
同上。こちらは食料品コーナー。
オルダバス広場も流れているコチカル・アタ川は、乾燥地シムケントを潤す貴重な水源だ。市内全域の水辺空間が整備され、市民の憩いの場になっている。神秘的な癒しの効果があるとされる。さほど清流とは思えないが、水浴をしている人たちがいてびっくりした。
オルダバス広場から南東1キロにシムケント駅がある。タシケント駅より近代的な印象。アラルまでの翌日の切符がネットではどうしても取れなかったのだが、ここの窓口で簡単に買えた。ネットでだめなら窓口に行け、の教訓。
シムケント駅を発着する列車。近代的だし、長い。
開発が進む「シムケント・シティ」プロジェクト地区の団地。市北部で副都心建設を目指した大規模な再開発が行われている。27番のバスで行ける。計画によると、高層アパートなど316のビル、7つの学校、21の保育園、2つの病院、コンサートホール、スポーツ複合施設、3つの25階建てビジネスセンター、4つのショッピングモールをつくる。最終的には「シムケント・シティ」地区全体で人口7万になるという。
極め付きはこのSeyitzhan Kari Yeszhanulyモスク。石油会社の社長が父を顕彰して建てたという。「シムケント・シティ」地区に2024年春にオープンしたばかり。1万2000人を収容でき、周辺スペースにさらに1万人が集まれる。「中央アジアのメッカ」を目指したともされる。中央アジアで最大のドーム(直径56m)、最も高いミナレット(63m)がギネス記録になっている。モスクは過去の建物と決まっているわけではない。未来建築じゃなければモスクじゃない、と言うかのごとくだ。実際モスクは昔から丸い尖塔(ミナレット)があって、未来建築志向があったと思う。

シムケントの成長

カザフスタンというと、1997年まで首都だった南東部アルマトイ(旧アルマアタ、人口200万)と新首都、北部のアスタナ(人口120万)が有名だが、西南部のシムケントが第三の都市圏として台頭してきている(人口106万)。人口が急増し、2000年の58万が2018年に100万を超え、アスタナ、アルマトイとならぶ特別市の地位に格上げされた。

シムケントは国境をはさんで中央アジア最大都市タシケントに近く、鉄道・道路網の接続もよい。人口の約半分が30歳以下という若い都市であることもこの街の可能性を高めている。政府としても、広大なカザフスタン(日本の国土面積の7倍)には、アスタナ、アルトマイから離れた南西部にもう一つの都市拠点をもつことが重要だとし、その開発・整備に力を入れているようだ。