聖山スライマン・トー(フェルガナ盆地東端のオシ)

オシの至る所からスライマン・トーが見える。旧バザールのあるアクブウラ川の橋から。

フェルガナ盆地東端オシの街(キルギス領、人口45万)は、特異な形をした山の周りに広がる。「スライマン・トー」といいい、預言者スライマーン(ソロモン)の山、という意味だ(つまり「ソロモン山」)。フェルガナの大平原から突如そそり立つその山に人々は畏敬の念を抱き、古来から山岳信仰の対象となってきた。フェルガナ盆地のみならず、シルクロード交通路から多くの巡礼者を集めた。この「文化的景観」が評価され、2009年、キルギス初の世界遺産に登録されている。

間近で見るスライマン・トー。山麓に2012年に建てられた新しいモスク「スライマン・トー・モスク」がある。礼拝者2万人を収容できオシ最大規模スライマン・トーの文化遺産との軋轢も指摘されている。
街を見渡す山腹の高台にもスライマンの神殿が建てられている。こちらは古くからの巡礼地のようだ。

同上。市の繁華街から。

スライマン山の裏手の宿

トクトグルのヒッチハイクで小型トラックに乗せてもらい、オシに着いた。運転手のおじさんは郊外の自動車修理工場のようなところから何かの荷物をトクトグルに運ぶようで、その工場前で降ろされた。そこから市バスで中心部に出た。

旧バザールに近い街の主要十字路付近。背景にスライマン・トー。市バスでこの辺に出てきて宿を探したのだが、高いホテルしかない。やむを得ずここの階段のところに腰掛けネット検索をする。

地方都市では、トクトグルがそうであったように、着いてからバス停などの近くで探した方が安宿が見つかる。しかし、大都市では必ずしもそうではなく、ネットで見つけた方がいい場合もある。壮大な都市計画で、民衆的な宿泊施設がなくなっていたりする。

booking.comで検索すると、上記主要十字路からさほど遠くないところに安宿が見つかった。まっすぐ西に向かう道路(市内ではアリシェル・ナボイ大通り)はスライマン・トーの裏側を抜けフェルガナ盆地南部中央の都市マルギラン方面に行く幹線路だが、それに沿って1泊約2000円の安宿があった。改修中で雑然としていた。しかし、専用トイレ・シャワー付き、共用キッチン一式付きで悪くない。

スライマン・トーの裏手に見つけた安宿。この表示が読めるだろうか。中央アジアでキリル文字の読み方に苦戦しながら、XはH、CはSの発音をすることを何とか学んだ。つまりこれは「ホステル」と読む。「スライマン・トー・ホステル」というお宿だった。
この宿のあるアリシェル・ナボイ通りが面白い。幹線道路であるにもかかわらず、この時は(2025年8月)、ちょうど工事中(道路拡張とアスファルト舗装)のため通行止めで、広々とした「歩行者天国」になっていた。地元住民が行きかい、子どもたちが遊ぶ。
直前まではこうなっている道路だ。この先で突然「歩行者天国」になり、我々は絶好の環境で住まわせて頂くことになった。

オシのバザールは移転の渦中

街を南北に縦断するシルダリア水系のアクブウラ川。フェルガナ盆地南方の山脈から流れてくる清流(少なくともオシの街に入るまでは)だ。この川の周りにバザールが形成され、オシの街が発展した。
アクブウラ川の両岸に発達したオシの中央市場「ジャイマ・バザール」は、移転が決まり、現在取り壊し中。河岸公園に変えるらしい。新市場は郊外(B. Osmonov Street.地域)につくられつつある。(キルギスの首都ビシュケクに大規模市場「オシ・バザール」があるが、これと混同しないように。)
オシのジャイマ・バザールは2000年前から同じ場所にあり、シルクロード交易の歴史を残す市場とされていた。しかし近年の洪水被害の影響もあり、移転が決まり、2025年8月現在、無残に取り壊されつつある。
同上。
バザールの一部はまだ残存している(橋下右手)。
アクブウラ川を越えるアリシェル・ナボイ大通り橋の北側がバザールだったのに対し、南側はすでに写真のような公園になっている(アリシェル・ナボイ公園)。北側も同じような公園になると思われる。近代トュルク語系言語の基礎をつくったとされる15世紀チムール朝の詩人アリシェル・ナボイ(1441 – 1501年)は中央アジアで人気のようで、いろんなところに彼の名前をとった地名、構造物、施設、道路が存在する。

聖山に登る

聖山スライマン・トーは、有料の公式巡礼路もあるが、基本的にはどこからでも登れる。宿のある北側からは、写真のような登山道が山頂に向かって続いていた。
中腹の尾根からの眺望がすばらしい。オシの特に北半分がよく見える。
同上。
スライマン・トーの西に延びるケルメ山も見える。これも平野にそそり立つ特異な形の山だ。山の途中から向こう側はウズベキスタン領になる。
スライマン・トーの地形模型()。山の南側に沿って巡礼道があり、右手の旗の立っているあたりに街を見下ろす神殿。左手が石器時代から人類の居住地になっていた洞穴地域。私たちはこの山の裏手(北側)から登って、この洞穴地域に出た。
石器時代から人類の居住地になっていた洞穴地域。古代人が描いた岩絵(ピクトグラフィ)なども出土している。
石器時代の人々が暮らしていた洞穴が多数残っている。山の南面中腹で冬暖かく、夏の暑さも洞穴の中でしのげたと思われる。

洞穴の中につくられた博物館

ひときわ大きな洞穴の中に博物館がつくられている。自然の地形を生かしながら、それを一部くりぬくような形でつくられたユニークな建築だ。ソ連時代の1978年、オシ市建立3000周年を記念して建設された。下階の博物館入り口と展示室洞穴、上階の大展示室洞穴は内部でつながっている。
博物館がつくられる以前の洞穴周辺のジオラマ。
巨大な洞穴口につくられた展示室は、変幻自在に躍動するような岩相に取り囲まれ、重要展示物が置かれている。
洞穴内に描かれた岩絵(ピクトグラフィ―)も保存されている。
上階と下階を結ぶ階段も自然の洞穴構造を生かしている。
博物館大展示室外側から見たオシの街。すぐ下にスライマン・トー・モスク。
宿近くのアリシェル・ナボイ通りに夕日が落ちる。この時期だけだが歩行者天国になり、のどかな光景が広がる。