人々のタシケント バザールとその周辺

旅ルートの美的構築に失敗し、あちこち行ったり来たり。その結果、タシケントには3回寄ることになった。1回目の44度気温下での訪問はタシケントの概要紹介としてまとめた。2、3回目の訪問を、庶民的暮らしに焦点を当てて以下に報告。

チョルスー・バザール

タシケントの中央市場、チョルスー・バザール。古くからこの辺がタシケントの中心だったという。チョルス―とはペルシャ語で「交差点」「4つの流れ」の意。今でもこの市場の北部には中世的な旧市街が広がる。青いドームの中央市場建物はソ連時代の1980年につくられた。
チョルスー・バザール。建物の周囲。
チョルス―・バザール建物の内部。ドームは直径約300〜350メートルで、3階建て。冬でも快適に利用できる空間を提供している
チョルスー・バザール。建物の周囲にも多くの店が連なる。
同上。
同上。

ジュマ・モスクとクカルダシュ・メドレセ

市場のあるところ神が宿る。チュルスー・バザールに隣接して、タシケント最古のホジャ・アフル・ヴァリー・モスク(一般には「ジュマ<金曜>モスク」)と神学校クカルダシュ・メドレセがある。日本でも市場は寺社のそばに立つ。ヨーロッパ中世都市の中心にも市場と大聖堂が立つのが常。単に、祈りの場に人が多く集まるから、というだけでなく、市場と神には何らかの深い関連があるように思われる。

市場に隣接する高台に立つタシケント最古のモスク、ホジャ・アフル・ヴァリー・モスク(ジュマ・モスク)。建物は新しいが、創建は1451年。15世紀の宗教指導者ホジャ・アフル(1404-1490年)によって建てられた。この地はタシケント全体が見渡せる高台で、それ以前の9世紀からこの地に祈りの場があったとされる
同モスクに隣接して立つ神学校クカルダシュ・メドレセ。シャイバーニー朝の時代、1570年前後に建てられた。
中心街からの大通り、ナヴォイ街(写真前方)でバスを降り、チョルスー・バザールに来る。その時に通る道の右手にある巨大な壁が、クカルダシュ・メドレセだ。

バザールの北に旧市街

チョルスー・バザールの北に自然史博物館(写真)があり、その後ろあたりから広大な旧市街がはじまっている。
ところが何やら、最近の旧市街は巨大な再開発の波にさらされているようだ。各所で工事が進行。
タシケント旧市街の様子。Photo: Ymblanter,  Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0. 旧市街の再開発の勢いがすさまじいのでそれに気をとられ、昔からの街の風景を写真に収めるのを忘れていた。ウィキペディアから拝借。まだこうした昔ながらの風景も残っている。私は、サマルカンドに行ってから旧市街を多く見て回ってその報告もしている。その写真も参照のこと。
こまごました旧市街の街路をめぐっているうちに、突然この巨大な「モスク」建築が現れてびっくりした。完成間近いイスラム文明センター(Center of Islamic Civilization)。中央アジアのイスラム文明を解明する拠点として、組織としてのセンターが2017年に立ち上げられ、建物の方もほぼ完成している2026年3月に正式開館予定)。一帯はモスク、メドレセ、広場などが並ぶハズラティ・イマーム複合施設で、このイスラム文明センターは、博物館的な機能の他、研究、教育、イベント会場、図書館、国際機関事務所など、中央アジアのイスラム文明を解明・紹介・促進していくセンターの役割を果たすという。7.5ヘクタールの土地に、建築面積1.8ヘクタール、3階建て。ドームの高さ67m
同上。反対側(南側)。
その他、ハズラティ・イマーム・コンプレックスの至る所で工事が行われ、完成すれば、中央アジア・イスラム文明の一大拠点になる。
同上。

タシケント地下鉄

市民の足となっている地下鉄。タシケント地下鉄は、1977年に最初の路線が開業しており、中央アジアでは最も古い(旧ソ連の地下鉄としては7都市目)。現在、4路線50駅、総延長66.5 km。ソ連式地下鉄の特徴は駅の装飾が凝っていること。チョルス―・バザールに行くのも、ブルー線のチョルス―駅が最寄だ。

市民の足、地下鉄。2018年から写真撮影が認められるようになった。
駅の装飾が凝っている。

抑圧犠牲者記念博物館

タシケントTVタワー近くの安宿が気に入り2度投宿した。近くのアンホール運河を散策。2000年5月に開園した抑圧犠牲者記念公園は、水辺空間の造形が美しい。

スターリン時代、この地で政治囚の処刑が行われていたという。1920~1940年に約10万のウズベク人が不当逮捕され、1万3000人が処刑された。8本の柱に支えられ高さ27mのロタンダ「抑圧犠牲者記念碑」が立つ。碑文「祖国のために亡くなった者たちの記憶は永遠に生きる」がウズベク語、アラビア語、英語でしるされている。.
公園内にある抑圧犠牲者記念博物館。帝政ロシアからスターリン時代に至る抑圧の歴史が展示されている。館内は写真撮影禁止だったので写真なし。