
シルクロード、さらに西へ
シルクロードをさらに西に向かう。サマルカンド、ブハラなどザフラシャン川平原を越えて、アムダリアに沿い西へ。年間を通じて300日は雲のない日が続くという乾燥の地、ホラズム(「太陽の国」)へ。北東にキジルクム砂漠、南西にカラクム砂漠を擁し、しかしその間にアムダリアのデルタが広がる。かつてはその先にアラル海も広大に広がっていた。ホラズムは、乾燥地内で水に恵まれた地域として古代文明が栄えた。灌漑農業が古くから行われ、シルクロード交易の起点となった。7世紀にアラブが侵攻した際、「千の要塞の地」と形容されたという。



中央アジア最初の世界遺産・城壁都市ヒヴァ
ホラズム地方では、アムダリアの流路変化により、中心となる都市が変遷した。10世紀頃から現ヒヴァの南にあったクフナ・ウルゲンチ(旧ウルゲンチ)がホラズム・シャーの本拠地として発展。1221年にモンゴルに徹底的に破壊されるが復興し、14世紀にはジョチ・ウルス支配下で中央アジア屈指の大都市として繁栄した。その後アムダリヤ河道が北に遷移し、旧ウルゲンチは衰退。16世紀以降ホラズムを支配したヒヴァ・ハン国は都をヒヴァに移した。(しかし、同時期に、ヒヴァ近くに新しいウルゲンチの街がつくられ、特に20世紀、ソ連の時代にはこの現ウルゲンチがホラズムの中核都市として発展した。)
古い街並みを残すヒヴァは1990年、中央アジアで最初に世界遺産に登録された。オアシス都市の内城部分(イチャン・カラ)全体が世界遺産だ。シルクロード城壁都市の姿をそのまま今日に伝えている。


駅ができ、内城まで立派な観光路
ヒヴァには新しい鉄道駅ができていた。2007年12月に来たときには、ウルゲンチから乗り合いタクシーなどで来なければならなくて、やや不便だった記憶がある。それが内城(イチャン・カラ)東門約1キロのところまで鉄道で来られるようになった。ウルゲンチから約30キロの鉄路が2017年1月に開通した。
駅から歩いてヒヴァに入ることが可能。街に至るまっすぐな大通りは歩行者天国で、周囲に歴史的建造物を思わせるホテル、各種施設が立ち、観光開発が進行していた。ただ、まだ人は多くないようだ。



まずは宿
まずは宿だ。ヒヴァ駅周辺は、上記の通り豪勢な観光開発でホテルはいずれも高級だった。ヒヴァの街中(内城)に入ってから本格的に探した。古い街並みの中に、一般人が経営すると思われる宿がたくさんあった。



西門からの主要観光スポット









城壁の上に登れる





