レジストレーション(登録)問題 ウズベキスタン

国境通過は真夜中になることが多い

国境審査というのはいつでもいやなものだ。「今夜も夜汽車で旅立つ俺だよ」のかつての気楽な放浪旅時代に国境はなかった。いや、あった。単にあの(団塊世代の青春)時代、国内での放浪がはやっていただけだ。

だいたいにおいて国境通過はバス旅でも鉄道旅でも、夜中になることが多い。今回の中央アジアほぼ西端、ウズベキスタンからカザフスタンへの国境通過も夜中から未明だった。「出国審査だ」と掛け声で寝台列車の夢心地からたたき起こされる。時計を見ると(いや今だと「スマホを見ると」という句に変更されなければならないが)午前3時33分だ。

上段に寝ている客は下段に降りろと言われる。眠い目をこすりながら危い手すり降下の技術を駆使して下に降りる。皆黙って行儀よく座り、「お上」の到来を待つ。私たちはまるで殿さまに頭が上がらない封建農民のようだ。ふだん海千山千の世渡りをしている者たちも、この時ばかりは従順なシモベであるかような顔をしなければならない。(多くの中央アジア鉄道国境の審査と同様、ここも列車から降りず、列車の中に係官が入ってくる方式だった。)

ウズベキスタンの出国検査に2時間50分。カザフスタンの入国検査に2時間30分、計5時間以上かかった。出国検査はウズベキスタン領の(おそらく、カラカルパキア)駅に停車して行い、その後結構長い間列車が走り、次のカザフスタン領の(おそらくベイノイ)駅で停車してカザフスタンの入国審査を受けた。普段は、ただひたすら耐えるだけでこの試練は終わるのだが、今回は「レジストレーション」問題で、一波乱あった。

外国人が滞在中に登録しなければならない制度

車両に入ってきた迷彩服の係官が外国人旅行者に「レジストレーション・ペイパー、ホテル・ペイパーはあるか」と聞いている。ないのなら後で別室に来るよう言っている。

中央アジア諸国にはソ連時代の名残で、外国人旅行者は一定条件下で滞在登録をしなければならない、との制度が残っている。現在ではほとんど有名無実化し、あまり気にしなくていい制度になのだが、ウズベキスタンではある程度残っている。少なくとも法的には残っている。

例えば次のように書かれている。「一時的にウズベキスタンを訪れる全ての外国人は(ビザを必要とするか否かにかかわらない)、到着72時間以内に滞在地で登録のため書類を提出しなければならない。」「ホテル滞在の場合は、ホテル運営者による登録が行われる。チェックアウトの際はホテルによって検印された登録書類を忘れず入手しなければならない。」

これをおこたった場合の罰金は、Code on Administrative Responsibilities and the Criminal Codeによると、状況により1000米ドル~12000米ドルに上るという今年7月1日に大統領が、外国人管理を緩和する新法On the Registration of Citizens of the Republic of Uzbekistan, Foreign Citizens, and Stateless Persons at Their Place of Residence and Stayに署名したが、これでも登録制度の骨格は維持されたようだ。

有名無実化したのではないのか

私はてっきりそんなことは忘れていた。最初の頃そんな情報に触れたが、有名無実化しているという話も聞いて、無視していた。実際今回中央アジアで何度も国境を通過したが(ウズベクーカザフーキルギスーカザフーキルギスーウズベクーカザフ)、そんなことを尋ねられたことは一度もない。ウズベク国境でも同じだ。7月初めに4日間のウズベキスタン滞在の後、タシケント近くの陸路国境をカザフスタンに越えたが、「ホテル・ペーパー」など何も聞かれなかった。8月末にカミさんが1ヶ月ほどのウズベク滞在の後タシケント空港から日本に帰ったが、その時も何も聞かれなかった。そもそもホテルでそんな「ペーパー」を発給してくれることなどまずなかった(下記の通り1件を除く)。

1枚だけペーパーがあった

だから私は完全に忘れていたし、私の順番になったときも「ない」と応えた。すると「後で別室に」になった。しかし、よく考えてみると、フェルガナ盆地のナマンガンに6日滞在した際、そこの「ホステル」が何やら小片の紙を発行してくれたのを思い出した。うむ、確かに「レジストレーションは必要か」と聞かれたと思う(中央アジアで何十軒もの宿に泊まってそんなことを聞かれたのはここだけ)。そんなの別に必要ないだろう、と思ったが、まあくれるなら、ともらっておいた。あの小片はあるか。荷物の底を探したらあった。ウズベクで9軒泊っている宿の1軒分だけあっても焼け石に水だろう、と思いながら係官に見せると、「ああこれだこれだ。これがホテルペーパーなんだぞ」と言って簡単に無罪放免になった。

何なんだ、内容を見もしなかった。何日泊まったかも調べない。ちらっと見て「これだこれだ、お前は来なくていい」と席に返された。何だか知らんが助かった。唯一ペーパーを発行してくれたナマンガンのホステルに感謝だ。わざわざ追加旅費を払ってフェルガナ盆地まで引き返したかいがあった。

あいまいな運用

何もペーパーを持っておらず別室に連れていかれた一人は日本人旅行者のようだった。帰ってきて私の席の前を通ったので、「大変でしたね」と日本語で声を掛けた。このHさんもびっくりして、同類たる日本人にいろいろ事情を話してくれた。てっきり係官に賄賂を取られたのではないかと私は思ったが、そうではなかったという。ネット予約した宿のリストをすべて見せたという。そしたらその一つに係官が電話をかけて(午前4時に!)、確かに泊ったことを確認できたら、「ノー・プロブラムだ」ということですぐ放免してくれたという。他にも何人か別室連行になった観光客が居たが、いずれも問題なく返されたようだ、とのこと。

実に不思議だ。たった1カ所でも「ホテルペーパー」を持っていればいいのか。全然持ってなくても、泊まったホテルの情報を提示できればいいのか。あいまいな規定を利用して係官が賄賂を取ろうと画策しているのを疑ったが、どうもそうではないらしい。では何なんだ。国境により対応が違うのか。ここの国境はウズベキスタンの中でもカラカルパクスタン共和国という少数民族の住む自治共和国だ。それで特に規制を厳しくしているのか。そう言えば、唯一「ペーパー」をくれた宿も、キルギス国境近くで民族対立問題が根強いナマンガンだった。

係官もこのあいまいな制度の運用に苦慮しているのではないか、とも思われた。一応法律だからチェックする。しかし、ペーパーの内容も見ず、1枚持っていれば無罪放免にする。一枚もなくとも宿泊が確認できれば「ノー・プロブラム」。あるいは、一応形式上制度は残しておいて、一般旅行者には厳しく適用しないが、怪しい外国人はひっかかるようにする、という狙いか。いろいろ意図をうがってしまう。

カザフ側審査はスムーズ

次いでカザフスタン入国審査。再び封建農民のような従順な態度になって時間を耐えた。こちらは時間はかかったものの、大した問題はなく、無事通過できた。ウェブページを見ると、この国境の、特にウズベク側の対応が厳しいということが出ていた。パソコンの中身まで調べられ不謹慎画像がないかどうかチェックされることさえある、と息巻く報告もあった(今回はそういうことはなかった)。

後で入念にネット情報を調べると(例えばこのページ)、確かにウズベキスタンの外国人旅行者登録は有名無実化しており、ほとんどの宿でペーパーをくれず、また国境でもほとんどチェックされない、という情報が載っている。しかしまれにチェックされることもあるようだ。非常にあいまいな状況だ。この問題に詳しいはずのページでも、確かに緩くなっているのは確かだが、何てアドバイスしていいか益々わからなくなっている、と書いている。

カザフ、キルギスでは廃止

同じような制度のあった隣国では、この制度はなくなっている。カザフスタンでは、すでに登録制度が有名無実化していたところ、この8月に正式な廃止が発表された。30日間までの滞在の場合は必要ない、と明言された。日本など85カ国が30日間程度のビザなし滞在を認められているが、この場合、まったく登録する必要はないということだ。

キルギスの場合は、 2016年12月に、ビザ免除92カ国からの滞在者に対し、最長90日まで登録を免除する法改正を行っている。日本の場合は60日までのビザなし滞在が認めらており、この間は登録の必要がなくなった。

タジキスタンは、ビザ関係でいろいろ問題の多い国だが、少なくともeVisaやアライバル・ビザをとった場合、最長60日間まで登録義務を免除している。その他の場合(ビザなし渡航が認められている場合も含めて)、10日以上の滞在について登録義務がある(通常はホテルが代行)。日本は30日間のビザなし渡航可能国だが、10日以上の滞在には登録をする必要があるということだ。

トルクメニスタンは「中央アジアの北朝鮮」と言われるだけあって、行くこと自体が難しい。観光ビザを取るのに招待状が必要とか旅行会社を通じて宿、交通などすべて予約しなければならないとか、かつてのソ連時代と同様の厳しさが求められる。登録も当然必要で、3日以上滞在でさらに別の登録が必要になる。ホテルが登録を代替してくれることもなく、自分で登録する必要があり、登録料も取られる。今年4月に、eVisa導入など、入国を緩和する政策が発表されたが、実際の政策実施は9月現在まだだ。(私の旅行中に簡易入国が可能になるかと期待していたが、だめだった。)

あいまいな制度のある国には行きたくない

封建農民のように迷彩服を来たお上に従ううち、こんなあいまいな形で運用される制度がある国にはもう来ない、という思いがこみ上げてきた。ウズベキスタンはサマルカンド、ブハラ、ヒヴァを始め多くの優れた観光地をかかえ、きらびやかな観光開発をして観光客呼び込みに熱心だ。しかし、こんなあいまいな制度はすべてをぶち壊す。少なくとも私はもう来たくない。すでに2回来た。まだ行きたいと思う所はあるが、もういい。私が落とすカネは大したことないが、そうやって来ようとする観光客を抑制する効果は確実にあるだろう。