4000mの山々に囲まれたイシク・クル湖

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「幻の湖」

キルギスの奥地、4000m級の山脈に囲まれたイシク・クル湖に来た。シルクロード文学者、井上靖さん(1907年~1991年)が、あこがれてあこがれて、しかしついに来ることのできなかった幻の湖。琵琶湖の9倍の面積。標高1600mの高地にあり、冬季にはマイナス20度になる極寒の地ながら凍らない不思議さ(古称を「熱海」とも)。「天山山脈の真珠」とも。7、8世紀には遊牧国家・西突厥が栄え、インドを目指した玄奘三蔵(602年~664年)が、その庇護を求め、この地に立ち寄っている。

18年前発行の『地球の歩き方』が頼りだった。貧乏旅行者の哲学として、持ってくるのは100円で買える中古ガイドブックのみ。その中に、イシク・クル湖観光の拠点チョルポン・アタの安宿街について、次の叙述があった。

「チョルポン・アタのバスターミナルから街道沿い東に向かい、3分ほど歩くと右側にコンクリート造りの旧映画館の建物がある。ここをすぎて階段を下り、右折するとゴーゴリ通り*に入る。/この通りは湖岸のビーチまで続いていて、通りに沿ってカフェや…民宿が並んでいる。季節にもよるが500ソムぐらいから宿泊できる。」(『地球の歩方:シルクロードと中央アジアの国々 ’07-’08』p.166)

すばらしい。その通りだった。バスターミナルから3分の「旧映画館の建物」は、今でも廃墟のように立っていた。18年前にすでに打ち捨てられていたとすると、一体何年この状態で立っていたのか。そしてその先を右折すると、味のある観光街、ソキン・チェキロワ通りがあった。

*この観光街・安宿街を、英文情報などでは「ゴーリキー(Gorki, Gorkiy)通り」と称していることが多いようだ。確かにこの通りにはゴーリキー・パブなどゴーリキーの名を称した店がある。なじみ深い名称でもあるだろう。しかし、グーグルマップでは、ゴーリキー通りはその東隣り(谷下)の短い通りで、この通りは「ソキン・チェキロワ(Сокин Чекирова)通り」と出ている。また前記「地球の歩き方」では「ゴーゴリ通り」と言及されている。真相がよくわからないが、馴染みない名称「ソキン・チェキロワ通り」としておく。

観光開発が進む

現在のチョルポン・アタはどんどん観光開発が進み、特にその東部の方によりにぎやかな観光地ができているようだ。大通り「ソビエツキー通り」に面して、多くの土産物店、スーパー、銀行、両替商、遊園地、そしてホテルが並んでいる。通りから海岸方面に入っていくとさらに多くのペンション、民宿、サナトリイム、高級ホテル。そして大勢の観光客でにぎわうビーチ。

東へ10キロ離れた隣町ボステリなどはさらに立派な開発がなされたようで、ビーチには観覧車やジェットコースターまである。

それらに比べると我らが入った宿のある前述ソキン・チェキロワ通り界隈は昔からの観光地という感じがする。まったり感がある。何しろすぐそばに大統領専用のビーチ付きリゾート(夏季官邸)がある。イシク・クル湖では最も古くから保養地として開発された地域と推測。道は大通りではなく伝統街道の風情。そこに土産物店、カフェ、食堂、宿が立ち、気楽な気分になれる。ずっと歩いて行くと、よく整備された公園やビーチがある。この地域の海辺は、大統領専用ビーチ付近以外プライベイト化されておらず、ずっと半島の突端まで歩いて行ける。

何よりこの涼しさが千金に値する。日本の猛暑はもちろん、中央アジア平地の40度を超す乾燥型高温からのオアシスを提供する。木陰に入ると一瞬寒いと感じるくらいで、日本の秋のようだ。日中で20度台前半。夜は厚布団をかけて寝る。標高1600mの高原の避暑地だ。(しかし、高標高であるため紫外線が強く、直射日光を受けると肌が焦がされる感覚がある。)

安宿情報

私が調べた限り、このソキン・チェキロワ通りの宿は最低でトイレシャワー共用個室一人1泊600ソム(約1000円)、2人でその2倍、1200ソムというところだ。家族用の大部屋が多く、普通に入ると、トイレシャワー付き・二人3500ソムだった。結局、いろいろ探してトイレシャワー付き個室二人2000ソム(約3400円)のところに入った。キッチンが使え、冷蔵庫や電子レンジもある。部屋・トイレシャワー室が狭く、鍵が閉まりにくく、トイレの水の漏れを止めるのが難しいなど、各種難点はご愛敬。

この宿も、トイレシャワーが共用なら一人1泊700ソム 二人1400ソムだった。この辺がこの伝統的観光街の相場なのではないか。頭数で料金が決まる。他の地域は探してないが、新興観光地は宿も新しく、高そうに見えた。部屋探しを手伝ってくれた地元女性(たぶんタクシー運転手)によると、この地の宿は家族向けの大部屋が主体で、全体的に高くなる、とのことだった。確かに、カップルも少しは居るが、にぎやかな子連れの人たちが大勢道を歩いている。

ビシュケクからイシク・クル湖への移動

ビシュケクからイシク・クル湖方面へのマシュルートカ(ミニバス)は市北部にある新バスターミナルから。北側の入り口から見ると左手に「チャルポン・アタ」行きのミニバスがたくさん停まっている。乗客が乗り始めているバスに乗る。座席が満席になってから出発する。
マシュルートカ(ミニバス)の中。
ミニバスはかなりスピードを出す。自家用車よりも大型バスよりも、最もスピードを出す車種ではないか。悪路で相当揺れると覚悟していたが、道路は意外と立派な高速道路(片側2車線)。あまり揺れなかった。
ビシュケクからチャルポン・アタまで約4時間。最初、盆地平原を走っていたが、徐々にまわりの山がせまってくる。「
アラタウ山脈の山中に入っていく。
山中でトイレ休憩。
この道路を下って行くとイシク・クル湖だ。

イシク・クル湖との出会い

井上靖さんがあこがれてあこがれて行けなかったイシク・クル湖。そこに普通に行けてしまえるのは申し訳ない思いだ。初めて湖が見える瞬間をぜひ写真に、と思っていたが、拍子抜けした。湖西端バルイクチで湖が見えてきたのだが、だだっ広い平原にだだっ広いソ連型の街が広がる先に、平坦な水溜りのようなものが見えてきただけだった。バルイクチはソ連時代、羊毛や農産物加の工業都市だった。そんな武骨な街づくりの中に水面が見えてもあまり感動がない。井上靖さんも、こんなイシク・クル湖を見たらがっくりするのではないか。

が、湖の観光拠点、チャルポン・アタ付近に来ると、土地の起伏も増え、「湖畔」というにふさわしい湖の景観になってきた。

チョルポン・アタのイシク・クル湖

チャルポン・アタのイシク・クル湖の湖畔。
湖の北辺。わずかな平地の先にクンゲイ・アラタウ山脈が迫る。
農村風景も。
湖の南、テルスケイ・アラタウ山脈は夏は霞んであまり見えないようだ。朝のこの写真が限界。
古い観光街路、ソキン・チェキロワ通り。まったり感がある。この界隈に投宿した。
その通りの先にはビーチがあり、
このような公園も整備されている。
隣町ボステリのビーチはこんな風になっている。

チョルポン・アタのハイライト、岩絵野外博物館

4000年前から古代人が描いてきた岩絵(ピクトグラフィ)の野外博物館がチャルポン・アタの観光名所だ。市中心部から歩いても40分程度で行けるが、ミニバス303の終点がこの野外博物館になっている。

ミニバス303は役に立つ路線で、チャルポン・アタから隣町ボステリまで約15分ごとに走っている。幹線道路のソビエツキー通りを通るのでどこに行くにしてもこれを利用できるだろう。岩絵野外博物館へは、中心街で西に向かうバスに乗ると、ずっと西側を大廻りして野外博物館に着く。やや高台にまで登ってくれる路線なので、湖の景色もよく見える。料金は20ソム(35円)。乗車時に払う。

岩絵野外博物館の景観。柵で囲まれており、入場料80ソム。
比較的よく残っている岩絵。岩絵は全体的にはあまり保存状態がよくないようだ。氷河が山から運んできた岩石の原は、この地域に広く見られるが、ここは特に神聖な場所だったらしく、太陽その他天体への祈りがささげられていたという。岩絵は8世紀以降のイスラム教の普及で徐々に廃れた。イスラム教では偶像崇拝や人物・動物の描写は忌避される。
同上。
石人(バルバル)も。石人は、ヨーロッパから東アジアまでユーラシアに広く見られる遺物で、戦士などの墓に置かれたとも言われる。日本の埴輪との関係は不明だが、北部九州の古墳からは石製の埴輪のようなものが出土し「石人」と呼ばれている
湖がよく見える。

その他の名所

もう一つのハイライト、歴史博物館は残念ながら改修中で閉まっていた。
街の入り口に立てられたオルヤ・チャルポン・アタ廟(Oluya Cholpon Ata Mausoleum)。地元の篤志家の資金提供により2000年に建立。イスラム的な建築だが、「オルヤ」とはキルギス語で「ハロー」の意なので、この街に来る人への歓迎の意味を込めたオブジェと理解できる。チョルポン・アタは1926年に馬の生産・繁殖所の開設で街の基礎がつくられ、その後1965年のサナトリアム開設(労組の連合組織が所有するBlue Issyk-Kul Sanatorium)などでで観光地としても発展してきた。1975年に市に昇格。市の名称「チャルポン・アタ」は「長老の明けの明星」といった意味で、伝説的な占星術師や治療師のイメージと結びついている。

ルー・オルド文化センター

ルー・オルド文化センター(Ruh Ordo cultural center)。これも地元の篤志家の資金で建てられた文化複合施設で、チョルポン・アタの名所になっている。何よりもイシク・クル湖に面した美しい公園だが、そこに芸術性の高い多くの彫刻が立ち、キルギス文化の展示を始め、イスラム教、キリスト教、仏教を含めた祈りの場があり、図書館もあり、静寂の中で瞑想にふけれる環境がある。一回りして、何だこれは?という思いを強くしたが、単純な性格規定を拒む「公園=美術館=民族博物館=祈りの場」というコンセプトは面白い。
公園内にユニークでキルギス人の芸術的才能を感じさせる彫刻が多数野外展示されている。これは狼とともに民族の暮らしがあったことを示唆するような彫刻か。
仏教の廟もあった。
キルギス人にとっては「山」という対象が大きな存在であることを感じさせる。
動物との交流・交感も。
人々の暮らしの中にあったユルト(パオ)の展示もあった。