これがカスピ海だ (カザフスタン側アクタウ)

これがカスピ海だ。対岸は見えない。確かにだれが見ても「海」だ。

中央アジアの西端、カザフスタンのアクタウ(人口28万)から見たカスピ海。
湖岸の北方向を望む。
水も澄んでいる。口に含むとちょっとしょっぱい。海水の3分の1の塩分濃度。
岩場で釣りを頼む人々も。湖岸の南方向。
アクタウ市街中心付近にヨットハーバーがあった。港はやや離れている。

カスピ海はなぜ海か

カスピ海は世界最大の湖である。以上。ピリオド。

そうだよね、それが常識で、それで終わりだと普通は思っているよね。しかし、なぜかカスピ海は名前が示すように「海」と呼ばれている(アラル海も)。2018年に沿岸5か国の間で締結された「カスピ海の法的地位に関する協定」は、カスピ海を「海」と認定し、沿岸15海里を領海とするなど領海協定が適用されることで合意した。

海と湖の定義という難しい法律問題とは別に、ここでちょっと頭の体操をしてみよう。海とは何か。海は大きくて、湖は小さい。結局違いというのはそれだけなんだよね。地球は丸い。平面ではない。地球が平面で外側に海が無限に広がっているとするなら、海と湖の違いは明らかだ。しかし、実際の地球上の海は、いかに広いと言ってもやはり周り全体、四方八方は陸で、ある意味「囲まれて」いる(陸も海に囲まれている)。その意味では琵琶湖も、あるいは単に小さな水溜りでも、基本的には海と同じだ。有限で包囲された水域。大きいか小さいかだけの違い。

確かに太平洋、大西洋を含む海は大きい。それに比べればカスピ海は小さい。しかし、例えばインド洋が周りの陸塊が隆起して「海」から隔絶されたとしたらどうか。それでもまだ太平洋、大西洋を含む海の方が圧倒的に大きいから「インド湖」などと呼ばれる可能性はある。では、太平洋と大西洋が陸塊で分断され、しかもインド洋、南極海など他の海もだいたい大西洋側に行ってしまったとしたらどうだろう。ほぼ同じ大きさの「海」が別々に二つできたことになる。このどっちを海といい、どっちを湖と呼べばいいのか。大きいか小さいかの違いだけだったから、ほぼ同じ大きさになってしまうと区別しにくい、いや、区別不能になってしまう。

そう考えていくと、カスピ海を海と考えるのも許される。小さくなったアラル海も「海」のままにしておいて間違いというわけでもない。

中央アジア西の端のロサンゼルス

中央アジアの西端、カスピ海沿岸都市アクタウ(Aktau、人口28万)を知っているだろうか。まず知らないだろうし、どんなところか想像もつかないと思う。地図を見ると、まわりは砂漠地帯で他に何もないように見える。相当の辺境。私もそれ以外にイメージできなかった。

しかし、来て見て感じた印象は「これはロサンゼルスだ」。だだっ広い。駅から市街まで15キロあり、アメリカのような高速道路が走り(中央分離帯が単なる砂地)、ロサンゼルスのようにたくさんの車が走っている。かの街のような車社会だ。市街もソ連型都市だから、ある意味ロサンゼルスよりだだっ広い。

だだっ広いソ連型、ロサンゼルス型都市は嫌いだが、基本的なインフラがしっかりしている点は認めなければならいだろう。道路も歩道も街路樹帯も広く、建物も堅固で余裕がある。多少の都市化が進んでも十分耐えられる。むしろある程度都市化した方がちょうどよくなる。(逆に言うと、田舎町で都市化が進まないと、同様に広大につくられたソ連型都市は維持できず荒廃してしまう。)

むろん、こちらの市街地内には高速道路は通らず、規模も人口からしてロサンゼルス(市域単独で380万)よりずっと小さい。しかし醸し出す雰囲気はロサンゼルスであり、こんなアジアの果てに米西海岸都市が展開しているとは想像もしてなかった。来て見るべきだ。地球上にはまだ知らぬいろんな世界が展開している。

涼しい

気候さえも米西海岸に似ている。乾燥して空が青い。中央アジア中心部(タシケント、サマルカンド、ブハラなど)に比べると涼しい。9月半ば、朝晩はももひきをはくくらいになってきた。海からの涼風がある。サンフランシスコのオーシャンビーチや、ロサンゼルスのサンタモニカの海岸と同じだ。海沿いの崖に高級住宅地もあり、これもSFのシークリフやLAのパロスバーデス半島などを思い出させる。

アクタウの街の様子。中心部の市役所前広場。ここから出ているメイン・ストリートも広い。
アクタウ街中の風景。
ヨットハーバー南の崖に高級住宅地がはじまる。
市北部にかけてのカスピ海岸ではリゾート・ホテル、マンションの開発が進む。
海岸沿いに続く遊歩道。
本格的な港湾施設は市中心部からかなり南の方にあるようだ。

ヌクスからアクタウ:列車予約のからくり

9月13日、ウズベキスタン北西部の街ヌクスから、カスピ海岸アクタウ(マンギスタウ)まで直通列車で行った。19:43発、翌16:47着の22時間、寝台車23,465テンゲ(約6,400円)だった。

この列車予約がなかなか曲者である。そもそも週3便しかない。そして常に満席になっているようだ。例えば2025年3月の情報で、「60日前に予約しても空きがない」「道路が閉鎖されていて鉄道の予約がはじまるとすぐ売り切れる」という報告がある。私もこれを見てあせり、すでに1週間前くらいになっていたので、あわてて予約手続きに入った。

結果、これにはからくりがあることがわかった。ウズベキスタン側のサイトだと予約できないが、カザフスタン側のサイトなら予約できる。ヌクスからアクタウに行くはウズベクからカザフへ国境を超えるが、そのうち、カザフ側から予約すれば予約できるということだ。私も最初は、ウズベキスタン側の次のサイトで予約を試みたが、満席で予約できなかった。

https://eticket.railway.uz/en/
https://12go.asia/en/operator/uzbekistan-railways

しかし、カザフスタン側の次のサイトを使うと、数日前でも予約できた。

https://tickets.kz/

なぜこうなるのか、常にこうなのか、真相はわからない。しかし少なくとも、2025年9月上旬の私の試行ではそうなった、ということだ。それを報告しておく。

ヌクス駅で。列車が入ってきた。

カザフ国境を越える

出発してすぐ夜になった。未明にはカザフスタン国境を越えた。(そのときのひと悶着については別稿参照)。

カザフ西部の砂漠地帯が続く。
続く。
続く。
カスピ海が近づくにつれて街も見えだした。
アクタウ近くのマンギスタウ駅に着く。アクタウへはこれがアクセス駅になるのだが、アクタウ市街地までは約15キロある。バスを探そうと思っているうちに、たちまち相乗りタクシー争奪戦に囲まれ、2000テンゲ(600円)と安いので、それに乗ってしまう。実は市バスもあり70テンゲ(19円)で行けた。事前の情報収集をおろそかにしているとこうなる。
不思議なモニュメントのある十字路付近で降ろされた。バザールの近くなら安宿があるので、運転手には「バザールまで」と言った。確かに写真左手には小さなバザールがあり、順当なところだろう。本格的なバザールは郊外にあるようだ。中心部までは2、3キロある。上等だ、歩いてやろう。
第二次大戦中の戦没者の慰霊碑。
その近く。おお、栄光のソビエト連邦よ。ミグ戦闘機だ。
ソ連時代の彫刻や絵画はほとんど破棄されているが、女神や女性像などは比較的残っている。写真は、典型的なソ連時代団地の壁画。1時間近く、この辺を歩き回ったが安宿はない。海辺のちょっと安そうなリゾートホテルらしきものがあったので入って聞いたら、ビジネス・ビルだった。ちょうど出てきた青年が英語を話し、安宿探しを手伝ってくれる。

親切な若者

青年は20歳でヌレ君。ちょうどビル内IT企業の仕事が終わって出てきたところだという。この辺には安宿はない、といったホテル事情を説明したり、アプリで安宿を探してくれたりした。結局すぐ近くに1万テンゲ(2700円)の宿を探し当ててくれた。

トイレシャワー付きで、エアコン、冷蔵庫、テレビ、電気ポット付き。窓からの眺めもよく、何よりも全体が極めて清潔だ。後述の通り場所もいい。お勧め宿、Hotel Dusha。ヌレ君には最大級のお礼を言い、ハグしあって別れた。

左が雑貨屋で、その右に小さなホテル入り口がある。
宿の場所もいい。団地に沿って少し海の方に歩ていくと、海岸に出られる。市街域の海岸はほとんど私有地になって入れないのだが、ここは公園で、自由に入れる。気のすむまでカスピ海が堪能できる。
他にも街から海に出られそうな場所はあるが、こんな藪を通らねばならず、行きにくい。
さあ、たっぷりとカスピ海をご堪能あれ。