旅愁

旅路にて目覚めると窓に曇った空が広がる。ここはどこなのか。街路の人々のざわめきや鍛冶屋の鉄打ちの音が聞こえる。

自分がどこの異郷に居るのかわからなくなる感覚。これが若い頃から好きだった。日常から離れ、どこか遠い世界への超絶した感覚を味わう。異郷感、月並みな言葉で言えば旅愁か。

若くもなくなってくると、これにもう一つ別の感覚が伴う。そろそろこの世界に別れるときが迫る。これまでの人生自体が旅だった。そして私の居るここはどこだったのかという新たな異郷感。

旅の中で異郷感を感じるといってもせいぜい地球のどこか一地点であることに変わりない。しかし、人の生きてきた人生という旅は、どこの異郷での経験だったのか。太陽系の、銀河系の、三次元宇宙の、と広げても、根本的にはわかっていない。ここはどこなのか。それもわからず、ここで私たちは百年近くを生きてきてしまった。

最も深い所でわからない異郷。そしてそこに存在しやがて去っていくことになるという旅愁。老人の旅には別の意味での彷徨が伴う。