アラルからクズロルダ  シルダリア川を見る

次の目的地アスタナ

アラル(ロシア語でアラリスク)からカザフスタンの首都アスタナに向かう。アスタナはアラルよりもさらに北で、緯度的には樺太北部に相当する。涼しいだろう。なにしろカザフスタンの首都だ。行かないわけにはいかない。カザフ北部はロシア系が多いと聞く。「ロシア人保護」のためウクライナの次にロシアの標的になりかねない。シムケントもそうだったが、カザフの「未来型都市型開発」にも興味がある。

アラルからアスタナへは、カザフ中央部の砂漠地帯ジェズカズガンを経由する魅力的な鉄道ルートがある。さっそく、宿隣の駅に行って切符を買おうとしたら、10日くらい前まで売り切れという。じゃあ、アスタナまでどうやって行けるか、言語不通で苦労してやり取り。居合わせた別の駅員が、クズロルダまで行けば、ジェズカズガンまでバス便があると言う。そこに行くことにした。

クズロルダはシムケント方向に戻る形となるが、アラルも属するクズロルダ州の州都。人口16万の地方中核都市だ。あまり知られていないが、1925年から1927年までカザフ自治ソビエト社会主義共和国の首都だったこともある街だ(27年からアルマトイが首都)。上記ジェズカズガン経由アスタナ行き列車もここが始発らしい。(それが北回りのアスタナ行きで、他にシムケント経由の南回りアスタナ行きもあり、共にグズルオルダが始発のようだ。)

クズロルダは、モスクワまで続いている幹線路トランス・アラル鉄道上にある。翌日のアラル発切符が問題なく買えた。

カザフ鉄道の旅

7月15日早朝6時。アラル(Aral Tenizi)の駅にクズロルダ方面に行く列車が入ってきた。約5分の停車で出発。
中央アジアの鉄道は、長距離のためもあり、基本的に寝台列車だ。片側に廊下があり、2等の場合、寝台4席(2段2列)の部屋(コンパートメント)がある。3等は3段の開放型だが、早く売り切れ、だいたい2等になることが多い。
2段の寝台シート。上段に上るにはなかなか力が要る。
各車両2つ程度のトイレがある。この列車は新しいらしく、きれいで、線路への垂れ流しでなくタンク蓄蔵方式だった。
外の景色は、しばらくこのカザフ平原の景観が続く。
続く。日本の箱庭景観から来ると、こうした光景は貴重だが、こればかり見ているとやがて飽きてくる。乗客も午前10時になってもシャッターを下ろして寝ており、喜んで外をみているのは私ぐらいだ。

バイコヌール宇宙基地

このトランス・アラル鉄道に沿ってバイコヌール宇宙基地がある。ソ連・ロシアの宇宙開発の中心になってきたロケット発射施設で、1961年人類発有人宇宙飛行を行ったボストーク1号もここから発射され、歴史をつくった(ユーリイ・ガガーリンを乗せ、地球を1周)。列車から見えるか注意していた。

列車左、北方向地平線近くに何やらそれらしき施設が見えるが、確証はもてない。

バイコヌール宇宙基地は、実はチュラタムという町にあった。バイコヌールはそこから北東320キロも離れた鉱山町(現人口400人)だ。最高機密の基地だったので、場所をごまかしていたという。鉄道の駅はチュラタムで、その北20キロのところにバイコヌール宇宙基地がある。そこで働く人の住居を含めて、宇宙基地のための都市がチュラタム南部につくられ、1966年に市として独立し「レニンスク」と称した。しかし、「バイコヌール」があまりにも有名になってしまい、ソ連崩壊後の1995年、レニンスクがバイコヌールと改称された。(つまりカザフスタンには古く小さいもとのバイコヌールと近代科学都市バイコヌールの2つがあるということ)。かつては、場所を悟られないように、列車が通るときには電気を消したともいう。しかし、現在は、手続きが大変そうだが観光もできるし、グーグルマップでもちゃんと見れる。カザフスタンの土地だが、2050年までロシアが租借している。

バイコヌール宇宙基地に近いチュラタムの駅。
チュラタムの街の南にバイコヌールの街が見える。

シルダリアに沿ってシルクロード

トランス・アラル鉄道はこの辺ではシルダリア川沿いを通る。しかし、川は遠く、なかなか見えない。それはそうだろう、こんなに広い平原があるのに、わざわざ氾濫するかも知れない川近くにレールを引く必要はない。

中央アジアにはシルダリアとアムダリアという二大河川が通っている。天山山脈、パミール高原、ヒンドゥークシュ山脈などから雪解け水を集め、共に中央アジア平原を北西方向に流れ、アラル海に注いでいた(現在は、水量低下で、アムダリア川はアラル海に出る前に砂漠に消える)。海まで行かない内陸河川だが、その全長はともに2000キロを超え、北海道北端から九州南端までの距離に匹敵する。

この両河川に沿ってシルクロードの街々が発展した。シルクロードというと、砂漠を行くラクダの隊商をイメージするようつくられてしまっているが、少なくともこの辺では、緑多い川に沿った交通路が開けていたはずだ。あくまで私の勝手な推測だが、この地域を始め、シルクロードでも舟による河川交通が行われていたところが多いのではないか。先入観にとらわれてその辺の研究が十分なされていない可能性はないか、と思うがどうか。

この辺の河川は流れが緩やかで河川交通にはもってこいと思うが、川舟が行き来するシルクロードではまったく絵にならないだろう。

*なお、「ダリア」はペルシャ語で「川」の意味があり、厳密にはシル川、アム川と表記すべきと思われる。しかし、わかりやすさを優先して「シルダリア川」「シルダリア」などの表記を併用する。

シルダリア川は鉄路のかなり遠くに見えるだけだが、まれに、写真のように鉄道ルートに近づくこともある。
同上。
都市が川沿いにできているのだから、駅に着けばシルダリアも近いはず。特にクズロルダは街中をシルダリアが流れているので、楽しみにしていた。クズロルダが近づくと川を渡った。シルダリア支流のカラ・オゼク川と思われる。
クズロルダに着いた。立派な駅舎だ。
駅前広場。この左手にマシュルートカなどの発着場、この先の方に長距離バスの発着場があった。いずれの発着所でも、カザフ中央部ジェズカズガンに行くバスはない、と言われる。

アスタナ行き バスも鉄道もだめ

アラル駅で、クズロルダに行けばジェズカズガンに行くバスがある、と聞いてここに来たのに当てがはずれた。もっとも、言語ほぼ不通の状態で得た情報だったから、聞き間違えだったかも知れない。このクズロルダでの心もとない聞き取りでも、本当は、朝にでも来ればあったが午後になっちゃあないよ、というようなことだったのかも知れない。英語圏でなくロシア語圏の中央アジアではこんな情けない状態で旅を続けることが多い。

それではしかたない、鉄道で行くか、と駅で聞いたら、鉄道でもここ数日のアスタナ行きは売り切れとのこと。で、アルマトイ行き切符を買った。主要路線だからだろう当日券もあった。アスタナ行きをあきらめてアルマトイ集中方針に切り替える他ない。(変わり身が速いというか、アバウトというか…。)

と、旅の難題を片付けてから、この街に来たもう一つの目的、シルダリア川見学に出かけた。駅から南方向に2キロほど歩けばシムダリア河岸に出るはず。再び頭から水をぶっかけ、歩いていく。

クズロルダのシルダリア川

クズロルダのシルダリア川。上流方向。
同下流方向。何か土木工事が進行中だ。いずれにしても、水量は少ない。

シルダリアはこの辺で二手に分かれ、写真に見える対岸は実は中州だ。一本にまとまっている全体のシルダリアが見たいと思い、バスに乗った。それらしき方向に行くバスに適当に乗るが、最初のバスはあらぬ方向に行ってしまい、失敗。次に乗ったバスは(番号を控えるの忘れ)、市南部方向に向かい、徐々にシルダリアに近づく。橋の手前で降りて川に向かった。クズロルダ水力コンプレックス。橋だがダムになっており、水力発電と、適切な量の河川水量を調節する施設だった。

クズロルダ水力コンプレックス。市から南方向に行く主要路の橋だが、下がダムになっている。水力発電をすると同時に、アラル海消滅対策の一環として、適切な水量が下流に流れるように調節しているという。1939年に建設されたが、第二次大戦後、日本兵捕虜を使って大規模改修されたという。
上流方向。ダムとはいえ、十分な水量があるように見える。
下流にも同程度の水量が流れているように見えた。