移民の増大と犯罪減少

10年で1000万人の移民が入る

アメリカでは1960年代まで差別的な移民政策が取られ、ヨーロッパ以外からの移民がほとんど途絶えていた。しかし、60年代の公民権運動の高まりの中で1965年に各国平等受け入れを基本とする新移民法が通り、以後、中南米、アジアからなどの移民が拡大した。

1970~1980年代には年間50万人前後の移民が入り、それ以外に密入国、オーバーステイなどの「不法移民」(未登録外国人)も500万人以上が滞在すると言われるようになった。1986年に不法移民をやとった雇用者への罰則を規定した「移民改革統制法」が可決されたが、これは同時に1982年から滞在する未登録外国人を合法化するという「アムネスティ」も導入した。これにより1990年代にかけて270万の不法移民の合法化(正規移民化)が行われた(岡部一明『多民族社会の到来』御茶の水書房、1990年参照)。

これを含め1990年代には10年間で1000万近い正規移民が入った。その後も、メディア報道では移民取り締まり強化ばかりが強調されるが、実際は表1の通り移民が増えるばかりだ。現在では年間110万人が主に中南米、アジアなどから移民している。それ以外に、1100万と推定される未登録外国人が存在する(正式統計はないが、メディアなどではこのピュー研究センターの推計がしばしば引用されている)。彼らを再び合法化しようかという議論も出ているが、2015年に、反移民を声高に唱えるトランプが大統領に選出された。

トランプを非難できるか

1986年移民法で300万近い不法移民合法化が行われたときも驚いたが、現在年間110万に増えた正規移民数も衝撃的だ。広島市や仙台市の人口が毎年、移民してくるということだ。10年間では1000万人を超え東京都の人口に近づく。未登録外国人も含めると確実にそれを上回るだろう。トランプ大統領の反移民強硬姿勢に米国で批判があるし、日本でもあきれた顔で見てると思うが、レベルの違う段階の議論であることを日本人としてはわきまえるべきだろう。日本で毎年50万人の外国人が入り住むようになったらどうなるか。どんな反応が起こるか。国境に壁をつくらなくても四方が海で囲まれている。トランプ氏が目指す理想のずっと先まで行っているのが日本だ。

表1、米国への移民の変遷

出身国別の移民数は、日本を除いて、2016年の数が2万人を超えた国のみを表示。資料:U.S. Department of Homeland Security, 2016 Yearbook of Immigration Statistics, November 2017, Table 2

表2 米国の外国生まれ人口(出身国別)2016年

*注:米国人口は約320,000,000人。外国生まれ44,000,000人は総人口の約13.5%。

資料:U.S. Bureau of Census, “Place Of Birth For The Foreign-Born Population In The United States,”

ヒスパニック、アジア系が急増

表1,2をじっくりと見て欲しい。いろんなことがわかる。1950年代は半分以上がヨーロッパからの移民だったが、現在それは1割以下。代わってメキシコをトップに中米、アジアからの移民が8割を占める。アジアからの移民では1980年代以降の中国系の伸びが大きい。この表の「中国」は香港、台湾を含んでおらず、またベトナムからの移民には中国系も多いので、全体として中国系移民は相当数になる。インド系も増えている。日本は1950年代にはアジア最多だったが、あまり伸びず、現在は年間5000人台。

こうした移民の流入により、現在、アメリカの外国生まれ人口は4374万人。これは米国市民権取得者(帰化者)、永住権者、長期滞在者を含み、未登録外国人を含まない。米国で生まれた移民の子どもたちも含まない。米国の総人口3億2341万人の13.5%に当たる。メキシコ系がダントツに多いが、インド、中国、フィリピン、ベトナム、韓国などアジア系も延びている。

移民の多数がニューヨークに向かう

これら大量の移民は、米国内のどこに向かうか。それを示したのが表3である。ニューヨーク都市圏(New York-Newark-Jersey City, NY-NJ-PA Metropolitan Statistical Area)が全体の16.5%を占め、圧倒的に多い。次いでロサンゼルス圏。同圏をはじめ、サンフランシスコ、サンノゼ、サンディエゴ、リバーサイドなどカリフォルニア州諸都市に向かう者も総数ではニューヨーク圏と同程度となっている。

表3、都市圏別の永住権取得者(移民)数(都市圏=Core Based Statistical Area)

資料:U.S. Department of Homeland Security, 2016 Yearbook of Immigration Statistics, November 2017, Table 5

ニューヨークにシカゴ規模の外国出身者の街がある

ニューヨーク市の人種構成は表4のように変遷している。非ヒスパニック系の白人が1970年には6割を超えていたのに、2010年には4割台となった。それに代わりメキシコやカリブ海諸国などからのヒスパニック系が16%から28%、中国系をはじめとしたアジア系が1%から13%へと増えた。外国生まれ人口(移民一世の数)も1970年の144万人(人口の18%)から2010年の304万人(37%)に増えた。300万という数はシカゴの総人口270万を超えており、ニューヨークにはシカゴ規模の外国出身者の都市があることになる。

表4、ニューヨーク市の人種構成・外国生まれ人口 歴史的変遷

*注:「ヒスパニック」は人種概念とは異なり、ヒスパニックの中にも白人、黒人、アジア系が居る。現在では、ヒスパニック系でない白人、ヒスパニック系でない黒人、ヒスパニック系でないアジア系などの数を正確に出しているが、時代をさかのぼると(特に白人以外では)はっきり出ていない。したがって、この表の白人、黒人、アジア系などは中にヒスパニック系が含まれる数を示した。

資料:”Demographic History of New York City,” Wikipedia

表5、ニューヨーク市の外国生まれ 出身国別内訳 2016年

資料:U.S. Bureau of Census, “Place of Birth for the Foreign-Born Population in the United States,” 2016 American Community Survey 1-Year Estimates.

移民増大で犯罪は増えたか減ったか

この移民の増大は、ニューヨーク市の犯罪減少にどのような影響を与えたか。前稿まで取り上げてきたカーメンの『ニューヨーク殺人ミステリー』(Andrew Karmen, New York Murder Mystery, New York University Press, 2000)は、移民増大が犯罪減少につながったと結論づけている。犯罪撲滅のための政策提言の2番目に移民拡充をあげ、「勤勉に働く移民を市の多文化複合の中に招き入れることは、犯罪撲滅策としてあまり提起されることのない懸命な社会政策である」としている(同書、p.165)。以下、彼の移民増大と犯罪に関する分析を追ってみる。

『ニューヨーク殺人ミステリー』は2000年出版だが、すでにこの頃まででもニューヨークへの移民集積は相当な規模になっていた。次のように言う。

「米国勢調査局によると、1970年代初期、ニューヨーク市の外国生まれ人口は約18%と、20世紀最低のレベルに落ちていた。しかし、1990年代末にはかつてなく高いレベル、ニューヨーク市住民総数の36%(270万人)にまで増えた。その子どもも入れれば、ニューヨーカーの55~60%が移民者かその子どもとなった。推定40万人の未登録外国人を含めるとこの比率はさらに高くなる。」(同書、p.216)

外国生まれ人口が増えた割には受刑者は増えていない

この膨大な外国人流入が犯罪率に与えた影響を、カーメンは囚人中の外国生まれ数を見ることで検討する。

1990年代にニューヨーク市が犯罪取り締まりを強化して以来、ニューヨーク州刑務所の受刑者は増加した(州刑務所受刑者の68%がニューヨーク市で犯罪を犯して収容された者)。州刑務所資料によると、1985年に34,620人だった受刑者は1998年には約2倍の70,005人となった。外国生まれ受刑者も増え、85年の2,630人(受刑者総数の8%)が、98年の9,180人(13%)となった。しかし、一般人口中の外国生まれ割合もこの時期非常に大きくなったので、それから見ると受刑者中の割合は必ずしも高くない。85年のニューヨーク市の外国生まれ人口は26%、96年は36%だったのに対し、受刑者割合はその3分の1程度だ。そこで、「1980年代、1990年代にニューヨーク市に住んでいた貧しい移民たちは、若年男性層が多かったにもかかわらず、驚くほど法を遵守していたことが見て取れる」との結論に至った(同書、p.221)。

コカイン取り引きの影響

さらにカーメンは、より厳しい考察になるが、出身国別の受刑者数も調べている。すると、外国生まれ受刑者の4分の3が中南米出身で、特にドミニカ共和国、コロンビア、キューバ、ジャマイカの4カ国出身者で3分の2を占めた。多くはクラック(コカイン)取り引きと関係のある国であり、キューバの場合は、1980年の「マリエル・ボートリフト」事件もあった(カストロの許可が出たため12万5000人の難民が米国(主にマイアミ)に押し寄せたが、その中には受刑者など問題を抱えた人物もかなり含まれていたとされる)。そうした国からの移民社会では「特に、1980年代後半から1990年代初めにかけてのクラック禍ピーク時に、一定層が薬物取り引きに引き込まれてしまった」ため犯罪率が高まったとしている(同書、p.223)。

冷戦後の旧ソ連地域、中国からの移民

しかし、全体的には移民の間の犯罪率は低い。特に、1989年12月のベルリンの壁崩壊、1991年12月のソ連崩壊を受け、1990年代に旧ソ連地域、中国から移民してきた人たちはそうだった。次のように言う。「1990年代には、80年代よりさらに多くの人々が海外からニューヨークに押し寄せた。(トップの)ドミニカ共和国からの移民は52%増えた。2位だったジャマイカは27%減で4位となり、代わって旧ソ連地域からの移民が884%という驚異的増加で12位から2位に上昇した。3位は引き続き、本土、台湾、香港を含めた中国だったが、これも33%増大した。/1990年代のロシアや中国からの移民たちは、他のグループに比して問題を起こすことが格段に少なかった。1990年から1994年にロシア(そしてウクライナなどその他旧ソ連地域)から流入した6万6000人の大量移民がニューヨークの治安を改善した。」(同書、p.223)

1990年代末、ニューヨーク市内の旧ソ連地域からの移民は20万人(人口の2.5%)だった。しかし、ニューヨーク州刑務所内受刑者7万人のうち旧ソ連地域出身者はわずか70人(受刑者全体の0.1%)。同じく中国系移民は市内人口26万人(全体の3.2%)(注:カーメンは示していないが、2000年国勢調査統計による)に対して受刑者数は206人(受刑者全体の0.3%)だった。冷戦終結の思わぬ余波だったとして次のように言う。

「ニューヨーク市は、1990年代初めの世界を揺るがした政治的転換で、知らないうちに益を受けていた。冷戦と超大国対立が突然終息し、権威的な共産主義社会で育てられた人々の大量脱出がはじまった。これら極めて法順守的な難民がニューヨークに来ることで犯罪の波は抑止された。」(同書、p.224)

多文化主義の実験が犯罪を減少させる

それ以外に、この時期の移民があまり犯罪を犯さなかった理由として、全体的に女性が多かったこと、高学歴・専門技術を有する者が多かったこと、米国内の人種差別も「最悪の時期は終わっていた」ことなどをあげている。彼らは、特に出身国の劣悪な条件に比較するとき、米国の方が機会があると感じ、勤勉に働くことができた。興味深いことに、同じ黒人、ヒスパニックでも外国生まれの方が米国生まれ黒人、ヒスパニックよりも就業率、所得で高いレベルを示した(同書、p.224)。例えば、1990年国勢調査によると、米国生まれ黒人の貧困率が27%なのに対して、外国生まれ黒人のそれは15%程度。ヒスパニックの貧困率も国内生まれ37%に対し外国生まれは25%にとどまった(同書、p.231; New York City Department of City Planning, Annual Report on Social Indicators, 1985–1997)。これらからカーメンは次のような結論を出す。

「結局、1980年代と1990年代のニューヨークへの移民増大は、非常にポジティブな社会経済条件となった。彼らは、住民流出でさびれていた地域に居住し、深刻な人口減を防いだ。勤勉に働き、これらの地域を活性化した。住むだけでなく、ビジネスし、ショッピングして公共的空間を再生し、それによって屋外犯罪を抑止した。121の言語を話す人々がこの街に住み着いた。この特に計画したわけではない多文化主義の社会実験は、底なしに悪化する犯罪率にブレーキをかけ、それを逆転さえした。1990年代ニューヨークのかつてない民族的多様性を、デービッド・ディンキンズ市長は『豪華なモザイク』と呼んだが、これが犯罪を減少させるもう一つの要因となった。」(同書、p.225)

外国生まれ人口は若年層が少ない

カーメンの議論に同意する。しかし、結論を出すのが少し早すぎたと思う。彼は犯罪率の検討に外国生まれ人口を用いているが、外国生まれ人口はもともと若年層が少ない。子どもやティーンエイジャーが単独で移民してくることはほとんどなく、多くは20代後半以降になって、専門的能力を身につけ、あるいは米国市民と結婚して入国して来る。子連れ移民もないことはないが(私たち家族もそうだったが)、多くはない。国勢調査局の外国生まれ人口報告書の年齢構成グラフ(Figurer 6)を見れば一目瞭然だ。米国内生まれが(さすがにもはやピラミッド型ではなく)釣り鐘型になっているのに対して、外国生まれの年齢構成グラフは30才台を最多とする縦ひし形(つまり◇)になっている。青少年層は少なく、子どもはほとんど居ない。通常これはあり得ず、絶滅迫る社会の年齢構成グラフだ。

移民は子どもが多い。しかし、米国に来てから生まれる子ども(移民2世)は一般アメリカ人と同じ「米国内生まれ」(ネイティブ・ボーン)になってしまう。移民の子であろうが、留学生の子であろうが、アメリカで生まれれば「ネイティブ・ボーン」と見る。そうやってアメリカ社会はつくられてきたのだ。だからこの統計取得方針は極めて正しい。しかし、その結果出てくる「外国生まれ」人口は問題をかかえがちな若年層をほとんど排除してしまう。親世代中心の「外国生まれ」人口の中で犯罪が少なくなるのは当然だ。

人種別人口から犯罪率を比較する

米国生まれの2世を含めた移民数を算出するのは煩雑で、また、犯罪関連にはそうした区分での統計はない。人種別情報を利用する以外ないだろう。ヒスパニック系とアジア系がほぼ移民社会に相当すると考えることが可能だ。残念ながら旧ソ連地域からの移民はほとんど「白人」の中に隠れてしまうが、おおよその傾向はつかめるだろう。

表6は、ニューヨーク市警が毎年発表している人種別の逮捕者統計だ。軽罪(midemeanor、1年以下の禁錮)と、重罪(felony)の中の殺人の逮捕者のみを掲げる。軽罪には窃盗、売春から路上飲酒、薬物所持、落書き、不法侵入などまで多様な犯罪が含まれる。これだと、黒人やヒスパニックが集中的に逮捕されている可能性もあるので、重罪(殺人、強盗、強姦、放火など禁錮1年以上となる深刻な犯罪)の中の、特に殺人での逮捕を重視する。殺人での逮捕であれば人種によって手加減の生じる余地はほとんどない。

殺人逮捕者は、ヒスパニック系でやや高い比率(市人口割合29%に対して逮捕者割合36%)になるが、アジア系は著しく低い(市人口割合14%に対して逮捕者割合4%)。両者を合わせると市人口割合43%に対して逮捕者割合40%となる。これに旧ソ連地域からの移民の低い犯罪率を加味すれば、やはり移民社会の犯罪は低いと言っていいだろう。

(なお、ここで、黒人の殺人逮捕者は逮捕者総数の52%なのに対して、軽罪での逮捕者は41%と低い。ヒスパニック系、アジア系の場合は両方とも同程度だが、白人の場合は、殺人での逮捕7%に対して軽罪での逮捕18%と高くなっている。これだけを見れば、予想に反して、白人の方が些細な罪でも厳しく取り締まられているということになる。あるいは白人はどちらかといえば軽罪を犯すことが多い、と解釈すべきなのか。)

同様の傾向はニューヨーク州刑務所の受刑者数(表7)でも見られる。アジア系は州人口割合で9%なのに受刑者中の割合では0.5%と極めて少ない。ヒスパニック系は、19%に対して24%と若干多い。両者を合わせると、州人口割合28%に対して受刑者割合は24%だ。

ちなみに、カーメンが検討していた外国生まれ受刑者数は、2016年には、総数51,744人の内の4,968人(10%)となっている。1998年の9,180人(13%)からも減少した。

表6、ニューヨーク市犯罪逮捕者率 人種別 2016年

資料:New York City Police Department, Crime and Enforcement Activity in New York City (Jan 1 – Dec 31, 2016); U.S. Census Bureau, “2016 American Community Survey 1-Year Estimates, Demographic And Housing Estimates

表7、ニューヨーク州刑務所受刑者数 人種別 2016年

資料:State of New York Department of Corrections and Community Supervision, Under Custody Report: Profile of Under Custody Population As of January 1, 2016; U.S. Census Bureau, “Quick Fact, New York“; U.S. Census Bureau, “2016 American Community Survey 1-Year Estimates, Demographic And Housing Estimates

麻薬取り引きの影響

ヒスパニック系で犯罪率が若干高くなるのは、やはりカーメンが指摘した薬物取り引きの問題が依然として尾を引いているためと考えられる。カリブ海地域、中米諸国は麻薬貿易に深く関わり、その米国内移民社会の一部が巻き込まれているという問題だ。1990年代のクラック・コカイン禍の時にはコロンビアが震源地となったが、現在はメキシコで薬物ギャングの殺し合いが深刻な状況になっている。米国は薬物の世界最大の消費地であり、そこでの犯罪率は、この国際的な薬物取り引きと大いに関係があり、その犯罪動向の一部となっている側面がある。

例えば、米国内犯罪が最高潮に達した1990~1991年当時はコロンビアのメデジン・カルテルの全盛期で、メデジン市は「世界の犯罪首都」と言われ、1991年の同市内殺人が10万人当たり375人(日本の350倍)となった。しかし、その後、カルテル間抗争や政府の掃討作戦が強まり、1993年には大ボスのパブロ・エスコバルが殺害されたこともあり弱体化した。その後、米国でもコロンビアでも犯罪が減少している。米国内の犯罪動向を国際的ネットワークの中で分析する視点がさらに必要だろう。

若年層の多いヒスパニック系

もう1点。ヒスパニック系の場合、他の米国内集団と異なり、犯罪率が高くなりがちな若年層人口が多い。

表7はニューヨーク市の人種別年齢別の人口を表している。これを見てまずわかるのは、やはり活力あるニューヨークを目指して、25~39才を中心に、まさに働き盛りが(国内からも海外からも)この街にやってきているということだ。子どもと高齢者層は少なく、人口が働き盛りに集中している。産業促進のためには理想的な形だ。

しかし、その中でヒスパニック系の場合は、25才以下から子どもの年齢帯にもある程度の人口集中が見られる。集団内の15~24才年齢層が15%と、他の人種グループに比べて高い。さらに、年齢層ごとの市全体の人種構成を示した表8を見ると、24才以下の年齢層すべてでヒスパニックが35%前後と、最大の民族集団になっている。アジア系の3倍程度で、白人の数よりも多い。このまま行けば、ニューヨークはヒスパニック系が最大の民族集団になることを示す驚くべき数字だが、「デモグラフィック」な理由で犯罪が多くなることもこれで説明されるだろう。

表7、ニューヨーク市 人種別年齢別人口 2015年

*この場合の人種統計は、非ヒスパニックの白人、非ヒスパニックの黒人、非ヒスパニックのアジア太平洋系の数を示しており、ヒスパニックとの重複がない。なお、アジア太平洋系の内、太平洋諸島系の人々は4,940人で全体の0.1%、アジア太平洋系の中では0.4%である。

資料:New York City Department of Health and Mental Hygene, Summary of Vital Statistics 2015, Table PC2 (US Census Bureau, Population Estimates, 2015)

表8、ニューヨーク市 人種別年齢別人口 2015年(各年齢層ごとの人種割合)

資料:同上

若年層が少ないアジア系

逆にアジア系は15~24才年齢層が他のマイノリティー集団より少ない(アジア系内年齢別で12%、市人口の同年齢層内で13~14%)。アジア系の犯罪率が低いのはこの点も要因になっているだろう。それどころか、表7で見る通り、15才以下年齢層も集団内割合が市平均より低く、全般に子どもが少ないことがわかる。アジア系は年老いた親の呼び寄せ移民も多く、全体的に高齢化が進んでいる。

移民社会では、常に働き盛りの年齢層が移民で補充されてくるので、決定的な高齢化社会にはならない。受け入れ国としては、子育てのコストをかけずに労働力人口を増やせるので有利だ。しかし、働き盛りもいずれ高齢化していく。米国へのアジア系移民は1965年移民法で人種差別的制限が取り払われてから増加した。中国系の場合は1980年代から増えている。1980年代に移民した30才台の人も、今では60才台になる。表7の通り、アジア系はこのあたりの年代で集団内人口割合が増え、50~64才で、高齢化の進む白人層を上回るようになった。65才以上では、まだ白人高齢者の集団内年齢別割合の方が高いが、今後、この年代でも徐々にアジア系高齢者の年齢別割合が増えていくだろう。

アジア系の高齢者が全体の16%に

2016年に、「アジア系アメリカ人連合」(AAF)が、米最大の高齢者組織「アメリカ退職者協会」(AARP)の支援で、ニューヨーク市のアジア系高齢者の調査を行った。アジア系高齢者は、同市内50才以上の16%を占めるようになったにも関わらず、文化的・言語的な困難から福祉面で適切な支援が得られていないと警告する報告を出した。

これによると、ニューヨーク市の50才以上のアジア系は2000年の178,000人から2014年の372,000人へと2倍以上増えた。年間5.4%の伸びで、全体の伸び率0.7%を大きく上回る。最も数が多いのが中国系高齢者で55%、次いでインド系(16%)、フィリピン系(8%)、韓国系(8%)。1970年以降の移民急増期に来た移民者が高齢化していることもあるが、老齢の親の「呼び寄せ移民」も多く、市内50才以上アジア系の5分の1が2000年以降の移民者である。(この呼び寄せ移民ははっきりした数がわからないが、例えば2016年の米国への中国系移民81,772人のうち、老親を含む「米市民の近親者」の移民区分が31,658と最も多くなっている。インド系、フィリピン系でも同様の傾向。)

インド系やフィリピン系はある程度英語が話せるが、中国系、韓国系、ベトナム系、カンボジア系はあまり英語が話せない。LEP(limited English proficient)高齢者が90%以上を占める。アジア系全体でも68%に上り、非アジア系の26%より高い。年金(ソーシャル・セキュリティー給付)を得ている人は56%で、非アジア系高齢者の69%より低い。健康保険加入者も86%で、非アジア系高齢者92%より低い。アジア系は一般に所得が高いのだが、高齢者層では、貧困ライン以下が20%と、非アジア系の18%より貧しい。

文化、言語の違いから、アジア系は通常の福祉が受けにくく、何らかの高齢者福祉センターに通うのは48%にとどまる。既存のシニアセンターは、こうした民族的文化的マイノリティーへのサービスに慣れていない。アジア系シニアセンターもあるが、そこに支出される市高齢者局予算は全体の2.4%に過ぎない(2002~2011年度平均)。今後のアジア系高齢者の急増を考えると、この面での対応が急務だと警鐘を鳴らした。