多発する犯罪、懸命の治安対策、世界トップの所得格差、ジニ係数0.63

住宅街には犬が居る

住宅街を散歩でもしてみるか。宿から駅の反対方向に歩き出した。道路に歩道がない。ん?歩いちゃダメということか。移動は車だけ、ということ?

1ブロックも行かないうちに、犬に吠えられた。一頭が吠えると、隣家の犬も吠える。さすがに路上放し飼いではない。頑丈な塀の中から吠えている。と思ったら子犬が路上に出ていた。子犬なら危険はないとでも言うのか。しかし、やはり吠えてくるぞ。思わず踵を返したらこっちに向かってくる。犬には背中を向けてはいけない。彼の方を向きなおしてじりじり退散した。

住宅街は閑静で快適そうだ。歩いてみよう。ん?歩道がないぞ(芝生になっている)。と、この写真を撮ったすぐ後、近所の犬たちが次々に吠えだした
見るからに頑強そうな犬を配している家もある。

駅の方に行くほかない。駅周辺には風体あやしからん人々がたむろしたり、座り込んだり。しかし、犬と違って人間は人をかまない。そうか、こっちの方が安全なのだな、と気付いた。用もなく座り込んだりするアフリカ人たちも、怪しい人ではない。故郷の村ではこうやって道端で休んでいるのが日課だったに違いない。住宅地に行ったら犬に吠えられるんでは、こうして駅周りにでも居る他あるまい。

壁の上に電流ショック電線

そのうち、歩道がない閑静な道路は避け、ある程度車交通のある主要道を選んで歩くようになった。するとセキュリティが極めて厳重なことに気付く。例えば「Armed Response」(武装して対応)という看板がいやに目に付く。警備会社との契約を示す表示だが、警告にもなっている。もし危なくなれば、銃を持って駆け付けるぞ、ということだろう。

アメリカの郊外住宅地には意外と塀がない。あけっぴろげの芝生の庭が続き広い公園空間のようになっている。しかし、ここでは日本と同じく家々に高い塀がある。その上に鉄条網を張り巡らしたり、とがった金属片を配したり、さらには電流ショックが来る電線を何本か張っている家もある。

この辺は、おそらくブロック全域がまとめて開発された住居区画だが、その全体が高い塀と電気柵で覆われている。刑務所か、とも思ったが、駅の近くに刑務所があるはずがない。
塀の上に5本の電線が走り、「Danger: Electric Fence」(危険:電気フェンス)と掲示してある。
小学校の広い校庭も完全に電気柵で覆われていた。これだけ防護柵が一般家屋に普及しているなら、小学校が電気柵で覆われるのは当然ということであるらしい 。
こちらの校庭は高校なのだが、よかった電気柵は使われていない。しかし、、、
フェンスの上にはこのような鋭い槍が。柵を越えようとしたらかなり痛いだろうな。

アパルトヘイトの置き土産か

モールのスーパーマーケットが6時に閉まってしまうことはすでに書いた。電車もそのあたりが最終になっていることが多いので注意しなければならない。宿のカギが、門から部屋に入るまで4重になっているのに驚かされた。「刑務所に入っていると思うかも知れないけれどね」と家主のロビンさんが言う。その他、南アに来て治安上の対処がかなり異なるレベルであることをひしひし感じさせられる。駅の近くには近づくな、空港タクシーに注意しろ、電車には乗るな、相乗りミニバスにも乗るな、などなど。

確かに、電車、市バス、ミニバスに乗る白人をほとんど見ない。黒人ばかりだ。南アには白人も7%(ケープタウンには16%)居る。しかし、車移動に特化してしまっているようだ。ブラッケンフェルの主要道を歩いていても、辛うじてつくられた細い歩道を歩いているのは黒人ばかりだ。白人にはほとんど会わなない。ブラッケンフェルは白人人口が70%になっているにもかかわらず、だ。

そう、これはアパルトヘイトの置き土産だろう。いや不適切な表現だ。「負の遺産」というべきか。1981年にこの人種隔離政策は廃止されたが、実質的な経済格差が残っている。貧富の差が極端であればそこに犯罪が生じやすく、治安対策にことのほか神経質にならざるを得なくなる。

世界で最も格差のある国 ジニ係数0.63

世銀調査によると、南アは、経済格差(所得不平等)を示すジニ指数が63.0(係数0.63)で世界で最も高い。これは0~100(0~1)で示され、値が大きいほど格差が大きいことを示す。日本(32.9)やヨーロッパ先進諸国が30前後、格差社会と言われる米国でも41.5だ。「ジニ係数は0.4以上が警戒ラインとされており、その数値を超えると騒乱や暴動が起きやすいといわれています。0.6以上である南アフリカはいつ暴動が起こってもおかしくない状況にあるといえるでしょう。」などとも言われる

ウクライナ兵死者数よりも多い南ア殺人数

暴動はまだ起こっていないが、犯罪が極端なレベルに達している。2023年に南アの殺人事件で殺された人は27,368人だった。人口6000万人の国で1日75人が殺されている。人口約2倍の日本の2022年の殺人件数は853件、犯罪多発国とされるアメリカ(人口約6倍)でも2022年殺人死者が19,196人だった人口当たりの殺人発生率国際比較(2021年)をみると、南アは世界4位で10万人当たり33.96件、日本は同0.23件で151位、アメリカは6.81件で40位だった。ちなみに今年2月、ウクライナのゼレンスキー大統領が、ロシアのウクライナ侵攻後の2年間で死亡したウクライナ兵は約3万1000人だったと発表した。2年間に換算すると南アではウクライナ戦争で死んだウクライナ兵以上が殺人で死んでいることになる。

その南アでも殺人が多いのはケープタウンで、特にその東の郊外ケープフラッツ地域。ランガやニャンガなどアパルトヘイト時代に黒人が隔離されていた地域で、今でも貧困問題が尾を引いている。ケープタウンは2010年代から「世界の殺人首都」という汚名を着せられている。人口当たり殺人数で常に中南米の中規模都市と上位を争うが、人口400万超の大都市としては抜きんでているということらしい。

GDPの10%が犯罪で失われる

犯罪率の国際比較は殺人件数で代表させることが多い。途上国では、強盗、窃盗などは記録に残らないことが多く、殺人になってようやく、(捜査・検挙はともかく)記録に残るようになるからだ。南アの場合、警察省大臣の議会答弁によると、2022年2月までの3年間に、全国で700万件を超える10111番通報(日本の110番通報に相当)が対応されずにに終わった。緊急電話対応に必要な人員の40%程度しか埋まっていないからだという。世銀は昨年11月の報告書で、南アがコロナ禍以前と同じ0.7%の経済成長に戻ったとしながら、犯罪による経済損失が毎年GDPの10%に及んでいると警告した。

南アでは1日に75人が殺され、(記録されているだけで)400件の強盗が発生しているのに、2割程しか犯人がつかまらない(2016会計年度に殺人の23.9%、強盗の17.9%が解決したのみ)。警察は犯罪との「戦争」に負けつつある、とも言われる。市民は警察に頼れなくなり、特に高所得層を中心に警備会社を雇うようになった。政府の民間警備産業規制局(PSIRA)によると、南アには270万人の警備会社人員がおり、これは警察と陸軍の人員を合わせたよりも多い。同国の警察人員は15万人にすぎない。

南アの民間警備産業は世界最大レベルで、同局によると、特にこの10年間で会社数にして43%、人員数で44%の成長があった。警備会社は銃をもって近隣のパトロールもすれば、車で逃げる犯人を追ってカーチェイスも行い、市民生活が危機にさらされた場合は、冒頭の通り「武装して対応」も行うというわけだ。