ジプニー賛歌

なんでこんな便利な乗り物が日本にはないのだろう、とジプニーに乗りながら思う。小型トラック(もともとは軍用払い下げのジープ)を改造してつくった乗り合い小型バス。路線上のどこで乗ってもいいし、どこで降りてもいい。7~8人ずつ、向き合って2列に座る。

フィリピンで最もポピュラーな乗り物、ジプニー。はでな色で飾り立てた車が多い。レイテ島オーモックで。

20円で乗れる

何と言っても安い。市内でだいたい7ペソ(15円)、大都市でも10ペソ(20円)。それに頻繁に来る。大通りだとほとんど1分おきに来る。数台まとまっても来るし、待つことはあまりない。

日本からの旅行者は慣れないのであまり使わない。だって、路線がわからなかったら使えないだろう? いや、路線なんかわからなくてよい。あっちの方向に行きたいなら、そっちの方向に行くジプニーに飛び乗ればいい。だいたいそっちの方向に行ってくれる。ここらだろう、というところで降りて後は歩けばいい。時にとんでもない方向に曲がってしまうことがある。はずれー。そしたら降りて、しかるべき方向に行くジプニーに乗り換えればいい。1回15円だ。何回乗っても大した痛手とはならない。

群れを成して街を走るジプニー。ルソン島南部ビコール地方のレガピスで。

ぼられない

さらに、ぼられる心配がない。タクシーだと1対1の空間になるのでぼられる危険がある。ジプニーならまわりで地元民がみんな見ている。高い料金を言ったらいっぺんにわかり、地元民から非難される。みんなが見ている。―これは大きい。泥棒やスリも含めて悪徳はこれでだいたい防がれる。

ジプニーはスリが多い? 都市伝説でしょう。私はそうした悪徳に1回もあったことはないし、実際にやられたという人にも会ったことがない。ジプニー内は雑な環境なので、スリでも会いそうだな、と思う。そして「会いそうだ」と思う観念がいつのまにか「会った」「会っているらしい」という話に変わり、都市伝説になる。そういうもんだよ、この手の話の多くは。

確かに座席が低いので座るとズボンのポケットから財布などが落ちやすくなる。「落ちやすいな」「不安だな」・・・という心配がいつのまにか「取られた」という都市伝説に変わる。

自然の冷房がある

ジプニーは冷房もないだろう。あるよ。自然の冷房がね。窓ガラスがない。走ると空気が前から横から思い切り入ってくる。とても涼しい。快適だ。出発時に待機しているときは確かに暑い。客が一定数そろうまで待つ。しかし、ジプニーは競争相手が多いので、そんなに長待ちばかりもしていられない。ある程度待ったら走り出す。そして走り出すと、天然のクーラーが一斉に動き出して、ああ、気持ちいい。スコール(夕立)が来た後など、スピード出して走ると寒いくらいだ。ジャケットを着こんだりする。

また、窓ガラスがないから、外の写真を撮るにも好都合だ。近代的なバスだと、大抵窓ガラスが汚れていて、いい写真が撮れない。

ジプニーの欠点と言えば、乗って席に着くまでと降りるとき出口に行くまで、かがんで移動しなければならないので、腰痛持ちの人は注意する必要がある、ということくらいだ。

地方でまずバスはなく、ジプニーが主要な公共交通機関となる。サマール島北部アランのジプニー・ターミナル。

市民社会が生まれる場

ジプニーはまた、人々が市民生活を学ぶ場だ。村落内の知り合いに会って世間話をする。最近の暮らしの情報交換をする。ときに私のような異国から来た珍しい客人を見る機会ともなる。

そして人々が助け合う。車掌が居ない「ワンマンカー」だ。運転席に近い乗客は遠くに座った客の料金支払いの受け渡しもする。バケツリレー的にカネが運ばれ、運転席近くの乗客が運転手に渡す。釣銭もバケツリレーで当人まで返される。それで途中で取られたりすることはない。「みんなが見ている」。

ドライバーは、よく後ろも見ずに手先だけで後ろの乗客とカネの受け渡しができるものだ。いつも感心して見ている。紙幣をつかんだ片手でハンドルを握り、もう一つの手で後とカネのやり取りをする。それで決してコインを取りこぼしたりしない。紙幣は片手の握りに追加する。コインはじゃらじゃらとフロントガラス下の窪みに投げ込む。釣り銭もそこから取って渡す。乗客を信用していなければこんなカネの受け渡しなど成立しない。そもそも、次々に乗っては降りる多数の乗客をドライバーは正確に把握することなどできない。知らんぷりしてカネを払わず降りてしまう者がいるかも知れない。いや、いないだろう。「みんなが見ている」。見ているのがわかっているから皆正直に払う。

払うタイミングは必ずしも乗った直後というわけではない。乗ってからしばらくして落ち着いてからだ。だれかが払い始めると、そのタイミングで他の人も次々に払い出す。あるいは、降りる直前に出す人も。こんな状態ではなおさら、だれが払ってだれが払っていないか分からなくなる。それでも皆、きちんと払う。なにしろ「みんなが見ている」。ジプニーの中で市民社会が徐々に成長する。そうした信頼の関係の中で生きることを住民は学んでいく。

ジプニーの中から外を見た風景。(セブ・マクタン島エンガニョ村)

奥に詰めて座らない

いや、助け合うことは本当は面倒くさいことだよ。だから、皆運転手近くの席は敬遠する。できるだけそこから離れて座る。普通、乗り物に乗るとき、私たちは「奥から詰めて」座るように訓練されている。しかし、ここでは逆だ。車室の一番後ろ、つまり出入り口近く、運転手から最も遠い所から人が座っていく。運転席のすぐ裏は、風も遮られて暑いし、カネ渡しも手伝わされるし、面倒くさいのだ。奥まで入るのも降りる時出奥から出てくるのも移動距離が長くなる。だから、後ろから徐々に詰まって行って、一番最後に乗る人が運転席近いに座らざるを得なくなる。後から来た人は貧乏くじを引くのだ。

途上国に多いジプニー型の乗り物

途上国にはこのような「小型トラック改造どこでも乗降可・乗り合いワンマンバス」が大抵どこにでもある。タイのソンテウ、インドネシアのアンコットなど。

インドネシアの乗り合いトラックバス、アンコット。ニューギニア・マノクワリで。

なぜか、私が2年以上居たベトナム(ハノイ)にはこれがなかった。その代わりバイクタクシーがあった。とにかくベトナムはバイク(オートバイ)が多く、乗用車をほとんど見かけない(少なくとも4年前までは)。そして市バスがよく発達していた。だからジプニー型の小型バスの出る幕はなく、バイクタクシーだけがあったのだと思う。しかし、バイクタクシーは客と運転手が1対1になる。通常タクシーと同じで、不正が行われやすくなる。だから私はできる限り使わなかった。

残念ながらタクシーという1対1型の乗り物は、どんな状況下でも絶対不正を行わないという高い倫理性が確立された社会でしか有効に機能しないようだ。

トライシクルもある

フィリピンには、ジプニー以外に「トライシクル」という乗り合いタクシーもある。オートバイにサイドカーを付けた3輪型の乗り物だ。タイで言えばトゥクトゥクに相当する。普通に見ると客2人しか座れないように見えるが、5~6人群がって乗せてしまうときもある。

外国人だと客1人でタクシー的に運用されてしまう可能性が高い。するとぼられる。だから私はトライシクルに乗るときは、できるだけ、現地住民がすでに乗っているトライシクルをつかまえるようにしていた。これなら1対1にならず、ジプニーと同じになる。料金はジプニーと同じかわずかに高い程度だ。

トライシクル。ビコール地方のタバコで。