市場からインターネット経済へ

市場(いちば)は面白い。どの国に行っても市場はある。南米でもアジアでも。イスラム教でも仏教でもキリスト教でもヒンズー教でも、途上国でも先進国でも。人がたくさん集まり、いろんな産物が並ぶ。活力ある光景に魅せられ、名所旧跡より頻繁に足を運んでしまう。そして、今日の市場経済の起源は、英語でも日本語でも、語源的にも歴史的にも、この市場(Market)だ。

シルクロード・新疆ウィグル自治区カシュガルの市場。
かつてのインカの首都クスコ(ペルー)の市場

市場はなぜ生まれたのか。人が生存するために「交換」を行う必要があったから。周囲の者との単発的な交換だけでは不足になり、共同体の多くの人々の間での交換が必要になった。その方がより多様な産物が得られる。

個々バラバラに交換しているより、1カ所にまとまって多対多の交換をした方が効率的だった。しかも、そうすればその時代・地域のより標準的な産物価値に準じて交換が行えることがわかった。

カネ(貨幣)があった方が便利なこともわかった。自分の生産物を他人の生産物と物々交換するのは、いちいち産物を突き合せる手間を考えても面倒だ。産物価値を一旦カネの額に変えてカネをもらい、それを持っていって他人の産物と交換すればよい。

こうして産物交換(売買)が行われる市場に益々人が集まり、市場は拡大した。そのにぎわいを基礎にして都市も成長した。人が集まればそこで情報交換が行われる。近況を伝え合い、これからの活動予定や各種協力の相談もできる。ストリートアーティストが来て歌舞、曲芸、紙芝居、その他のエンターテイメントが行われる場にもなった。

市場はまた、人々の身分関係を越えて、ただただ産物の価値に基づいて交換する平等の空間を生み出した。そこで「自由・平等」が生まれ、市民社会が成長した。市場(アゴライ)のあった広場(アゴラ)で平等な市民が議論を交わし、アテナイの民主主義が形成された。古代ローマの市場も広場(フォーラム)に立った。トラヤン・フォーラムの立派な多層階市場が現在でも保存され、フォーラムという言葉は市民の自由な討論空間を指す言葉として残った。

フィリピン・レガスピ(ルソン島南部)の魚市場。

 

生産者は市場に現物を持って行って売り、消費者は市場に行って現物を買い、家に持って帰った。つまり「距離」があった。市場に産物を置くにはそこに持って行く必要があり、買った人はそこから持ち帰る必要があった。

現代のインターネットはこの「距離」を消滅させた。市場に産物を持って行かなくてよくなった。ネット上で産物を見せ、そこで売れる。買った産物は依然として家まで持ってくる必要があるが、これは輸送業者に頼むことになった。ネット空間のみ送付できる情報商品は、すべてネット上売買で完結するようになった。

ネット上の売買はあくまで市場として機能している。一人だけが産物を出しているのでなく、複数の人、それもこれまで物理的限界があった街の市場と比較にならないくらい多数の人が多数の産物を出す。それを買う消費者の数も膨大で、巨大な市場が機能している。

市場はもともと、その土地の共同体、もしくはそこの支配者などが開き、管理していた。通常は村にひとつだけの公共の場だった。最初は村祭りのときなどに単発的に開かれた。次いで「四日市」「八日市」など一定期間毎に開かれるようになり、やがて毎日開かれる常設市場になった。常設市場は繁栄するが、さらにそこだけでなく、市場外にもお店ができ商店街も生まれる。商店街は一種の市場だ。真ん中に太い道路が走る常設市場だった。

その先にさらにデパートやショッピングモールができる。新しい常設市場だ。この中にいろんなお店が入る。そしてその設置者は共同体や村役場でなく、私的企業だ。私的な市場が複数できはじめる。昔、市場は公共的なプラットフォームだったが、それが私的組織になった。互いに競争して客を呼び寄せる。「プラットフォーム」経済の始まりだ。プラットフォームは、ネット以前からショッピングモールなど現物としても存在していた。

途上国では今そのショッピングモールの全盛期だが、先進諸国では、モールがつぶれはじめ、オンライン市場に移りつつある。アマゾン、eベイ、楽天、ヤフオク、etc。このオンライン市場の登場をもって「プラットフォーム経済」がにぎやかに議論されるようになった。プラットフォームをつくる者が現代ビジネスの勝者だ。ジェフ・ベゾス(アマゾン会長)がビル・ゲイツを抜いてついに世界一の富豪になった。

グーグルもプラットフォーム企業だ。市場はもともと単に交換の場ではなく、そこに人々が集まって情報交換する場だった。そもそも、交換経済時に現れる「価格」が重要な情報であって、それも含めて市場は情報交換の場だった。グーグルはこの情報機能からその企業活動を始めた。検索エンジンをつくり、必要な情報が迅速に取れる仕組みをつくった。そしてその周りに展開したアドワーズ、アドセンスなど広告事業を主な収益源にした。マイクロソフトやアップルやIBMも多かれ少なかれ、こうした市場プラットフォームの企業に変わろうとしている。例えばアップルは、音楽、動画、ソフトなどのコンテンツ配信プラットフォームを巨大化させている。多くのIT企業の起源はさしずめ、ネット上市場を成り立たせるための個別支援技術、つまり機器・ソフトウェアの製作や、システムの構築だったと言えるだろう。

ショッピングモールはあまりにピカピカで、賃料も高く、みすぼらしい屋台店などは入れない。しかし、ネット上のモールならだれでも入れる。何でもありだ。しかし、評価などが付いたりして、意外と悪いことはできない仕組みになっている。下々の者まで広い階層の人が市場に参入できる仕組み(つまりプラットフォームだ)をつくりだした者が報われる、という時代だ、今は。そういうベンチャービジネスには正当に報いていい。あまりに巨大化するのも考えものだが。

市場の半分はネット上に移行した。物質の瞬間移動装置、もしくは完璧な3Dプリンターができれば市場すべてがネットに移ることになる。「サービス」はあくまでその場、現実界の一定の場所でその人に提供されなければならない商品だが、配車サービスUberや民泊手配AirBnB、家事その他単発仕事の紹介サイトなどに見るように、その「交換」の部面は果てしなくネット上で完遂されていくようになる。

それまで空いていたマイカー、自宅部屋、労力が容易に市場に回る。インターネットは市場を拡大させる。市場が、可能なかぎり社会全体に拡大していく。インターネットは市場の完成を目指す。人間の労働も細切れにされて市場に出る。「ギグ経済」。

悪く言えばそうだが、よく言えば「シェアリング」経済。シェアリングで儲けてもいいし、社会貢献してもいい。無料百科事典ウィキペディア、各種ウェブサイトでの情報提供、フリーソフト。市民社会とボランティア精神はどんな社会でも活発であり続ける。