アルハンブラ宮殿:なぜ心が落ち着くか

幾何学模様に傾倒

アルハンブラ宮殿のナスル宮に居ると心が落ち着く。ああ、もっと浸っていたい、と思うのはなぜなのか。壁や天井に精緻に散りばめられた幾何学模様と、同じく幾何学的な建築構造を見ていると、心に染みてくるものがある。

そうか、幾何学模様だ、と気が付いた。イスラム教では偶像崇拝を禁じている。だから人物はもちろん、具象性のある絵画や彫刻は使わない。ひたすら幾何学模様を散りばめ、それで勝負する。

精緻な幾何学模様がほどこされた壁。入口はいってすぐのコマレス宮で。
奥のライオン宮の入口。

すぐ隣に建てられたキリスト教の大聖堂と比べれば一目瞭然だ。キリスト教教会には巨大な絵画が多い。壁にも人の彫刻や様々な「偶像的」な彫刻が施され、もちろんキリストは血を流してはりつけにされている生々しい像として描かれ彫られている。教会内部全体におどろおどろしい具象性、偶像性が満ちている。それらも芸術であるし、別の美であろう。それを認めなくてはならない。しかし「こけおどし」という言葉が喉元に出てくるのを禁じ得ない。

ナスル宮の隣にあるキリスト教のサンタ・マリア教会内部。偶像のないイスタム教のモスクとはかなり異なる。

仏教も同じだだろう。暗がりの巨大な大仏は、初めて出くわしたらギクリとするだろう。祭壇や周囲に盛られた複雑で多様な飾り物。仏の世界をあらゆる造物で演出している。

それに対し、イスラムの王宮やモスクは何の絵も飾り物もない。ひたすら抑えている。幾何学的な模様だけが施され、よく見ればその模様は実に複雑で繊細だ。多くの繰り返しがあるようで、少しずつ異なっている。建築の形も円や楕円や釣り鐘形やいろんな幾何学パターンが組み合わされ、傾注の跡が見える。具象的な絵や彫刻がない分だけ、そうした模様・パターンで勝負する。それですべての美を表現しようとする。

ある意味、「砂の庭」や茶室に見られる日本のわび・さびの文化と通じるかも知れない。しかし、イスラム建築は、抑えつつも細かい模様のレベルで精緻を尽くしている。わび・さびの場合はそれさえなく、単純さの美を突き詰める。さらに徹底しているのかも知れない。

写真を撮る女性を多く見た

ステレオタイプだとお叱りを受けるかも知れないが、繊細で女性的な印象も受ける。アルハンブラ宮殿のあちこちで女性が壁に寄り添い、柱に寄り、外の庭園をバックに、など写真を撮らせている。こういうところで写真を撮ると自分が一段と美しくなると感じるのではないか。

こんなところで写真を撮ってもらいたい、とあなたも思わないか。パルタル宮。このあたりから庭園が広がる。

別のたとえをすると、キリスト教の建物はハリウッドの映画だ。広い空間の中にダイナミックな映像を現出させる。大自然の中に絵になる王城を建て、街中に巨大なゴシックの大聖堂をそびえさせ、その内部に人々を圧倒する絵画、彫刻を施す。ダイナミックさで人々を神の国にいざなう。それに対してイスラム建築は小津や溝口の控え目で動きの少ない日本映画だ。ダイナミックではないが、そこに人々の微妙な感情が繊細に織り込まれる。神の偉大さはまったく強調されない。そこで祈る人々の信仰の中身が大切なのだ。

内にこもった美

アルハンブラ宮殿に入れてよかったと思った。外からでは何もわからない。イスラム建築は外見は質素で大したものではないが、一旦中に入るとそこに繊細な美が存在する。

例えば白銀のシエラネバダ山脈を背景に聳立するアルハンブラ宮殿の姿。よく絵葉書などにも採用されるサン・ニコラス展望台からの構図だ(下記写真)。あのアルハンブラ宮殿を代表する景観も、よく見ると、その構図の基本パターンをつくっているのは、(武骨な城壁は別にして)、宮殿が征服された後、キリスト教徒支配者たちがつくった建物だ(大きな建物のカルロス5世宮殿と塔を擁するサンタ・マリア教会)。アルハンブラ宮殿(ナスル朝宮殿)はその手前の地味な物置のような建物でしかない。影になり写真にはよく写りもしない。これがアルハンブラ宮殿の代表的な構図にされているのは皮肉としか言いようがない。

外見はかまわず、ひたすら内側に秘められた美を追求する。そういうイスラム建築の姿勢がどこから生まれたのかよくわからない。自然を含む公開的な場での美より、自分たちだけのプライベートな美を求めたか。であれば、少し利己的だ。

一つにはオアシス生まれの文化であることが影響しているだろう。砂漠の中にどんな躍動的な美を構築しても、すぐに砂塵にまみれ、色褪せる。下手すると埋もれる。だから外枠で外界から覆いながら内部に清浄な空間をつくる。外に開かれた美でなく、内部にこもる控え目な美。大自然の中にダイナミックに展開するヨーロッパの美もいいが、こうして私的に秘められる美もいい。イスラムは多くの可能性を封じた。外面的なダイナミックさを封じ、偶像を否定し、絵画も彫刻も発達させなかった。ただひたすら幾何学な模様と構造を求めた。

境界に横たわる文化

ヨーロッパの人々はアンダルシアまで来て初めて本格的なイスラム芸術に触れる。キリスト教芸術とはかなり異なる。イスラム芸術もそれが繰り返されればマンネリ化するし、イスラム文化圏から北上してくればアルハンブラ宮殿もそれほど衝撃的ではないだろう。しかし、北から来て異なる文化に初めて触れた人々は新鮮な感動を経験する。アルハンブラ宮殿、そしてこの地の他のイスラム建築の評価は否が応にも高まる。そういう側面もあったと思う。

コマレス宮。
アラヤネス庭園。
ライオン宮の中庭。
ライオンの中庭の回廊とアベンセラヘスの間。
二姉妹の間。漆喰で鍾乳石を模したムカルナスという構造が天井から垂れる。
横から見た二姉妹の間。
珍しく天井に人物の絵画があるのを見た。諸王の間。
ナサル朝宮殿からは、ダーロ川を挟んだ対岸のアルバイシンの街並みがよく見える。

ヘネラリフェの庭園

以上でアルハンブラ宮殿の主要部、ナスル朝宮殿の見学を終えた。次に、チノス坂のくぼ地を越えて、夏の別荘だったヘネラリフェに行く。宮殿と言うより、庭園が主体だ。

ヘネラリフェの中心となるアセキアの中庭。
その隣にあるスルタナの中庭。 
それを上から見ると…。
入ってすぐのJardines Bajosもお忘れなく。

アルカサバ

アルハンブラ宮殿の最も西、街を見下ろす位置にあるのがアルカサバ(城塞)。王宮を守る砦の前線だ。

前線の中の最前線、ベラの塔(左)とアルマスの塔(中央)。断崖の上に立ち、グラナダの街がよく見渡せる。イスラム時代には、右手のアルバイシン地区が住民の街で、現在のグラナダ市内方向は平野が広がり、敵が攻めてくるをよく視認できた。(しかし、この都城の弱点は後ろの山側だと思う。山から攻められたらまず防備の弱いヘネラリフェの離宮が落ち、次いでナスル朝宮殿本体に簡単に攻め入られそうだ。)
住民の街、アルバイシンの方向。
山側を見る。最前線の後ろ側には兵士の居住地域があった。その先に本丸を守るホの塔など。
最前線、ベラの塔から見たグラナダの市街。巨大なキリスト教の大聖堂や王室礼拝堂(ナスル朝を陥落させたイザベル女王とフェルナンド2世も眠る)なども見える。