アルハンブラ宮殿:キリスト教圏に残ったイスラム文化

アルハンブラ宮殿は、スペインで最も有名な観光スポットだ。2014年には240万人が訪れスペイン第1位だったという。同国は世界でも例年2位、3位を占める観光客の多い国だから、世界的のトップクラス観光地といっていいだろう。

スペインは、リコンキスタでイスラム勢力を駆逐したあとに建てられた国。その国が、残存するイスラム文化遺跡に大きく依存して観光収入を得るというのは皮肉な話だ。スペインではその他にもコルドバのメスキータ、セビリアのアルカサルとヒラルダの塔など、残されたイスラム建築が大きな観光資源になっている。いずれも世界遺産になっている。世界遺産は、消失の危機にある文化財を守る制度の側面が強いから、アルハンブラ宮殿も世界遺産指定にふさわしい史跡の一つと言っていいだろう。キリスト教圏の中に残されたイスラム文化、しかもそれを駆逐する壮絶な運動が行われた地域での残存イスラム建築なのだ。

アルハンブラ宮殿はあまりに美しく、これを占領したキリスト教徒たちも破壊するのをためらったのだろうか。古代ローマは、征服したカルタゴを徹底的に破壊し、街全体をさら地に変えた。アルハンブラ宮殿を始めスペイン南部のイスラム建築は、ある程度残された。不幸中の幸いだった。

しかし、コルドバのメスキータ、セビリアのアルカサルやヒラルダの塔などは、いずれも、征服したキリスト教の支配者が自らの王宮やキリスト教の教会に改造している。やはり美しいので完全には破壊しなかったが、そのまま残すこともせず、自分たちの建築に再利用した。その結果、よく言えば、異文化混合の異色建築が生まれたが、悪く言えばイスラム建築の美は破壊され、妥協させられた。

アルハンブラ宮殿の場合も、ナスル宮の隣にカルロス5世宮殿やキリスト教のサンタ・マリア教会が建てられ、当時の面影は大きく変更された。しかし、ナスル宮の主要部分はほぼそのまま残された点がコルドバやセビリアとは違っているい。イスラム建築が完全な形で残された。(むろん一時は廃墟のように打ち捨てられいたが、修復された。)

グラナダはグアダルキビール川水系のかなり内陸に入ったところ、雪を抱くシエラネバダ山脈の麓に横たわる街だ。その地理的条件から、長くリコンキスタの嵐から守られてきた。かつて後ウマイヤ朝の首都として繁栄したコルドバが1236年に征服された後、グラナダのナスル朝は1492年まで続いた。アルハンブラ宮殿はこのナスル朝時代に建設され、14世紀末のムハンマド5世の時代までにほぼ完成している。

ナスル朝を滅ぼし、現スペイン王国の祖を築いたイサベル1世とフェルナンド2世はグラナダの大聖堂に眠る。モスクの跡地に建てられた壮麗な建築だ。こうした征服者の新しい建築は、アルハンブラ宮殿のある丘陵部でなく、街の平野部の方に建てられた。イスラムを駆逐したスペインはもはや山城のような城郭都市を必要としなかったのかも知れない。大航海の時代が始まってからも、外洋船が遡上して来れないグラナダはその熱病からは距離を置いていた。

こうしてアルハンブラ宮殿は決定的な破壊や改変はまぬがれたまま、むしろ、打ち捨てられ忘れ去られた存在になっていった。イスラムの貴重な文化遺産がシエラネバダ山脈の麓に残されたのは、後世のすべての人々にとって幸運だった。