トランプはセキュリティ・リスクだ

現米大統領トランプ氏は国家安全保障(ナショナル・セキュリティ)上のリスクだ。米政権中枢がこれほどの危機にさらされたことがかつてあっただろうか。もちろん、必要な対策を怠り自身を始め政権関係者20名以上をコロナ感染させた「クラスター」問題を言っている。軍幹部にも感染が広がり、制服組トップのミリー統合参謀本部議長はじめ統合参謀本部メンバーほぼ全員が自主隔離に入っている。大統領は入院を3日間で切り上げ、多くのスタッフが居るホワイトハウスに戻ってしまった。

「トランプがコロナから復活した」と喜んでいる多数のトランプ支持者はどうだ。米国がいかに平和ボケしているかをよく物語っている。

コロナは「チャイナ・ウイルス」で引き起こされているという。であるなら、その中国ウイルスに、なぜ米権力中枢がこれほど簡単に侵され、重篤なダメージを受けているのか。敵対国は、あきれるとともに、じっくりとこの様子を観察している。コンピュータ・ウイルスを使ったサイバー攻撃より有効のようだ、と。

9・11でも、テロリストたちはホワイトハウスにまでは迫っていない。今回はその中枢がものの見事にやられている。

副作用がよくわかっていない薬物を多種服用したこの大統領が、世界を破滅に導く核のボタンも握っている。こんな人にアメリカだけでなく、数十億の人類の命運が握られていていいのか。

米諜報・安全保障関係の専門家は認識し始めただろう。トランプは米国のセキュリティ・リスクだ。国益と国家安全保障を透徹して考えるプロならそう考えなければおかしい。保守かリベラルかは関係ない。おめでたいトランプ支持者たちとは別に、国家の中枢を守るプロたちは真剣に対応を協議し始めただろう。

セキュリティ・リスクは除去しなければならない。それが彼らの流儀だ。昔なら暗殺などの陰謀もいとわなかった。これはあってはならない。最も考えられるのは、コロナ死を装って抹殺することだが、大統領周辺は、こうした陰謀に十分注意を払わなければならない。

しかし、安全保障プロたちもバカではない。そんな危険を冒すことは今の時代にそぐわない。それより、幸いにも11月に大統領選挙がある。そこでトランプが負ければいい。保守かリベラルかの好みは別にして、国家安全保障の観点からは少なくともバイデンの方がましだ。このまま行けばトランプはバイデンに負ける。それをさまたげるような突発事を防げばいい。例えばバイデンがコロナに感染してしまうとか、認知症の所見が露見するとかなどのハップニングが起こらないよう、陰でそれとなく動く。そんな穏当なやり方で合意したかもしれない。


トランプのコロナ感染ニュースを追いながら、以上のような考えに襲われた。ちょっと極端かと思ったが、ふと「Trump security risk」でネットを検索すると…出るわ出るわ。トランプが米国の国家安全保障上のリスクだとの議論がたくさんあった。

前から思っていたが、私がごときが考えることは、どれだけ特異、ユニークなものだと思っても、ネットのどこかに必ず同じような考えが出ているものだ。相当ひねりまくって、何とか無二のものになる。

例えば反トランプ運動のIndivisibleサイトでは、2019年4月までのまとめだが、外交から内政、人事まで約200件にわたる「米国の安全保障上のリスク」を詳細に列挙している。最近のニュースではニューヨークタイムズが報じたトランプの納税記録が多方面から批判を浴びている。納税額の少なさもそうだが、4億2100万ドル(450億円)にのぼる負債の存在が「米国の安全保障上の脅威」になるとされる。例えばボストン・グローブ紙の社説は「選出大統領が債権者に何億ドルもの負債を抱えているというのは単なる政治腐敗のリスクでなく、彼自身が国家安全保障への脅威になるということだ」とする。確かにそうだ。同社説はオイルマネーで潤う中東諸国からの借金だったらどうなるかなどを例示しているが、分かりやすく言えば、ロシアや北朝鮮から大金を借りていたらどうか。中国とは激しくやりあっているから中国からの借金ではないだろう。国外からの借金ではないとしても、多額の負債を持つ人は、国のトップに立ちながらあらゆる方向からの誘惑に負ける危険性があると社説は指摘する。

全面核戦争などの時に空中の国家司令塔の役割を果たす「デュームズデー・プレーン」(世界終末時飛行機、正式には「ボーイングE-6Bマーキュリー・プレーン」)2機が、トランプ氏コロナ感染発表直前に飛び立っている。結局これは、定期的に行われている飛行が偶然一致しただけだったが、大統領の感染は国家安全保障上の重大事であることに変わりなく、様々な憶測を呼ぶことは避けられない。

この点に関し多くの報道があったが、例えばCNNは、安全保障関連専門家に取材してこの問題を掘り下げている。米国家安全保障会議(NSC)の元高官で現CNN国家安全保障アナリストであるサマンサ・ビノグラッドは、次のように指摘する。

「ドナルド・トランプ大統領のコロナ陽性診断は国家安全保障の見地から最悪のシナリオだ。これは米国政府を麻痺させかねない。他の感染者の情報を待っているところだが、すでに連邦政府が直面した最も危険な時期の一つとなっているだろう。」

米政権を危機にさらすトランプは、ロシアにとって価値ある存在かも知れない。クリス・マーフィー上院議員(コネチカット州、民主党)は、ロシアが、前回大統領選の時と同じように、バイデンの信用を落とす様々な介入を行う可能性に触れ、「ロシアは、トランプ大統領を再選させるためあらゆる手段を取る用意があるだろう」と語る。

諜報・国家安全保障畑からの不信任は今に始まったことではない。2016年大統領選の最中にも、当の共和党陣営の要職経験者たちからひじ鉄をくらわされている。同年8月、中央情報局(CIA)長官や国家安全保障局(NSA、国防総省の諜報機関)長官をつとめたマイケル・ヘイデン、国土安全保障省長官をつとめたトム・リッジ、マイケル・チャートフらを始め50人の共和党諜報・国家安全保障要職経験者(多くはブッシュ政権要職者)が連名で、トランプが「我が国の国家安全保障と安寧をリスクにさらしている」との公開書簡を出した。トランプが「重要な国益、複雑な外交的課題、かけがえのない同盟者、民主主義の価値」について理解がないとし、「我々のだれもがドナルド・トランプに投票しない」と宣言している。

国家安全保障業界からも見放されているトランプ。しかし、現在でもやりたい放題、ホワイトハウスを牛耳っている。この暴君をもはやだれも止められないのか。やんややんやの声援を送るトランプ支持者に担がれ、白いマンションに居続けるのか。それがアメリカの民主主義か。11月選挙でのアメリカの良識に望みを託したい。