10月半ばだが、大統領選の投票をしてきた。郵送での事前投票という形。今回は新型コロナの影響もあり、カリフォルニア州では投票の大半が郵便投票になると見られる。
10月上旬から、州内全有権者に投票用紙が郵送された。11月3日に投票所に行って投票してもよいが、それ以前から郵送、または地域に設置された投票ボックスなどに入れて投票してもよい。別に「不在者投票」ではないないので、居ても居なくても、理由なしで郵送したければ郵送するだけだ。(私は米市民権を取得したので選挙権がある。)
投票所の様子。アメリカでは半数以上が郵便投票になる趨勢で、投票所での投票は少なくなっている。Photo from Flickr (CC BY-NC-SA 2.0)
郵便投票が主流へ
アメリカでは、ここ10年程で郵便投票が増え、特に今年は新型コロナの影響で急遽これを導入する州が増えた。ニューヨークタイムズ紙の調査によると、全米有権者の4分の3が自由に郵便投票を選べる。9州(有権者数4400万人、全体の21%)が事前に全有権者に投票用紙を郵送してしまう方式。34州(1億1800万人、57%)で全有権者に郵便投票の申込書が郵送され、特に理由なしで郵便投票を選べる。残る7州(4600万、22%)は旧来通り。つまり、特別の理由がある時のみ、事前の不在者投票が認められる。
投票所での投票も選択肢として残す州が多いので、どれくらいが郵便投票に回るかはまだ不明だが、ニューヨークタイムズは、8000万人に上ると推計する。2016年大統領選時の3300万人(24%)から大幅増だ。投票者数が4年前より若干多い1億4000万人になるとして、全体の約57%が郵便投票になる計算だ。
(日本の「郵便等投票」は、総務省選挙部によると、2017年衆院総選挙時に約2万人で0.04%。「期日前投票」が2138万人、37.5%だった。)
カリフォルニア州、すでに72%が郵便投票だった
すでに、コロラド、ハワイ、オレゴン、ユタ、ワシントンの5州は、郵便投票のみに移行している。人口最大のカリフォルニア州では投票所での投票も行うが、すでに郵便投票が2018年11月中間選挙で65%、2020年3月予備選で72%に達している。今回の11月選挙で初めて全有権者に投票用紙を送ったので、郵便投票はさらに高率になるだろう。新型コロナがこうした転換を加速したが、それ以前から郵便投票への流れは進んでいた。「投票所に行って投票箱に清き1票」という時代は過去のものになるかも知れない。(一部ではオンライン投票もはじまっている。)
その前に有権者登録がある
順序が逆になってしまったが、アメリカの選挙で投票するには、まず有権者登録をしなければならない。米国市民として選挙資格があってもそうだ。登録しないと、お役所から選挙案内も送られてこず、投票できない。私の場合は、カリフォルニアに越してきた昨年段階で選挙登録をした。それまでニューヨーク州で登録していたが、住所が変われば新しい州で登録しなければならない。
「国民総背番号制」なのに…
アメリカは社会保障番号(social security number)という「国民総背番号制」があって、国民管理が徹底していると言われる。だが、実際は、戸籍や住民登録の制度がなく、かなり怪しい。選挙だけではない。例えば子どもが学齢期になっても「就学通知」が送られてこない。州身分証明書その他で住所変更手続きをしていてもも同じだ。いちいち個別事項ごとにこちらから手続きする必要がある。だから例えば、子どもを「学校に入学させ忘れる」親も出て来る。何のことはない、実は私ら自身も就学年齢の数え方を間違えて、危うく子どもを学校に出し忘れるところだった。
有権者登録は比較的簡単にできる。オンラインで、日本語でも登録できる(カリフォルニア州の場合、日本語を含め10言語での登録が可能)。身分証明書を見せる必要もない。その番号などは書くので、それで州データベースと照合するらしい。郵便投票をする場合も、封書の外側に記す署名(データベースに入っている)で本人確認ができるという。
アメリカの投票は実は大変
アメリカでの投票は、実は大変な作業だ。まじめにやろうとすれば、難しい試験を受けている気分になる。トランプかバイデンかを選ぶだけならともかく、たいていの選挙は、州・自治体レベルも含めて他選挙との合同になる。大統領以外に、連邦上下院議員、州上下院議員、郡政府の議員、市町村の長や議員、時に市法務局長やら財務局長、あるいは教育委員、上水道区委員、広域通勤鉄道区委員、その他よくわからない特別自治組織の委員の選挙、そしてさらに難題は、たくさん出て来る州、郡、市の住民投票案件で、これもきちんと自分の判断を示さなければならない。
送られてくる選挙案内は優に100ページを超える。今回選挙の場合、カリフォルニア州の選挙案内は111ページ、郡・市の選挙案内は35ページになった。大都市では地方レベルの選挙案内も分厚く、以前サンフランシスコ市に住んでいた時には毎回200ページを超す選挙案内なので、参った(今年は229ページ)。選挙ごとに本を1,2冊読まねばならない感覚だ。
連邦や州の上下院議員程度までなら何とかなる。民主党か共和党か政党所属がはっきりしているからだ。その人物を詳しく知らなくとも政党で〇×が回答できる。これは日本でも同じだ。政党というのは実はあんちょこのようなもので、あれこれ調べなくともこれで判断できる便利なもの、という認識にアメリカの選挙を経験して到達した。
しかし、自治体レベルの候補者となると所属政党が明らかでないので、よくわからない。しかも、アメリカでは市長、議員以外に、上記例示したような特別分野の自治機関が多様にある。
住民投票案件が10件以ある
そして、住民投票案件。日本のような参考意見を聞く程度の制度でなく、州議会、市議会の議決を越えて直接法律をつくるような強力な直接民主主義制度だ。しかし、それがいざ運用されると、有権者は大変だ。今回の選挙でも、カリフォルニア州には住民投票案件が計12件出ている。それぞれについて、内容の説明から、アナリストの分析、どれだけの財政支出が必要になるか、代表的な賛成意見と反対意見、それに対するさらなる反論、と詳細な解説がある。案件によっては長大な法律案文が記されているものもある。
同じことが、郡レベル、市レベルの住民投票案件でもある。幸いにも私の住むコントラコスタ郡と(その中にある)コンコード市の今回の住民投票案件はそれぞれ1件ずつで、何とかこなせそうだ。しかし、前に居たサンフランシスコ市(郡も兼ねる)などは毎回、州の案件数を越える住民投票案件が出され、それを理解するのに苦労していた(今回は13件出ているようだ)。
正直言ってアウトだ。口が裂けても言えないが、とてもじゃないが全部まじめに考えていられない。選挙のたびに難しい納税申告書を書くような憂鬱な気持ちになっていた。大方の人は策を講じて簡単に済ませているのでは、と疑う。
「虎の巻」登場
簡単に済ます方法がある。新聞や市民団体の「模範回答」をそっくり頂くのだ。日本では、中立を建前とする新聞は選挙での立場を明確にすることはないが、アメリカの新聞はたいていの場合、推薦する候補や、〇をつけるべき住民投票案件をきちんと示してくれる。有権者は、自分の信じる新聞の推薦リストに従って投票用紙に〇をつける。
税制優遇のあるNPO法人は、通常はこうした「選挙活動」はできないが、いろいろあるNPO資格の中には、税制優遇は薄いかわりに選挙活動を行えるNPO(連邦税法の条項から501(c)(4)団体と呼称)もあり、こうした団体がやはり積極的な推薦リストを出している。大御所では環境団体のシエラクラブがこうした活動をしているのが有名だ。私がよくお世話になるのはprogressivevotersguide.comサイトだ。革新的な市民運動の視点から見てどのような投票行動を行えばいいのか、地域ごとの詳細な推薦リストを出している。
膨大な選挙ガイドと投票用紙を前に苦労が絶えないのを見越してだろう、選挙が近づくと、こうした投票推薦リストはたくさん出て来る。人々はそこから適当なものを選んで答案用紙、いや投票用紙に書き込むのだが、この団体は革新的といっても労組系だからこの環境保護住民投票案件には消極的なんだな、だからここはこっちの推薦リストに従おう、など若干微調整して最終答案をつくることになる。
カンニング、許される
昔、投票所に行って投票していた頃は、こうしたリストを持ち込んで、それを見ながら「回答」を書き込んでいたものだ。その場で案件を読み考えたりする余裕はない。カンニングペーパーをこっそり持ち込んで試験を受けている気分になった。
街にある投票ボックスに投函
こうして何とか回答を完成させ、封筒に入れ、外側に署名し、投票箱に入れる。普通の郵便ポストに入れて郵送してもいいが、確実を期すため、自転車で行けるところにいくつか置いてある専用の投票ボックスに入れた。頑丈な白い箱で、ここに入れた投票用紙は毎日、二人の係員が中身を取り出し、厳重にガードしながら直接選挙管理委員会にもっていく。郵便事情の影響を受けずにすむ。
投票した後は、自分の投票用紙がどこに行っているかメールやウェブ上で確認できる。署名が違うなど問題が出れば知らせてくれるはず。
「投票日」とは何か
こうして投票を終えた翌日の10月16日、「すでに全米で1700万人が投票を終えた」という記事が、AP通信から配信された。2016年大統領選の総投票数の12%に当たり、これまでの10倍のペースで事前投票が進行しているという。
これだけ投票されているのなら、現時点の得票で、大方の当確はわかるのではないか。むろん開票は11月3日の投票日以降だが、恐ろしいことにアメリカでは(州にもよるが)返ってきた郵便投票が共和党支持か民主党支持か簡単にわかり、集計もされている。党内の大統領候補を決める選挙(予備選)*も一般選挙で行うため、有権者は登録の際、支持政党も登録するからだ(これが一応「党員登録」となる)。返送された投票用紙をデータベースで確認する際、政党別もわかる。
*この予備選というのも興味深い選挙制度だ。日本では、各党の首相候補(党総裁など)の選出は当然のごとく党内の内輪で行われる。アメリカではこれが(州により異なるが)全有権者参加の一般投票で実質的に決められるということだ。11月本選のある年の2~8月に州ごとに異なる投票日に実施されている。
現在のところ圧倒的に民主党支持者の郵便投票が多いそうだ。事前投票は一般に民主党優勢になるが、今年は極端で、AP通信が把握した42州合計で2:1の民主党優勢。ペンシルバニア、フロリダ、コロラドなどの激戦州でも民主党が圧倒しているという。ご丁寧に、こうした帰趨を逐次公開するサイトも現れている(例えばMail-in ballot tracker、U.S. Elections Project)。
だが、これでいいのか。半分以上が事前の郵便投票になるご時世、「投票日」という概念自体が危うくなっている。何週間も前から投票が始まり、帰趨もある程度知れる。「民主党優勢だからもう大丈夫だろう」と投票をさぼるバイデン支持者が増えるのではないか。投票日に「出口調査」結果が漏洩し、その時間以降の投票行動が変わるようなものだ。