サンフランシスコから一時帰国: 最安便は?

昨年12月、年末年始一時帰国のため、安便をいろいろ探したので報告しておきたい。

80時間かけて帰ろう

ネット検索では、50日程度前に予約すればサンフランシスコから名古屋まで中国経由で往復6万円程度のフライトがあった。しかし、20日くらい前になると、最安でも8万円程度。しゃくなので、さらに安い方法をいろいろ探し、結局、12月9日ロサンゼルス(LA)発中国2か所経由大阪行き厦門(アモイ)航空フライトを527ドル(約6万円)で予約した。年末帰国便の料金としては上出来だったと思う。

SF-(バス)->LA->青島->福州->大阪-(JR青春18切符鉄道)->名古屋で片道計80時間(約3日半)の旅になった。時間だけは贅沢にある退職高齢者(か若者)しか選べない方法ではある。厦門航空は私は聞いたことがなかった。中国には意外と多くの航空会社があり、それなりの競争が行われているのだな、と思った。

このコロナウィルスの時期に!

福州は南部沿海・福建省の省都で、上海と香港の中間に位置する。ここで空港泊の後、午後2時の出発まで市内観光をする余裕もあった(12月12日)。その前に経由した青島(チンタオ)は、往きは空港内乗り換えだったが、帰途に一日市内観光ができる予定だった。

今となっては、とんでもない、この新型コロナウィルス肺炎の時期に中国経由、しかも市内観光とは! ということになるが、この時点ではそんなことはまるでわからなかった。武漢で「原因不明の肺炎」が発生しているとの情報がネット上に出てきたのが12月30日。同地で最初の発生が非公式に確認されていたのが12月8日だった。12月12日の福州はまだ安全だったと思われる。

その後の新型肺炎(COVID-19)の拡大で、中国の航空業界は深刻な打撃を受け、安便情報も大幅な変更を余儀なくされていると思うが、願わくばいつの日かこの危機が収束し、通常に戻った際に役立ってほしい、という願いでこの報告を書いている。

私にとっては、この年末年始帰国に前後して92歳の母が危篤状態になるという不幸に追い打ちをかけられた。とても「安便情報」などをのんきに書いている余裕はなくなり、1月14日の米国帰途便をキャンセルして日本に留まざるをえなくなった。だが、書いていた草稿はあるので、一応、片道だけの報告は出しておくという事情だ。

日本便はSFよりLAからの方が安い

私はサンフランシスコ(SF)近郊在住。サンフランシスコ空港もメジャーな空港だが、やはり南に500キロ離れたロサンゼルス(LA)空港にはかなわない。このため日本行き便でも、LAからの方が2万円程度は安いようだった。そして、SFからLAには2000円程度で行けるバス便がある。時間の余裕さえあれば、SFに住んでいても、LAまで行って飛行機に乗った方が安くなる。

SF・LA間の格安バス

バス便は昔はグレイハウンドしかなくLAまでも結構高かった記憶があるが、今は、MegabusやFlixBusなどの新規参入があって、運賃も安い。出発の4~5日以上前購入なら20ドル程度、数週間以上前購入なら10ドル程度の切符がある(Megabus)。空き状況によって価格を変動させるMegabusは、直前に空きがあればさらに値下げするようで、時期によっては8ドル程度の切符もあった。https://www.wanderu.com/https://www.busbud.com/参照(San Franciscoから、Oaklandからで検索すること)

Megabusは、高速地下鉄BARTの西オークランド駅から出る。いくつかの路線が集中している駅で、サンフランシスコ都市圏内どこからでも来やすいだろう。FlixBusはサンフランシスコのストーンズタウン・ショッピングセンターから出る。ともにLAまで8時間程度かかる。州際5号線を通るので、草原ばかりであまり景色はよくない。セントラルバレーの町々の風景を見たければ、料金は上がるが、フレズノなどを経由して行くのもいいし、ベイカーズフィールドまで鉄道で行くなどもおつなもの。

関空で寝られる

なお、日本着も、一般に名古屋よりも関空に着く方が安い。贅沢な時間をもつ若者や退職高齢者であれば、JR青春18切符の鈍行を使い、大阪からどこまででも2410円相当で行ける。上記の厦門航空フライトは午後5時30分関空着で、ちょっと遅れると名古屋までその日のうちに帰れなくなる危険性がある。その際は、夜行バスという手もあるし、空港で寝てもよい。関空は日本の空港としては、着の身着のまま仮眠するにはなかなか条件のよい空港で、泊まり方指南がいろいろウェブ上に載っている。例えばhttps://tabihack.jp/kix-airport-sleep-lanking/参照。

逆転の発想

日本まで2空港経由で80時間もかけて行くなど、ばかげている、とんでもないと言われるかも知れない。しかし、ここは逆転の発想だ。ついでに(ただで)2つの街が観光できると考えると大変なメリットになる。この便を選んだのも、まだ行ったことのない青島、福州の半日観光ができそうだったからだ。空港に寝ればホテル代も浮く。SFからLAへのバス便で久しぶりにカリフォルニア内陸平原を見られるのも楽しみだった。

夜間の乗り換え待機に仮眠所を提供してくれる空港もあるが、今回は確認できなかった。そもそも中国では、一夜を超えて乗り換えする際は、税関と入国管理を通って外に出る決まりになっていると航空会社スタッフに言われた。つまり、荷物を最終目的地までの「スルー」にできないということで、途中で半日観光するには、荷物の預かり先を確保する必要がある。(今回の私の場合、荷物はバックパック一つだったので背負ったまま市内観光に出た。)

福州空港での宿泊は快適だった

中国の海岸線が見えてきた。青島上空を旋回する厦門航空機から。

青島は短時間の乗り換えで、すぐ福州へ。福州空港はなかなかモダンだった。

青島はチンタオ・ビールの生産地なので、近代化の進んだ街と思うのだが、空港の比較でいうと、福州空港の方がはるかにモダンだった。フロアはピカピカに磨かれ、トイレも輝いている。何よりもうれしいのは、空港内にあるすべての座席がクッション入りでひじ掛けの出っ張りもあまりなかったこと。つまり、座席の上に横になって安楽に寝られる。

最近空港で寝泊まりすることが多くなった。若い頃は、よく眠れないので空港泊もバス・航空機泊も苦手だった。しかし、歳をとるにつれて次第に無生命物体に近づいてくるからだろう、どこでもその辺に寝っ転がって眠れるようになった。その中でもこの福州空港は上等の環境。中国人の方々もたくさん寝ている。2階出発フロアは閉鎖するらしく、寝ていると警備員に起こされ退去させられたが、「どこで寝ればいいのか」と手振り身振りで聞くと、下の1階到着階で寝られることがわかった。

1階の到着ゲートを出た左端付近に多くの椅子があり、そこで横になれるスペースを確保。後でさらにくまなく歩くと、コイン式あんま機コーナーに大きなリクライニングシートがたくさんあり、そこが夜明かし組の寝床として満員になっていた。

1階到着フロアも夜は出入口を閉める。中で寝られるが、外との出入りはできない。照明も基本的には消すので薄暗い。しかし、トイレが自由に使えるし、飲料用温水器も使え、Wifiも動いている。コンセントには電気が来てないようだったが、警備員に聞くと、例外的に電気の来ているコンセントを教えてくれた。これでPCやスマホの充電もできる。

夜の福州空港は閉鎖されるので人があまり居ない。
横になって寝られる椅子が多い。簡単に寝床を確保できた。
コイン式あんま機に寝る人も居て、満員だった。

 

福州の街を半日観光

多くの日本人は、福建省は知っていても、福州という街はあまり聞いたことがないだろう。私も以前は知らなかった。しかし、ニューヨーク滞在中、ブルックリンのチャイナタウンは福州系の人たちが多いということを知って興味をもった。中国からの人々は出身地ごとに集住地区をつくる傾向があり、マンハッタンのチャイナタウンは広東系(最近は福州系も)、クィーンズのチャイナタウンは台湾系の人たちが多い。ブルックリン・チャイナタウンで福州人たちに紛れて暮らすうち、いつか福州に行ってみようと気持ちが出てきていた。

午前5時に空港の電気が一斉に点いた。いざ出発。福州中心部は空港から北西約55キロだ。空港バスで市街に行けばいいいものを、よせばいいのに、例のごとく地元民向けの市バスを探して空港外に歩きだす。

まっすぐな空港アクセス道を南西方向に1時間ほど歩かされた。それが切れると、何やら寺とそれに沿って街が。
おお、これぞ中国の典型的な田舎街。福州市長楽区の仙岐村という集落らしい。
顕応宮という立派な寺があった。現在の中国は簡体字を使っているが、寺社などは昔の漢字(繁体字)をそのまま使っているようだ。
さらに歩いているうちに、バス発着所らしい車庫に行き当たり、ここから地下鉄「白亭湖」駅行きのバスに乗れた。地下鉄路線にたどり着けば、後は容易に中心部に行ける。
しかし、この後の肝心の福州観光の写真が撮れてなかった。かなりシャッターを切った記憶があるのだが、誤って消してしまったらしい。代わりにパブリックドメインの写真を掲げる。これは、福州観光の目玉、三坊七巷。唐、宋代、そして特に明・清時代からの歴史的街並みが保存、再建されている。From Wikimedia Commons, (CC BY 3.0).
福州の中心街。福州は福建省の省都で、人口770 万人(市区内394 万)。紀元前の漢代からの歴史がある。明清代には琉球館があり、琉球王国との交易が行われた。Photo by Zhou Yi, Wikimedia Commons, public domain.
福州市街、2019年12月12日。