こうしてる間にも、父が死んでしまうのではないか、と不安だ。日本の定住ビザを申請したが、なかなか出ない。総領事館、外務省外国人課、法務省審判課に電話をかけまくった。対応した人はいずれも丁寧で理解があった。しかしビザ申請して21日、医師の診断書など追加書類を提出して10日になるがまだ出ない。こういう場合、人道的な配慮から速やかにビザを出すのが日本政府の方針のはずだが、システムがそのように回っていない。予約したフライトに間に合わなくなり、航空券や帰国後14日間自主隔離ホテル費を棒に振った。
当初、外国人を一律に排除
コロナ禍の中で昨年4月、日本政府は、多くの国について外国人の入国を停止した。日本人はどこからでも自由に帰国できる。外国人は、日本に定住・永住し日本に生活基盤がある人でも(再入国許可があっても)一旦外に出たら帰れない、という恐ろしい措置だ。「日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者」は「本邦に上陸することができない」と定めた出入国管理及び難民認定法第五条が適用された。
例えば親の葬儀に母国に帰ったら今の家族が居る日本に帰って来れない。緊急時こそ人権感覚が問われる。混乱の中で定住外国人のことを考える感性がどこかに飛んでしまっていたのではないか。諸外国では、定住外国人も自国民同様の再入国を許可している。だから日本の措置は国際的批判を浴びた。例えば米誌「ニューズウィーク」日本語版記事を参照。日本の「東洋経済」誌も仏フィガロ東京特派員による詳細な批判記事を載せている。
昨年9月から方針転換
国際的非難を浴びて日本も徐々に方針を変えた。昨年5月末に、人道上の配慮など「特段の事情」がある場合は例外とする旨の文書が法務省ウェブに載った。8月28日の「新型コロナウイルス感染症対策本部」会議で、9月から、再入国許可がある外国人の入国を認める決定が下された。再入国許可(期限最長5年)、みなし再入国(期限1年)で出国した外国人も日本人同様帰って来れるようになったということだ。さらに今年4月には、現事情下で日本に帰るのが難しいため再入国・みなし再入国期限が切れてしまった永住者も、「定住ビザ」をとり帰国時に永住資格に復帰できる方針が出された。
私の場合
私の場合は、この一番最後のケースに該当する。1年のみなし再入国期限が切れた。名古屋着便がほとんどなく、あっても高額、14日間のホテル隔離費用も出せないなどで帰国が困難だった。しかし、ここ1~2カ月で99歳の父の容体が悪化する事態に見舞われた。帰国困難などと言っていられない。何としても帰ると決意し、コロナ時の難しい条件を一つ一つクリアしていったが、意外なところに伏兵が。日本のビザがなかなか出ない。規則には、領事館で定住ビザを取ればいいとあるが、それがこんなに時間がかかるとはどこにも書いてない。いずれも正式コメントではないが、領事館の人によると2~3週間、外務省外国人課の人によると普通なら2~3カ月、あるいは最短でも1カ月かかる、などと言われた。
とんでもない、父が死んでしまう。最初の申請の際、むろん父の容体悪化を理由書に書いたが、言われて領事館窓口でさらさらと書いただけ。改めて人道上の配慮を強く訴えた。診断書が必要だというので、日本と連絡をとって取得し、添付写真ファイルで提出。それが10日前だ。ウンともスンとも返事がない。気が気ではない。確かにビザ担当部局も、膨大な書類にうずもれて大変なお仕事をされているのだとは思う。しかし、その書類群のたった一枚でも、そこに生死にかかわる家族の運命がかかっているのだ。何とかしてほしい。
「危篤」では遅い
確かに父はまだ「危篤」ではない。医師の診断書にもその二文字はなかった。しかし、危篤ではもう遅い。日本に帰って14日間の自主隔離がある。その間にどうにかなってしまうかもしれない。意識がなくなる可能性もある。「危篤」になる前に帰らねばならないのだ。
99歳で寝たきりになり、食が細くなり、高血圧で認知症があり、痙攣も起こすようになった。そして「予後不明」。周囲の家族は慌てている。冷静に書かれた診断書から、お役所も危機的な状況を理解してほしい。
99歳まで生きてくれたのなら、それだけでも感謝すべき、というのはもちろんその通りだ。しかし、だからどう、ということはないだろう。100歳までもそれ以上も生きて欲しいし、無理なら、せめてお別れを言う機会が欲しい。日本の「人道的配慮」の真価を示してくれる時だ。
コロナ禍で帰っていいのか
こんな時期に国際間移動をしていいのか、自問もする。私たちは米国を発つ前にコロナ検査をし、日本に着いて再度コロナ検査をし、それで陰性になってから入国してさらに14日間の自主隔離をして健康状態を見る。もちろんワクチン接種はすでに済んでいる。私は、日本のその辺を歩いている人よりずっと安全な人なのではないか。
さらに父への面会も外からガラス越しの10分間だけと聞いている。面会する側としては残念だが、影響は軽微と言えるだろう。逆に、そんな短い最後の別れをするために日本まで行く必要があるのかと言われるのを危惧する。しかし、そんなことを役所に言われたくないし「審査」されたくない。これは我々の家族としての決意なのだ。
外国人を悪者扱い
これだけ外国人の入国が制限されていても、なお、日本の水際対策は「ザル」で外国人がどんどん入ってきているという論調がたくさん出ている。「ザル」なのはロックダウンも行わない日本の都市間移動の方ではないかと思うのだが。
例えばフライデー・デジタルの「緊急事態下でも『1日700人ペースの外国人来日』が意味するもの」という記事を見てドキリとした。このコロナ禍でも、例えば2021年3月の出入国統計を見れば、1カ月に約2万人、つまり1日700人もの外国人が入ってきていると言う(正確には月19,393人。以下、ソースは「出入国管理統計統計表」)。しかしこの記事が触れてないのは、同じ月に日本人が海外から4万近い38,929人帰国しているという事実だ。コロナは外国人も日本人も区別しない。外国から帰国している2倍の数の日本人の方は問題ではないのか。
しかも19,393人の外国人のうち9割の17,380人はすでに日本に在住している外国人の再入国だ。その半分は永住者、定住者とその家族、日本人の配偶者などで、残りも留学生や国際ビジネス従事者など。言うまでもないが、観光などでの入国は停止されている。日本に生活の基盤がある人達が、日本人と同じように帰ってきている(再入国)しているのだ。
記事の中身は、(再入国でない)新規入国者は月2000人だけであることや、外国人入国が月270万から一時期月1万以下に減ったことも触れるなどある程度バランスが取れているが、見出しがセンセーショナルすぎる。
最近の統計を見ても、7月はオリンピックのため入国外国人数が帰国日本人数に迫ったが(日本人51,627人、外国人44,817人)、6月は帰国日本人43,440人、入国外国人17,280人、5月は日本人32,414人、外国人17,376人と圧倒的に帰国日本人の「入国」の方が多い。帰国する日本人にしても、現在の活発な国際人流の中でいろいろ事情があっての帰国で、むろん一概に責められるものでもない。だからこの手の論調には注意し、中身を冷静に吟味しなければならない。少なくとも「今でも外国人が入ってきている」「だから危険」という短絡は戒めなければならない。