エルズルムから、トルコ内陸を列車で

清浄の都市エルズルム(人口77万人)。(「清浄の都市」は、あくまで私の印象なのであしからず)。街の南方にパランドケン山(3,271メートル)の山脈がそびえる。古くからシルクロードの拠点として栄え、黒海からイランへの交通路の要衝でもあった。アルメニア人の街カリンとして知られていたが、387年に東ローマ帝国領となり、テオドシオポリスと命名。以後も、ペルシャやイスラム勢力、テュルク系などが覇を争う地となる。11世紀のセルジューク・トルコの時代にArzen Erzenと呼ばれ、それにローマの統治下にあったことを示す「Rum」が付きArzen Erzen al-Rum、さらにErzurumになったとされる。なるほど「エルズルム」にはラテン語の響きがある。
市の北方、西方にはエルズルム平野(盆地)が広がり、その先に北アナトリア山脈が西に続いていくのが望める。山脈の先が黒海。エルズルム城址の見張り台からの眺望。
市の中心部の高台に建つエルズルム城の内側。東ローマ帝国時代の415年、皇帝テオドシウス2世によって建てられとされる。何度となく破壊と再建が繰り返され、19世紀の再建時に、見張り台は時計台となった。
城壁内に大量の砲弾が展示されている。昔の砲弾は爆薬なしで、重量で物理的に相手をなぎ倒すものだった。
外から見たエルズルム城の城壁。
城の向かいにあるグランド・モスク(右、Ulu Cami、Atabeyモスクとも。1179年設立)と二つの尖塔をもつ神学校チフテ・ミナーレ・メドゥレセスィ(1265年設立)。いずれもセルジューク朝の時代の建造で、グランド・モスクは市内最古の建築物。
エルズルムの象徴でもある神学校(マドラサ)、チフテ・ミナーレ・メドゥレセスィ。二つの尖塔がある。
チフテ・ミナーレ・メドゥレセスィの内部。
エルズルム駅のホーム。ちょっと寂しい。この街に着いた当初、駅前に行けば安宿があるだろうと探したのだが、安宿どころかホテルが1軒もなかった。時刻表を見ると、1日に片方向1本か2本の列車があるだけだった。むべなるかな。これほどまで鉄道がさびれているとは衝撃だった。
5月12日午後1時頃、アンカラ行きの列車が来た。東部国境に近いカルスの街から来て、1310キロを26時間かけて走る。エルズルムからだと、22時間程度だ。
この東方(ドウ)急行には2種類あって、一つは昔からの毎日1便の通常のエクスプレス、もう一つは、2019年5月に導入された週3便の観光東方急行だ。後者は主要観光地で数時間ずつ停まり観光ができる全寝台列車。前者は観光停車はなく、寝台車以外に通常座席の車両も付いている。地元の人たちも結構乗り降りする。私は、よく調べもしないで、この通常エキスプレスの方に乗ってしまった。
予約席に着いてから、あれ、おかしいな、寝台車じゃないのか。あと調べで、通常エキスプレスの方は座席車主体であることがわかった。でも、すいているし、座り心地・寝ごごちもよさそうではある。
夜行ばかりではつまらないが、この通常エキスプレスなら、結構、昼間走行時間も長い。まずは、北アナトリア山脈を右に見ながら、エルズルム平野を西に。しかし、この鉄道で残ったのが、夜行含みの長距離便だけというのは不思議だ。トルコでも東欧でも意外と夜行寝台列車が人気だ。日本ではまっ先になくなっていくのに。宿代が節約できるからというのではせちがない。景色を楽しむ鉄道の旅ができないじゃないか。
原野が多いが、ときおり集落も見る。
日本より乾燥した景観だが、ときおり川も。列車は非常にゆっくり走る。時速40キロ程度ではないか。線路が地形に沿ってくねくねと曲がっている。やはり線路が高速用につくってないと馬力のある機関車でもスピードは出せないようだ。
水力発電所と思われるダムからの放水。トルコは本当にダム開発が好きなようだ。
住民の足ともなっているようで、近距離で乗り降りする人も多い。
しばらくは解説なしでいいだろう。車窓に流れていくトルコ高原の景色を鑑賞して頂こう。

珍しく対向車線に列車が来た。
夕闇が迫る。
夜の駅。
朝が来た。夜は写真が撮れないので、すぐ朝の写真になる。
名もない(あるか?)駅。
高架線が見えてきた。アンカラ・シワス間の高速鉄道が今年の4月26日に開通している。その高架線と思われる。5月14日の大統領選を控え、開通を急いだという指摘もある。
高速道路もそうだが、高速鉄道というのは地形を超越したまっすぐの動線にならなければならないのだな、と改めて感じる。こちらの在来線は、地表の小さい変化に沿ってくねくねと曲がる。
アンカラ駅着。前に来ているので、ここから高速鉄道でいっきょにイスタンブールに向かう。
前にも通った高速鉄道ルートをイスタンブールへ。
イスタンブールに帰ってきた。美しいブルーモスクの天井。修復作業も終わったようだ。
今回の旅でイスタンブールは3度目だ。さすがに陸と海が交差する交通の要衝。私の旅でも何くれとなくここに返ることが多かった。アルマラ海に面したこのイェニカピ近辺に泊まることが多い。観光スポットに近い上に、(今のところまだ)安宿がある。遠方に対岸のアジア側イスタンブール。その左手にボスポラス海峡が入り込む。左の白い半円柱ドームは、拘束道路のボスポラス海峡トンネル入り口。